第25話 オリジン・バースト
終わりか。
誰も言葉にしなかったが、しなかったからこそ分かったものがあった。
誰も、確認せずとも、もうこれが最後なのだと。
「……せめて、撤退だけでも……」
川上は唸るように声を上げたが、つぶやき程度にしかならなかった。なぜなら、敵に背を見せている間にすぐ追いつかれてしまう。四方八方から現れた『ステイビースト』に、一方的に屠られるだけだ。
どさり、と一人の『カタワラ』が倒れた。側には腕の長い、人型の『ステイビースト』が立っていた。「マザーシグナル」を直に受けたのだろう。彼は二度と立ち上がれない。生きていたとしても、『佇み病』患者としての生しか待っていない。
「はは、ずいぶんテンションが下がってしまったな。これじゃあせっかくのパーティーが台無しだ。それに……ん?」
アカジャクは楽しそうに言うと、目の前に立ち、臆することなく立っていたせせらぎの姿を見て言葉を止めた。
「おい、お前の『カタワラ』はどうした」
「あいつに……赤音の本当のこと、知られる、ダメ」
「何故だ? ショックで立ち直れなくなるとでも?」
アカジャクがせせらぎとの会話の中で楽しげに笑う。
「信頼がないコンビだなぁおい。そんなに相手が信じられないで、よく『カタワラ』なんぞに選んでやれたもんだ」
アカジャクは指先を曲げ、軽く弾いた。
「……ッ!」
真っ赤な火の帯が放射され、せせらぎの体を押し倒した。背中を地面にこすり、その奥の地面が黒く焦げ上がり、雨の痕跡が消滅した。
「どのみちお前ひとりでは戦えまい。所詮『ウタカタ』とは人形遣い。道具がなければ無力よ」
「……青比呂は、道具じゃない!」
せせらぎの左手が雨を弾いた。瞬時に霧と化した空間から、炎が立ち上り、指輪を中心に赤い波動を放ち始める。
「……貴様、何のつもりだ?」
アカジャクの目から笑みが消える。せせらぎを包む赤い波動は、『ウタカタ』の『防御領域』が放つ特有の波長を放っていた。
「貴様……『カタワラ』の力を……まさか「逆流」させているのか!」
返答代わりに、赤の光線がアカジャクのいた地面をえぐった。大きく飛び退いたアカジャクは、口元に皮肉めいた笑みを浮かべ言った。
「貴様ら、正式な契約を交わしていないな? 『ウタカタ』は『カタワラ』にパワーを送り、『カタワラ』はその力で『ウタカタ』を守る……その利害一致が戦いとなる。貴様ら「盾の戦士」の基本理念はそこだ。だが、「逆流」がおこる、ということは」
再びせせらぎの左手が赤い光を収束させ、一筋の光に束ねて解き放った。せせらぎの顔に、疲労と痛みで生まれる険しさが現れ始めた。
それに、アカジャクは大きく息を吸い込むと、喉の奥から燃えさかる炎の固まりをはき出した。赤い光と炎の弾丸が衝突し、中間地点の地面は一瞬にして蒸発する。
「つまりは貴様が優位に立ち、力で存在を独占している状態といえる。まるであの『カタワラ』は奴隷だな」
炎の余韻を口元に残し、声高らかにアカジャクが吠えた。それにせせらぎは息を途切れさせ、「違う……」と小声で言い、崩れそうになった足下を、何とか踏ん張ることで態勢を保つ。
「違う! あ、青比呂は……」
「どこが違う。こうして力だけ抜きとられ使われ、肝心な時には使われず。これのどこが道具じゃない。人形じゃなければ何だ?」
ゆっくりとアカジャクが歩き近づいてくる。それにせせらぎは左手を掲げ、拳を握ろうとするが、
「あの妹にしてあの兄ありか」
アカジャクの前足が鞭のようにしなり、せせらぎの足元の地面を崩した。何度となく放った熱でボロボロになった土はあっさりと砕け、せせらぎを転倒させる。
「貴様も貴様だ。出過ぎた真似を……良心の呵責か? 自ら前に出たのは。責任を感じているわけだ。「騙していた」と」
「……!」
違う、と叫びたかった。だが、喉が焼かれ、かすかに息が漏れるだけだった。
アカジャクはふん、と鼻でせせらぎを笑い、言葉を続ける。
