第14話 灼熱をアンコールと共に



「よく聞こえなかった、『ステイ……』なんだって!?」


 青比呂は四方に陣取った『ステイビースト』の挙動に視線を飛ばしながら焦り言う。

 インカムからは川上が、落ち着けと諭すように冷静な口調で言う。


「『ステイヒート』よ。「守り」しか出来ない『カタワラ』が出来る「攻撃」、裏技の一種とでも思いなさい」


 じくり、と既に頭には頭痛が走り出していた。耳には気圧差で感じるようなキン……となる甲高い音が聞こえてくる。


「何でもいい、それはどうすればいいんだ!」

『詳しい理屈は省くけど、意識を「守る」から「攻撃する」と強く切り替える。至ってシンプルなことよ。だけど、ここからは『ウタカタ』の力も必要になる』


 攻撃意思の切り替え。それ自体なら確かに容易に思えた。現に今は周りを囲まれどこか突破しないと死の可能性もあるのだ。相手を潰せとならば必死にもなれる。


『最後に必要なのは『ウタカタ』の「開放許可」。単に「攻撃を許す」ってだけならインカムでやりとりすればいいわ。でも』

「でも、何だ!」

『重要なのは威力よ。それにどんな『ステイヒート』の形になるか、それは個人によって異なるの。決まった形はなく、ただ許可だけが下りても、『ウタカタ』から「どの程度の攻撃力の許可」が降りているかによって発動する『ステイヒート』の威力も変わってくるわ』

「つまりは力加減ってことか!?」

『こればかりは『ウタカタ』の感覚次第になるから、言葉じゃ伝えきれない。やって体感で覚えるしかない。……いい、せせらぎ』


 最後の言葉は、おそらく隣にいるであろうせせらぎに向けられた声だろう。それに答えたせせらぎは、


『つまり、強く願う。青比呂、強い攻撃、出来る、か?』

『そういうこと。ただ尺度はやってみるまで分からない。いい?』

『分かった。青比呂』


 インカムからこちらに呼びかける声が聞こえた。青比呂の視界は段々と鈍くなりつつある。「マザーシグナル」が、感覚を麻痺させてきていた。


『思いっきり、ぶつけろ。『ミヤマヨメナ』の花、赤音からの花。弱いはずない』


 脳裏に、赤音の後ろ姿が霞んで見えた。目の前に立ち、盾を構え、自分と同じく『ステイビースト』に立ち向かっているように。


(あ……かね……)


 溶けそうな意識を、傾いた心を立て直す。折れかけてた背骨が、まっすぐに立ち上がった。


 赤音がこちらを振り返った。その顔は、家庭では見たことがない、引きしまった、戦士の表情だった。

 赤音は盾を掲げ、右の拳を大きく振りかぶった。まるで弓を引くように、盾を前にかざし、そして拳を盾の内側にたたきつける。


 ガクリ、と膝が折れ、地面に倒れそうになったところで意識が現実に戻る。


「ぐ……い、今のは……」


 すぐさま意識は頭痛や吐き気、体のきしみなど痛みと共に、現実へと戻ってくる。青比呂は膝を突き、崩れ落ちる寸前だった。


 インカムから叫ぶ声が聞こえる。だが耳には聞こえても、頭には入ってこなかった。


「……まあ、そう心配すんな」


 青比呂はゆっくりと膝を地面からはがし、立ち上がると、盾を持つ左腕を前に突き出し、右拳を大きく振りかぶった。

 さっき見た、赤音の幻覚の格好をそのまま再現する。

 真正面には、固まって「マザーシグナル」を送り続ける、最初の三体がいた。


「このまま拳を……たたきつける!!」


 盾の内側、丁度中央部分に拳が打ち込まれた。

 同時に。


 『ミヤマヨメナ』の花弁に当たるフレームが、紅の色を帯びて光を放った。

 『ミヤマヨメナ』の内側から見えていた青比呂には、ただ光った、とだけしか分からなかった。


 灼熱の波が、クレーターの斜面を削り砂の一粒まで蒸発させていく。

 飛び散った光は三体の『ステイビースト』の表面装甲を一瞬で切り裂き、内部に入り込み、熱で溶けたバターのように、地面にこぼれ落ちて地面のシミとなり消えていった。

 光は更に飛び火し貫通、散弾のように地面に無数の穴を開け、クレーターの一部をズタボロにし、穴から蒸気を上げて焦げた臭いを漂わせていた。


「……な、んだ……?」


 青比呂は目の前で起こった出来事に唖然とし、理解出来ずにいる。それはあとの四体の『ステイビースト』もそうなのか、動きが若干鈍くなり、ぎこちない足取りでこちらから距離を取ろうとしていた。


