第21話 ドライフラワーの空と唄
灼熱の風が、「マザーシグナル」を発し続ける『ステイビースト』ごと押しつぶし、猟犬を思わせるシルエットをした体を地面の影に残した。乾いた砂地の山道は熱に負け、スプーンですくったようなえぐれを残していた。
「三体目……何だ、『ステイヒート』……コツをつかめば、確かに連射は出来ないが、連発は時間を置けば可能じゃないか」
装備したインカムから、せせらぎの声や川上の声が聞こえてくる。
しかし。
「さあ、次はどれを壊そうか」
目の前にいる猟犬型の『ステイビースト』は五体。それぞれが威嚇するように構え、そのうちの一体が地を蹴り、高く飛び上がった。
上空を五メートルは跳躍する。青比呂は視線でそれを追い、左腕の『ミヤマヨメナ』をかざして振ってきた『ステイビースト』を受けとめた。
ガシャン! と、金属同士がぶつかるような甲高い音がはじき出され、『ステイビースト』は『ミヤマヨメナ』の上で暴れ回りながら「マザーシグナル」を直に青比呂に浴びせようとする。
そうしなくても、もう頭は溶けそうほど揺れていた。思考が麻痺し始める。
しかし、右拳を盾の裏側に打ち付けるだけで、その不快な周波数は熱に消える。
まだ脳を溶かす余韻が残ったままで、とろんと溶ける視界で残りの四体を見やる。
「次は……こいつにするか」
青比呂を警戒し、飛び下がろうとした『ステイビースト』を追って前に飛び、頭を右手でわしづかみにする。右腕を通じて直に、「マザーシグナル」が脳髄しびれさせた。
その横から、インカム越しに叫ぶせせらぎの声が聞こえた、ような気がした。
青比呂は『ミヤマヨメナ』の蔦をほどき、左手で円盤状の盾を振り上げると、それを『ステイビースト』の真上から押しつぶすようたたきつけた。同時に右拳を振り下ろし、蒸気が爆発し、土は焦げ臭いタールのような色になる。
「あと、三体か」
ヘドロになった『ステイビースト』だったものを踏みつけて、押し下がっていく残りの三体に向けて、青比呂はゆっくりと歩いて行った。
□□□
「これが、昨日から移動し始めた『ステイビースト』の群です」
講義室のような広さを持つブリーフィングルームの正面に映されたスクリーンには、この内頭市の地図と、赤色に変換された『ステイビースト』の印が配置されていた。
川上はポインターを使い、県境の山手に集まりつつある赤い群を丸く囲い、室内にそろった『ウタカタ』、『カタワラ』たちを見ながら解説を続ける。
「明らかに意図を持って集合しているとみていいでしょう。この山道の近くには民家が多く広がっています。いわば、すでに水際です」
ざわり、とブリーフィングルーム内の空気が動き始める。
「今までこんな大規模な統制を取って『ステイビースト』が行動するということはありませんでした。……あるとすれば、集めているのは、音頭を取っているのは、アカジャクでしょう」
ざわつきが更に強くなる。解説する川上も無理はないか、と内心思いながら続ける。
「しかし逆に言えば、ここを一網打尽にしてしまえば、敵戦力を大幅に激減させることが出来ます。逆転のチャンスです」
「しかし、そう簡単にいうがね……」
古参の『ウタカタ』の一人が言う。もう前線から離れ、若手を指導する幹部の一人だった。
「そもそも、アカジャクが本当にいるのかい? 確認はとれているのか?」
また別の幹部から声が上がった。不安というよりも、不満を前に押し出した声だった。それに川上は視線をそらし、「確証があるわけでは、ありませんが……」と声を小さくした。
「誘導、ということも考えられる」
「これだけの数に兵を出すリスクも考えるべきだ」
「下調べはもっとするべきではないのかね。動き出すのはそれからでもいいだろう」
次々と、古参……上層部の老人たちが声を上げて続け、意見を飛び交わせる。
「し、しかし、ここを見逃せば、市民に被害が……」
「まだ確実に出ると分かったわけじゃないだろう。ただ群がっているだけだ。民家に降りたわけじゃない」
その声に、同意見の言葉が飛び交った。川上はほぞを噛む思いで言葉を選ぼうとしていたが、並んだテーブルの中ですっと、一人、手を上げる者がいた。後ろの上段列にうる幹部らではなく、前列にいる『カタワラ』の席からだった。
「は、はい。そこの方……」
と、立ち上がった挙手の主を見て、川上はしまった、という思いと何故という混乱を同時に起こした。