「貴様らの過ごしていた時間は所詮欺瞞。新垣赤音のいない世界を直視出来なかったあの男の世界を囲うための小さな
そこまで言うと、アカジャクは顎でせせらぎの背後をしゃくり、指した。
せせらぎは何とか身をよじり、振り返る。
呼吸が、完全に止まった。
「ようやく間抜けなお人形のご登場だ。見てみるがいい、貴様が走り回させたツケを」
来るな、と叫びたかった。だが喉は痛みを叫ぶだけで言葉を叫ばせてくれない。
走ってくる人影は、左手の薬指から『防御領域』を展開させ、うなり声を上げて突進してくる。
「アカジャク!!」
「遅かったな、新垣青比呂!」
青比呂はけん制の一撃をアカジャクに向けて打ち、そこで妙な手応えを感じた。普段通り、右拳を盾……『防御領域』に打ち込んだ。だが、反応が薄かった。
『ミヤマヨメナ』から放たれた赤い波動はアカジャクの息一つでかき消され、アカジャクは後ろへと飛び下がる。その前を、周囲にいた『ステイビースト』の群が遮る様に並んだ。
せせらぎの元へ追いついた青比呂は荒い呼吸を整えながら、ぐったりとしたせせらぎの体を抱き起こす。
「おい、無事かせせらぎ! 無茶をするな!」
せせらぎの肌はよく見れば火傷や擦り傷だらけだった。青比呂は自分の防護服の裾を破り、応急処置として包帯代わりにした。
「あ、お……」
「もういい、今はしゃべるな」
せせらぎの消耗は見るだけで分かった。顔も真っ青で、心なしか鼓動も弱々しいように思える。左腕の裾を破き、布を火傷したせせらぎの肌に当て押さえていく。
「あ……」
せせらぎの顔が、何かに怯えたようにこわばった。その視線は青比呂の左腕……皮膚の上に出来たプレート面に向けられていた。
「あ、ああ……」
せせらぎはそれを何とかしようとしたのか、身を起こし腕を伸ばそうとするが、弱った体が追いつかない。ぐったりと青比呂の腕の中でうなだれ、それでも腕だけを動かそうとする。
せせらぎの視線の先に気がつき、青比呂は「ただのできものだ、大したことはない」と手当を続けた。そこへ、川上が駆けつけ、手前で立ち止まる。川上の顔も、真っ青になっていた。
「青比呂くん……その腕……」
「それよりもせせらぎを頼む」
「い、今はあなたが緊急事態よ! そのままじゃ……」
「言いたいことは分かってる」
せせらぎを川上に預けると、青比呂はゆっくりと立ち上がった。
青比呂の手のひらは赤く濁っていた。せせらぎの傷口から濡れた血で、粘つき、雨が落ちてぼかしていく。
その手を震わせ、固い拳を作り上げる。
川上は下がるしかなかった。
もう彼は止まらないだろう。垣間見えた横顔は、とても「同じ人間」とは思えなかった。
「怒りのヒーロー登場か。遅かったじゃないか、新垣青比呂」
「……アカジャク。貴様は、ここで沈める」
形相は悪鬼の如く、熱に揺れる『ミヤマヨメナ』をかざし、右拳をまずは手前に群がる『ステイビースト』に向けて撃ちはなった。
雨を溶かしていく赤い光は、その場を飛び退き遅れた二体の『ステイビースト』に差し込んだ。薄暗く淀んだ空の下に生まれた斜陽はプレート状の表面を溶かし、ぼとり、とシルエットを崩壊させた。
「……!?」
二体撃破、とは言えなかった。確かに無力化は出来た。しかし、手応えが違った。打ち込んだ右拳から返ってくる衝撃とはほど遠いものが発射された……そんな手応えだった。
「はは、パワーダウンを感じたな!? それはそうだろう。さっきまで貴様の力をそこのバカな『ウタカタ』が使っていたからな。既に貴様はエネルギー不足だ」
気がつけば息が切れていた。心臓も鼓動が早くなっている。
「……。そうか。じゃあ」
俊敏な動きで近づいてくる、鹿型の『ステイビースト』が左側から飛び込んでくる。それに青比呂は動こうとせず、左腕を伸ばした。
「こういうのは、どうだ!」
角を突き立てようと頭からぶつかってきた『ステイビースト』の頭部をわしづかみにすると、『ステイビースト』は赤い稲光に包まれる。
