第24話 喝采の止まないパーティーで



「出撃、不可……?」


 早朝、夜戦班との合流に備え、山道に組まれた作戦本部基地へと訪れた青比呂に、川上はタブレットを片手に持ちながら「ええ、そうよ」と短く返した。


「何故です」

「自分で考えられない?」

「俺抜きではアカジャクは現れない。意味が無い」

「……どうやら、考えられもしないらしいわね」


 とんとん、とタブレットを叩いてから、初めて川上は青比呂を見て言う。


「これは、あなたの『ウタカタ』からの命令でもあります」

「何……せせらぎから?」


 青比呂はいぶかしげにつぶやく。


「あなたは次の指示があるまで霧島邸で待機。以上」

「待ってください。『ウタカタ』がいなくても、囮ぐらいにはなれます」


 食い下がる青比呂に、川上は冷ややかな目を向けた。小さく息をつき、タブレットを小脇に挟んで青比呂の目を見て言う。


「今のあなたでは戦力になりません。現場でのスタンドプレー、命令違反、上官命令も聞けない。そんな人間を使おうと、戦力に組み込もうと思う? あなたならどう思う? そんな危なげな人間、連携を主とし集団戦が基礎となる『神威』の戦い方の中で、使おうと思う?」


 川上の冷たい目が、青比呂の言葉を喉の奥へと押し込んでいく。それでも、と声をあげようとしたが、拳を握りしめるだけで、焦る精神は空回りを続けた。


 正論だ。川上の言うことは全くもって正論だった。『ステイビースト』との戦闘は「待ち」の戦い。「攻め」はないのだ。


「理解できたようね。……今日は天気が崩れるわ。体にも響くし、今のうちに休めるだけ休んでおきなさい」


 鬱屈した気分で空を見上げる。雲が黒く垂れて今にも落ちてきそうなほど、重そうに見えた。空気にも湿気たものが混じり始めている。

 結局青比呂は何も言えず基地を後にした。


 しかし。


(……せせらぎも、同じ意見だというのか。俺が使い物にならないと)


 道すがら、そんなことばかり考えていた。山から霧島邸まで歩きでは一時間以上かかるものだが、気がつけばもう、扉の前まで来てしまっていた。


(……せせらぎ。直接話をしなければ)


 彼女からも同じ目で見られたのか。

 まあ、昨日の態度を思い出せば当然かも知れない。

 しかし、あれが自分の欲望に忠実になった姿だった。


 あれが、自分の正体だ。

 妹をも、同じ目で見ていたのだから。

 もし誰も何も止めるものがいなければ、そのまま彼女を……


(くそ……)


 頭の中の妄執を振り払おうとするが、怯えた目でこちらを見るせせらぎの顔と、赤音の顔が重なって見えた。

 もし、赤音があのときあの場にいたら。せせらぎではなく、赤音だったら。

 自分は、欲望を抑えられなかったかもしれない。


 花園へと足を運んだ。もう空は真っ黒で、とても朝とは思えなかった。そのためか、いつも手入れをし、せせらぎと言い合いをしながら世話をした花たちが元気をなくしているような気がする。


「せせらぎ。……いないのか?」


 勝手口を閉めようとした時、ひらりと足下に白いものが落ちた。戸に挟まっていたのだろうか。

 拾い上げてみたものは、便せんだった。


「……何だ?」


 拾い上げ、折りたたまれたそれを開いてみる。

 そこには、拙い字で短く書かれていた。



 青比呂へ

 花の世話 頼む

 せせらぎ より


 鉛筆か何かで書いたのだろうその文字が、ぽつりと落ちてきた雨粒でにじみ、歪んだ。


「何だ……頼むって……」


 心がざわついた。

 以前外へ出たいかと聞いた時、彼女はこの花園があるから、世話があるから出ることはないとはっきり言った。なぜなら、赤音からもらったものだから、という理由で。


 だが、それを「頼む」とは、何だ? 手放す、とでもいうのか。


「俺の出撃を不許可……この置き手紙……まさか」


 雨が降り始めた。本格的な強い雨脚だった。花々は雨粒に打たれ露を葉に乗せ、恵みとなる水分を根に吸い込んでいく。

 しかし誰もいなくなった花園の花たちは、本降りになった雨にうなだれたようにうつむき、嘆きと落胆で頭を垂れているようだった。



□□□



 無線から聞こえてくる怒号と悲鳴は一刻として止まなかった。


『こちら第二小隊、被害大! 離脱します!』

『第四小隊は至急東第六小隊の援護に回れ!『カタワラ』の数が足りん!』

『こちらはもうダメです! 突破され……うあああ!!』


 無線が次々と死んでいく。作戦本部基地は行き交う指示と人の慌ただしさであふれかえっていた。連絡は更なる混乱を呼び、報告が被害を広げる。基地本部で手をこまねいていた『ウタカタ』たちは雨に濡れながらも指示を飛ばし続け、人員の確保と人命の優先を先行させようとするが、


