第27話 決別の花
アカジャクの体を纏う炎の鎧を、寸前のところでかすめ取る。アカジャクは倒れるように右へと体を移動させながら、横へと飛んだ。
大地を舐めるように、熱の放物線がアカジャクの進行方向をぐるりと囲み、そこから爆音と供に火柱が立ち上る。
アカジャクは舌打ちして炎の壁の寸前で地を蹴り上空へと飛んだ。
「青比呂、撃て!」
せせらぎの指示は、青比呂の引き絞られた右腕によって返される。
『ミヤマヨメナ』から咲いた紅蓮の花は空へと舞うアカジャクめがけ疾走した。
「こざかしい!!」
アカジャクの口から炎の吐息が漏れ、赤く光ると人間大の大きさはある火炎の弾丸が発射された。
花びらは弾丸を受けとめ、花弁を散らし相殺される。舞い散る火の粉が戦場の空気を乾燥させた。燃える花粉を粉砕して大地へと着地したアカジャクは、苦々しい顔で青比呂と、そして隣に並んだせせらぎをにらんだ。踏みしめた大地がアカジャクの足元で熱気に負け、蒸発し始める。
「青比呂、どうだ」
「ああ、落ち着いてきた。せせらぎの制御が上手く利いてる」
そういうとい青比呂は熱に燃える左手をグッと握りしめ、火花を散らし、手のひらから炎を消した。猛るように染まっていた火の髪も黒の元のものへと戻る。
瞳孔の色も黒色に戻るが、しかし鋭利さは変わらない。充実した気力にあふれ、今までの消耗が嘘のように消えていた。
「パワーダウン……ではないな。むしろ力の出し入れが可能になったか」
「今までの俺だったら、そのまま突っ込んで終わり、だったろうがな」
アカジャクと青比呂の視線が交差する。まっすぐに視線を返す青比呂に、アカジャクは苛立ちをあらわにした。
「こうなっては癪だが……仕方あるまい」
アカジャクが吐き捨てるように言うと、体を纏うプレートが、寄せては返すさざ波のようにうねり、アカジャクの体を太陽のフレアのように跳ね始めた。
それに青比呂はせせらぎの前にでて『ミヤマヨメナ』を構える。せせらぎは左手の薬指を光らせ、いつでも青比呂の体が力を発揮出来るよう、タイミングを見計らっていた。
「貴様らと土俵を合わせてやる……ありがたく思うがいい」
波打つマグマは大きなアカジャクのシルエットを溶かし始め、内部へと凝縮されていく。飛び火したフレアの粒は地面に落ちると、一気に土にめり込み深い穴を作って掘り下げていった。
「何だ……何をするつもりだ」
青比呂はいつでも右拳を打ち出せるよう構えを取るが、今はうかつに動かない方がいい、と本能が……『ミヤマヨメナ』が感じていた。来る、と。
跳ね回るマグマの中から、大柄な人型の影が現れた。流れていく灼熱のヘドロを吸い込み、腕が生まれ、足が地面を突き、そして大きく開いた口が全身を覆っていた熱量を吸い込み、かみ砕いた。
口の両端から火の粉があふれ出し、ぎらついた目をした男の顔が、太い首輪を首に提げて出現する。
どよめきが後ろで見守っていた川上たちから漏れる。
「あ、アカジャク……が、人間の姿に!?」
川上が声を裏返して言った。せせらぎも表情をこわばらせ、パニックにはなっていないものの、驚きを隠せないでいた。
「ふん……」
首を鳴らし、ロングコートをはためかせると、人間の形態に変化したアカジャクはつまらなそうな目で、青比呂たちの後ろにいる人間たちへと声を上げる。
「貴様らが理解する必要はない。これは『王の力』にたどり着くための手段にすぎん。貴様ら人間の理解が及ぶ範囲ではないのだ」
アカジャクに声を向けられた、というだけで気圧され、気を失う者もいた。場の空気が凍り付き、誰も声はおろか、呼吸さえ困難になるほどの圧力が広げられた。
「……また『王の力』か……。それは一体何なんだ?」
威圧される中で、青比呂は腹に力を込めて言葉を吐き出した。
それにアカジャクはしばし間を置いた後、顎を指でさすりながら言う。
「そうだな、貴様に話してやってもいいだろう。ここまで来たというのなら」
とはいえ、とアカジャクはにたりと口元をつり上げて笑う。
「知った途端、理解した時には、とんでもない後悔が待ち受けているぞ。ふふ、そのためなら、戯れるのも悪くはない」
「……後悔?」
アカジャクのサディスティックな笑い方に、青比呂は怪訝な顔をする。