彼をこの場には入れないようにしていたはずだったのに。潜り込んでいたのだろうか。絶対にことを荒立てる……嫌な予感しかしなかった。
川上が慌てて発言を抑えるようにと告げるまえに、挙手した『カタワラ』が言う。
「アカジャクがいないなら、来させるまでだ。派手に暴れていれば、アイツはくる」
室内がさらにざわついた。「おい、あいつ……」「ああ、間違いない」「どうして作戦会議に出てるんだ……?」と、ここにいること自体おかしいことがささやかれ始める。
「あ、あの……新垣青比呂。発言には気をつけるように。根拠のない、感情でものを言うのは……」
「アカジャクの気質は「楽しむこと」だ。アイツは何よりも争いを好んでいる。それに俺が暴れていれば、あいつも顔を出す可能性がある」
青比呂に集まる視線が剣呑なものに変わる。ブリーフィングルームに、緊張と殺気だった空気が張り詰めだした。
「だ、だから根拠なく……」
「あいつは俺が攻撃をしのいだことにプライドを傷つけられた様子を見せていた。……あいつは心底の負けず嫌い。土をつけた俺に必ずリベンジを果たしに来る。そうだろう、刻鉄」
ダメだ、川上は両手で顔を覆いたい気分になった。
プロジェクターの側でじっと会議の様子を立って見ていた仮面の男に直接言いかけた青比呂に、上層部の人間まで「し、失礼だぞ!」「身をわきまえろ野良犬め!」などと大きな声での叱責が飛ぶ。
しかしまっすぐ刻鉄を見る青比呂はそんなものなど届いていないようで、刻鉄の返事を待っていた。
刻鉄は無言をしばし纏ったあと、一歩前に踏み出して言った。
「可能か。新垣青比呂」
しん……と、鳴り響いていたバッシングの嵐が収まった。水を打ったような静けさとはこのことだろう。誰も、何も言える空気ではなかった。
何もかもが押しつぶされる。声どころか呼吸さえも、その場にいる者全てが喉の奥に押し込められていた。青比呂、刻鉄の二人を除いて。
「俺にしか出来ない。俺しかやれない。俺がやる」
「……」
「総帥、許可をいただきたい。俺にも、遊撃の許可を」
「それは、お前の『ウタカタ』も承知するのだろうな」
その言葉には、青比呂はわずかに唇を止めていたが、
「ああ。何とでもなる」
「……よかろう。最前線の一つにお前を配置する。だが川上もサポートにつける。それがこちらの条件だ」
「構わない。どちらにせよ結果は同じだ」
□□□
「……化け物だ」
川上の側で控えていた『ウタカタ』の一人がつぶやいた。
山の手の防衛ライン。その一つで、最初の戦闘が始まった。
『ステイビースト』との勝負は「マザーシグナル」を相殺し削らせる「待ち」の勝負。数が多ければ配置を考え将棋やチェスのような『ウタカタ』による采配が決め手となる。
しかし。
「……ひ、一人で……」
川上がサポートに着いた部隊は『ウタカタ』三人に『カタワラ』三人のスリーマンセルのチームだった。本隊、ではなく大規模な戦闘や衝突はまだ避けて、外から少しずつ『ステイビースト』の群を削っていく……そういう作戦を立てた。
『ウタカタ』は小高い丘の上に残り、見下ろせる場所にいた猟犬型の『ステイビースト』の群を叩く。数は十を超えていた。これは長期戦になると誰もが長丁場に備え、覚悟を決めていた。
「はぁ、はぁ」
一人の『カタワラ』が走って戻ってきた。見たところ、外傷はなく防護服にも破損はない、無事なようだ。だが、顔色は真っ青で、今にも倒れそうだった。
「お、おお。大丈夫か!」
戻ってきた『カタワラ』の主である『ウタカタ』が、がくりと膝を突いた『カタワラ』に手を貸す。『カタワラ』は、ひどくふるえていた。
「じ、じ、自分は……問題、ありま、せん……」
奥歯がガタガタと震えている。
「し、しかし……あいつは……あれは……」
丘の上に、もう一人の『ウタカタ』も戻ってきた。今度はぐったりとした様子で、こちらを見つけるなり、気を失って倒れてしまった。川上とその『ウタカタ』は走って駆け寄る。
「大丈夫、気を失ってるだけ……特に異常はないわ」
しかし、と気を失った『カタワラ』の形相を見て、川上は固唾を飲んだ。
恐怖。ただそれだけで頬の筋肉はこわばり凍り付いていた。こちらを見て倒れたのも、安心して緊張の糸が切れたからだろう。
「……青比呂くん……」
険しい目で、噴煙がまだくすぶる平地を見やる。せせらぎはいない。既に青比呂の元へと向かっていた。
続く
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