「やはりこの作戦は急ぎすぎた!」


 古参の『ウタカタ』の一人がインカムを放り投げ、ドシンと長机を乱暴にヒステリックに叩いた。


「だから私は反対したんだ! そもそも言い出したのはあの新垣赤音の兄だろう! あの者はどこにいる! あやつが責任を取るべきだ!」


 その鬱憤に周りが引火したかのように、普段は前線にも来ない幹部たちも声を荒らげ始めた。


「その通りだ! 無謀過ぎた! もっと慎重にやるべきだったんだ! こんなものは作戦とは言わん、無駄死にだ! わしらの命すら危うい!」

「新垣青比呂を出せ! 飛んだ疫病神だ!」

「それにアイツは罠一つをダメにしたというではないか、そんな問題児……抱えておくこと自体がおかしい!」

「責任は全て新垣青比呂にある!」


 これまで押され続けていた劣勢の状況のストレスが、一気に爆発し始めた。怒号が飛び交う中、川上は「落ち着いてください、今はそれどころでは……!」と声を張り上げるが、誰も取り合ってくれない。


 それに巻き込まれたくない者も、幹部連中の癇癪には触れずその場を「応援要請」や「援護」などという名目で去って行。作戦本部基地は暴動を起こしかねない。それが何の意味も持たないと分かっていても、やり場のない怒りの矛先を求めたがる老人達は、ひたすら怒声怒号をはき出し続けた。


「責任なら、私がとる」


 不満が爆発しかけようとした時だった。

 幼い少女の声が、彼らの怒鳴り声を遮った。

 幹部らや古参の『ウタカタ』たちが振り返り、思わず言葉をなくす。

 

「青比呂、私の『カタワラ』。なら、『ウタカタ』である私、責任ある」


 幹部たちの声が小さくなっていく。川上が幹部ら老人たちをかき分け、声の主を見つけて「どうして……」と唖然と言葉をなくした。


「ここからは私がやる」


 雨に濡れた髪を左手で振り払い、指輪をくすんだ赤色に灯してせせらぎが言った。


「せせらぎ! なんであなたが!」


 川上が駆け寄り、ずぶ濡れになった和服へとりあえずタオルをかぶせた。


「青比呂は、あれ以上戦えない。私がやる」

「だからって、『ウタカタ』が直接戦えるわけじゃ……」


 無線から爆音が聞こえた。その爆音を追って、すぐ手前の丘から爆風と噴煙が巻き上がり、悲鳴と叫び声が無数に重なり合った。古参の『ウタカタ』や幹部たちは一斉に逃げ出し始める。


 こちらが暴動寸前になっていたところで、肝心の指揮系統が麻痺していた。スムーズに指揮が行われず、防戦一方になっていた部隊の一つが突破されたのだと、その場にいる上官の『ウタカタ』や、怪我で一端身を引いていた『カタワラ』たちは瞬時に悟った。


「不味い……なだれこんでくるぞ!」


 一人の『ウタカタ』がまだ動ける『カタワラ』たちを集め、即席の部隊を作り向かおうとするが、すぐに足が止まった。


 作戦本部を見下ろせる小高い丘の上に、ずらりと並ぶ、人の形に近いシルエットを持った『ステイビースト』の群が雨の中に佇んでいた。


 人型の『ステイビースト』は、猿人類か。腕が長く背は猫背で丸い。肌になる表面はやはり凹凸のないプレートで出来ており、雨露をまっすぐに受け流している。だが太さは人間の倍以上はあった。首元も太く、体が大きい。


「そんな……」


 川上が顔を険しいものにする。今や基地は機能しない、ただのやぐらであった。ここに残っている『ウタカタ』も『カタワラ』もいるが、数は少ない。誰かが「終わりだ……」とつぶやいた。