「そうだな、『王の力』とは、『力』というだけあり、とてつもないものだと思えばいい。これは簡単なことだ。だが業が深いと俺さえも思うのは、それが……『王の力』が何で出来ているか、ということだな」
こちらを動揺させる気かもしれない。アカジャクの言動から目を離さないよう、一挙一動を鋭く観察する。せせらぎもまた、いつでも青比呂が本領発揮出来るよう、指輪に火を灯しチャンスを狙っていた。
「お前から「業が深い」なんて言葉が出るってのは……よっぽどなんだな、それは」
「ああ、まあ俺は好みな話だがね。しかし……」
ここでアカジャクは腕を組んで笑みを消し、つまらなそうな顔で続けた。
「その力にたどり着くには俺一人ではどうにもならん、という事実がある。『器』が必要だ。これは以前にも話したな」
「その『器』ってのは何だ。妙にぼかすのは止めにしないか?」
言葉を交わしながらも、青比呂は仕掛けるタイミングと、仕掛けられた時の対応を常に練っていた。びりびりと、話し合いの中でも空気はしびれ緊迫していた。
「ぼかすもなにも、『器』は『器』だ。『王の力』を納めるためのな。何しろ、『王の力』は強力すぎる。一度『器』に落とさなければ、俺といえど手に負えんのだ」
「……」
言っていることは嘘に聞こえなかった。それは不満げなアカジャクの顔が語っている。それに自分をこき下ろしてまで言うとは、冗談でもあり得ない。
「……何だってそんなパワーが存在するんだ。ただでさえお前みたいな化け物がいるってのに」
「簡単な話だ。上には上がいる。それだけだ」
言うアカジャクは忌々しげに顔を歪ませた。それに青比呂は言葉をなくす。
「だがそのパワーも『王の力』と形を変え、『器』さえあれば機能をこの手に出来る。そして、俺はそれを手に入れようとしているが……実はな」
アカジャクの顔に、再び凶暴な獣の影が浮かび上がった。
「競争相手がいるのさ。『王の力』を手にしようとする、ライバルがな」
「……競争、相手……?」
「今のところ俺が一歩リードしている、というところだが……相手は抜け目なくてな。油断は出来ん。……さて、おしゃべりはここら辺で終わりにしようか」
腕をほどき、首に下がった首輪を鳴らしてアカジャクは両手をリラックスさせるよう柔らかく開いた。
「ま、待て! その競争相手ってのは何だ! 何者だ!?」
「サービスはもう終わりだ。が……そうだな、冥土の土産を持たせてやるか」
アカジャクの体から、ゆらりと蜃気楼がにじみ出した。後ろに広がる森林の空間が反転し、熱気で土や砂は溶け始めていった。
「その競争相手は、お前もよーく知っている相手だ」
「青比呂!」
せせらぎの声がなければ、アカジャクの拳を『ミヤマヨメナ』でガード出来なかった。
アカジャクはただ、地面を蹴りダッシュし、間合いを詰めて右ストレートを繰り出した。それだけである。
だというのに。
「うう!?」
どん! と腹の奥に響く衝撃が青比呂の胃液を口から逆流させた。かろうじて倒れ込むことは避けられたが、膝を突いてしまい、上から大きく足を振り下ろそうとするアカジャクの姿を見上げるだけになる。
炎が、脚部に点火した。爆風を生む熱の気流でせせらぎを抱えて咄嗟に飛び下がり、しかし激しく咳き込んだ。
「大丈夫か、青比呂!」
「あ、ああ……せせらぎこそ、よく判断してくれた」
アンバランスな体型から、アカジャクの刈り取るようなかかと落としを回避するには、とっさにせせらぎが指輪を通し青比呂に熱の力を送り、パワーを小出しにする必要があった。
「青比呂、気をつけろ。無駄撃ち出来ない。体力、逆算してもぎりぎりだ」
「……みたいだな」
口元をぬぐい、何とか立ち上がり姿勢を正した。アカジャクは追うことなく、にたにたと笑みを浮かべていた。その笑みには「追えば、その気になればいつでも当てられる」という自信が現れていた。
「今の拳……防御したつもりでも、衝撃だけで内臓が揺さぶられた……攻撃力は変わってない、いや……」
「俺が何故人間の姿になったか、それは貴様らと土俵を合わせてやろうという意味でもあるが」
アカジャクは笑みをそのままに、しかし目はこちらを射殺す殺気を灯し、拳を固め声高らかに言う。
「『ステイビースト』の姿だと大規模な攻撃が可能になるが、精密な動作はどうしても雑になる。人間の姿になればパワーはそのまま、しかし丁寧な仕事も出来るようになる、というわけだ」