耳がつぶれる程の「マザーシグナル」が打ち鳴らされ、『ステイビースト』は赤く輝き始めた『ミヤマヨメナ』の放つ波動と同じタイミングで光り始める。
「何……!?」
アカジャクが目を見開く。
「ぐぅぅぅ!!」
わしづかみにされた『ステイビースト』は『ミヤマヨメナ』が赤く燃えさかるほど小さく縮んでいき、「マザーシグナル」も弱くなっていく。やがて『ステイビースト』の体が炎に包まれた。
その炎が、『ミヤマヨメナ』の放つ赤い波動に吸い寄せられる。左腕が炎と朱の波動に包まれ、一体化した。プレートの表面が溶け、炎の波となり、『ミヤマヨメナ』の装甲の上に塗られ重ねられていく。
手の中で燃え尽きた『ステイビースト』は、『ミヤマヨメナ』の更なる輝きとなって、アカジャクの手前に群がる『ステイビースト』の群へと突きつけられた。
「くたばれ!!」
青比呂の右拳が燃え上がる『ミヤマヨメナ』に撃ちつけられた。
反応出来たのは、アカジャクだけだった。
大きく上空へと飛び上がったアカジャクの真下で、巨大な炎のドームが膨れあがる。上昇気流が乱れ狂い、周囲の木々を焼き払いながら暴風と化し、クレーターとなった大地からは異臭がむせかえった。
アカジャクが着地した地面はもはや土とも焦土とも言えず、液体状になっている最中だった。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
がくりと膝を突いた青比呂は、左腕に走った激痛に固く目を閉じていたが、押さえている右手の感触で分かった。左腕が今、どうなっているかを。
「……驚いたな」
クレーターの中から、アカジャクがしなやかな動きで飛び上がり、しかし青比呂には近づかず、笑みも浮かべずに言う。
「自ら行動にでた、ということは気づいた……か。『防御領域』と『ステイビースト』の根底にあるものに」
顔だけをアカジャクに上げ、青比呂は汗だくになったまま立ち上がろうとする。
「『佇み』もそうだ。貴様ら「盾の戦士」が使う『防御領域』……それは貴様らが貴様らなりに変化させ自らの形にした「マザーシグナル」の結晶体だ。『ステイビースト』は「マザーシグナル」の結晶体ともいえる。つまりは根源では同じものだ」
アカジャクの言葉を聞きながらも、左右から近づいてくる『ステイビースト』の気配に気を配りながら、青比呂は痛みを発する腕を何とか持ち上げた。
もう、腕の半分がプレート状となった左腕を。
「貴様の先ほどの行為……まさか人間が『ステイビースト』を「吸収」するとは思わなかった。大したやつだ。そこだけは新垣赤音を超えている……褒めてやるよ」
猿人類型の『ステイビースト』が二体、左右から突進してくる。青比呂は痛みを振り払い、左腕を振り上げ、右側から来た『ステイビースト』に向けて抜き手状にして突き刺した。
『ステイビースト』はまるで水面に腕を突っ込まれたかのように、青比呂の左腕の侵入を許した。そこから、赤い稲妻が走り始める。
「まさか、だな。エネルギー補給とはな……しかももうコツをつかんだらしい」
激しく息を尖らせた青比呂の前にはもう既に、猿人類型の『ステイビースト』はいなかった。その代わり、『ミヤマヨメナ』が熱で歪み、破裂寸前で、表面からぶつぶつとマグマの滴をこぼしていた。
青比呂の絶叫は、痛みか、怒りか、もう区別もできないものになっていた。
炎の柱が一直線に撃ち出され。背後にある森林ごと左側から迫ろうとしていた『ステイビースト』を撃ち抜いた。
山が削れた。二度と、緑は戻ることはないだろう。
県境を横断する溝が深く刻まれ、その先は遠すぎて見えない。
左腕のほとんどをプレート化させた青比呂は、まだにじり寄ってくる『ステイビースト』に「残弾」を求めていた。
続く
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