 そこへ一歩、前に踏み出そうとするせせらぎは、『ステイビースト』たちの群を見据え、左手の薬指を赤く光らせた。


「せせらぎ……!」

「部隊立て直すの、どれぐらいかかる」


 止めようとせせらぎの肩を強くつかんだ川上に、せせらぎがつぶやいた。


「え……」

「露払いはする。でも、出来れば味方は多い方がいい」


 無線からまだ声はする。指示を待つ者、報告を続け、戦闘を続行する者。

 まだ戦っている部隊もいる。


「……分かった。十分……いえ、五分で立て直す。その間、いい?」

「それなら、いける」


 せせらぎが地面を蹴り、前へと飛び出す。雨がせせらぎに降り注ぐ前に蒸発し、せせらぎの姿はスチームで覆われ霧そのものが疾走し、地面を駆けているようだった。


 ボフ、と霧の中から赤く輝く左手が抜き出る。薬指の指輪が熱を帯び、煌めきを放った。

 『ステイビースト』の群に、斜陽が刺さる。群は全体がその赤に危機感を覚えたようで、一気に分散したが、一体の『ステイビースト』が逃げ遅れた。


 赤く駆け抜けた一筋の光に『ステイビースト』の体が覆われ、次の瞬間には影だけとなった。雨を吸った土は焦土になり、丘にくぼみを穿った。


「今のは……!?」


 無線で連絡を取り合いながら見ていた川上が声を上げた。


「まるで、青比呂くんの『防御領域』の攻撃みたい……でも、どうして『ウタカタ』が同じことを……?」


 基本、『ウタカタ』は攻撃手段を持たない。

 その代わり、『カタワラ』という、強力な守り手である『カタワラ』という存在を、契約を交わし、作り上げる。防御として、時には攻撃として配置する。それが『ウタカタ』の攻撃とも言える。


 だが、今はその思考に構っている暇はなかった。


「敵が分散しました! 残った部隊は各個撃破を! 可能なら『ステイヒート』の使用を!」


 その場にいた『ウタカタ』、『カタワラ』たちが、せせらぎの姿を見て、そして川上の声を聞いて、心の底に残っていたかすかな闘争心に燃料を投下する。


「よし、行くぞ! あんな小さいのに遅れを取るな!!」

「敵はばらけた! なら集団攻撃も可能なはずだ! 俺たちならやれる!!」


 互いに叫び合うことで己を奮い立たせ、轟音の一塊となり、十名にも満たない『ウタカタ』『カタワラ』たちは戦場へと矢になって飛び出した。


「こちら本部基地より通達、本部に敵の奇襲あり! 迎える部隊あれば即合流をお願いします! しかし現状が厳しい場合、現場を離れ各部隊の合流を最優先!一塊になり部隊の再編成を行ってください!」


 二十以上ある無線や器機を一人で向かい合い、川上はやりとりを開始する。押されている部隊もあれば、優勢にある部隊もあった。互いにカバーし合い、今は結束力を高め確実に敵を減らす。それが一番の策と川上は考えた。


「あとは……」


 ドン! と地面を揺らす轟音に、川上は思わず目をつむった。腹の底を突く様な衝撃音だった。


「何!?」


 『ウタカタ』『カタワラ』。そしてせせらぎが奮闘している丘の上に、煌々と炎を揺らし立つ巨大なシルエットが、焦げた地面の煙の向こうに立っていた。


「あれ、は……」


 『ステイビースト』と交戦中だった一人の『カタワラ』がつぶやく。


「何てこった……このタイミングで……!」


 部隊を指揮していた『カタワラ』が苦い顔で言う。


 『ステイビースト』の一体を蒸発させたせせらぎは、数メートル前に現れたシルエットを見上げる。


 降り注ぐ雨が当たる前に蒸発し、常に蒸気を纏った体躯は熱を発し続けている。


「ふん……まさか、お前の方が前に出ているとはな」


 開いた口から炎の吐息が漏れた。耳元まで開いた口から犬歯が見え、見開かれた目は蒸気の奥にいるというのに燃えてはっきりと見えた。


 せせらぎは、自分の背丈など飲み込んでしまう大きさをもった口を前にして、左手をかざし薬指に火を灯した。


「そんな……こんな時にくるだなんて……」


 川上が奥歯をかみしめた。いくら手のひらを強く握っても、無力感は覆らないと分かっていても、何かをせずにはいられなかった。


「はは、思った以上に好戦しているようで何よりだ、人間ども」


 蒸気が熱気によって振り払われ、一体の巨大な『ステイビースト』が姿を現す。その熱を、薬指の熱で左右に切り裂き、髪の毛を揺らしながら、せせらぎはつぶやいた。


「来たな……アカジャク」


 現れたアカジャクは、屈強な四肢を地面に食い込ませ、土を焼き、大きく吠えた。それが開戦の狼煙と言わんばかりに、山の木々や森林の奥から馬型の、または猟犬型の、または鹿のような角を持った『ステイビースト』の群がアカジャクの後ろへと続いた。


 その数は、場に居合わせた誰もを押し黙らせるには十分なほどの量だった。

 どこに潜んでいたのか、それともアカジャクの元に今駆けつけてきたのか。

 定かではない。確かなのはただ一つ。


「おいおい、しけた面をしないでくれよ。せっかく俺が来たところなんだ。盛り上がろうぜ」


 クツクツと笑うアカジャクの姿に、誰もが膝を折り、また戦意を失い、言葉をなくし、握りしめていた拳をほどいてしまった。




 続く

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