「……くそ、ずるいもんだな。そもそもなんでお前は人間の姿になれるんだ? 他の『ステイビースト』もそうなのか?」
「俺は特別製でな。ちょっとした訳ありなんだ。俺自身も最初から人間の姿になれたわけではない」
アカジャクがゆっくり歩きながら距離を詰めてくる。それに警戒の視線を飛ばす青比呂の耳元で、ぼそりとせせらぎがささやいた。
「まあアクシデントがあってな。怪我の功名というやつか、運が良かったのさ」
「……それは、二年前の赤音との戦闘がきっかけ、か?」
『ミヤマヨメナ』を構え、青比呂はガードを固めた。足元に力を込めるイメージを脳裏に描く。
「ほう! 察しがいいな。まあそんなところだ。俺もダメージを負ってな。傷を再生させる過程で、偶然手に入れた能力だ。……それが、『王の力』にも近づけた」
「それが、『王の力』……?」
「おっと、口が滑ってしまったな。まあどのみちお前はここでこれから」
アカジャクの言葉が終わる前には、アカジャクの顔が眼前に迫っていた。
青比呂は両足に……靴底に力を意識した。せせらぎからの力が、指輪から流れてくるのが分かる。
「飛んで逃げようとしても無駄だ!」
アカジャクの腕が、空気をかすめ取った。視線を上に向けるも、雨雲が垂れ込める空があるだけで何もない。
熱は真下から輝いた。
「ナイスせせらぎ」
『ミヤマヨメナ』を上に掲げ、右拳を引きしぼる。
青比呂は、足元を瞬時に溶解させるほどの発熱を放射し、その熱で出来たクレーターの中から上に飛び出たアカジャクめがけて力を振り絞った。
「貴様……!」
「フルパワーだ!!」
クレーターを更に押し溶かす熱の火柱が打ち上がり、曇天の空まで伸びた朱色は雨空を蒸発させて空に青色を取り戻させた。
「す、すげえ……」
離れていた『ウタカタ』の一人が譫言のようにつぶやく。誰もが言葉を失っていた。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
激しく息を途切れさせた青比呂は、よじ登るようにしてクレーターから這い出る。それを離れていたせせらぎが駆け寄り、引っ張り出して尻餅をついた。
「や、やったか青比呂!」
興奮気味に言うせせらぎに、青比呂は疲労が色濃く残る顔で、苦々しく返した。
「……いや、まだだ」
はっとせせらぎが青比呂の視線の先……森林の奥へと目をやった。
そこには、黒くくすんだ人型の影が佇んでいる。
「寸前のところで脱出された……あいつ、やっぱり化け物だ」
立ち上がり、震える足で『ミヤマヨメナ』を構えるが、肩を激しく上下させ、呼吸もままならない青比呂にはもう戦闘力は見るからにないと言えた。
「……化け物はどちらだ」
黒い影からぼそりとつぶやく声がする。
「恐ろしいガキだ。いや、戦士と呼ぼうか、新垣青比呂。今までの侮辱や軽蔑は撤回しよう」
影はゆらりゆらりと歩いてくる。蜃気楼を伴って、自身の姿さえ空間に溶け合わせ、焦点をにじませた。
「貴様に一騎打ちを申し込む」
「……!」
アカジャクから出た言葉に青比呂は呼吸を一瞬忘れた。
「い、今更何勝手に……! お前のせいで、赤音が……!」
憤るせせらぎをそっと、青比呂が手で制した。
「受けるぜ。アカジャク」
まだ青比呂の呼吸は戻っていない。だが前に進む足取りは、大地をわしづかみにするような強い踏み込みだった。
「新垣青比呂……貴様の命を取り、『王の力』に捧げると誓おう」
「アカジャク……お前は完膚なきまでに叩く。赤音に代わって……いや、俺の意志で」
『ミヤマヨメナ』の鈍色が紅に染まり、炎の揺らめきが高く昇った。
「俺も誓いを立ててやる。この盾に、この花に!」
青比呂とアカジャクは、互いにあと一歩踏み込めば手の届く距離で立ち止まった。
「土いじりしているウチに雑学も身についてな。この『ミヤマヨメナ』の別名は『ミヤコワスレ』として知られている。その花言葉は、『決別』!」
こんなにも青く晴れた空の下で。
「最初から伝えられていたメッセージ……この花を俺は今受け取った!」
もう歩くことはない夕暮れの帰り道はなく。
「俺はお前を伐ち! そして赤音に……「さよなら」と伝えるんだ!」
逃げ込んだ過去に咲いた花は、今を守る盾になった。
続く
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