「何が、起こった……?」

『す、すごいじゃない!』


 困惑している青比呂の耳に興奮した川上の声が突き刺さる。


『一気に『ステイビースト』三体を消滅! とんでもない威力よ!』

「え……?」


 間の抜けた顔で、そっと『ミヤマヨメナ』を下げてみると、さっきまで眼前にいた三体の『ステイビースト』は姿形もなくなっていた。その代わり、クレーターの形が変わっている。

まるで鉄の雨でも降ったかのように地面は削れ、えぐれ、扇状に土は掘り返されていた。


 いや、掘り返されたのではない。蒸発したのだと、焦げた土の焼け跡や臭いで今更理解した。


「まさか……この『防御領域』、から、「出た」のか……?」

『赤音の託した花、それぐらい出来て、当たり前』


 平然としたせせらぎの声がインカムから届いた。


『ただ思ったより、青比呂の体に負担、大きい。連発、出来ない』


 言われて初めて、体がだるく、疲労を強く感じた。息はきれていないものの、四方を囲む『ステイビースト』から少しでも離れようと足を動かすが、足が重たかった。

 ふぅ、と大きな息を一つ落とす。


 四方に散った『ステイビースト』は、こちらを警戒してか、近づかないでいる。しかし、心なしか動きがぎこちなく見られた。


(右手前に一体、奥に二体、左奥に一体……各個撃破が望ましいが……)


 構える『ミヤマヨメナ』が重たく感じた。それだけ体が疲労を感じているということだろう。今まで重たさなど気にしたことはなかった。


「……まずは、右のやつを沈めるか……!」


 インカムに短く「せせらぎ、攻撃許可を!」と叫び右拳を振り上げ、後ろへと引き絞った。

 だが、せせらぎの返事が返ってくる前に『ステイビースト』は後ろへと下がり始める。そこに、青比呂の焦りが攻撃を先行させた。


「だあ!」


 せせらぎの声を待たず、盾の内側に拳を打ち込んだ。『ミヤマヨメナ』に赤い光が灯り、放たれた赦の緋弾は扇型に地面を焦がしながら『ステイビースト』へと迫る。

 しかし、赤の熱は下がった『ステイビースト』の装甲をわずかにかすめただけで、『ステイビースト』は更に後ろへと下がってしまった。


「外した……!?」

『バカもの! 無駄打ち、ダメ!』


 せせらぎの叱咤が身にしみる。今の一撃を撃ったことで、ガクリと体力が落ちたのが自分でも分かった。息が切れ、汗が噴き出し、口の中はからからに乾いてきた。


『青比呂くん、焦るのも無理ないけど、自分の能力を把握するのも大事よ。どうやら、あなたの力は「威力はあるけど射程距離は短い」みたいね。本当の攻撃力を発揮できる距離はせいぜい五メートルは近づかないと』


 足元から広がる扇状に広がった土の焼け跡を見て、くそ、と口の中で悪態をついた。『ステイビースト』はその扇状の跡地から綺麗に先に移動していた。


 『ステイビースト』たちは、地面に引っかかるような動きでぎこちなく動き、こちらを再び取り囲もうとしていた。その動きを見ていて、青比呂は疑問符を浮かべた。


「なあ、川上さん。さっきから『ステイビースト』の動きがやけに……油の切れたロボットみたいにガタガタになってる……なんですか、あれは」

『それは『ステイビースト』がこのクレーター内に仕掛けられた疑似脳波を吸い取りながら動いてるからね。あなたが今クレーターの疑似脳波の回路をずたずたにしたから、供給が中途半端になってるのよ』

「……」


 川上の言葉を聞き、自分が放った灼熱の波の跡地を確認してみる。

 クレーターの三方向を横断し、『ステイビースト』は無事な地面であり、中心部に近い箇所へと集まりつつあった。


「もう一つ質問。クレーター中央から出てる脳波ってのは、強いのか?」

『ええ、一番強く設定されてるけど……』

『青比呂、話途中で割り込むが、お前、撃てて一発かどうかだぞ』


 せせらぎの言葉に、青比呂は苦い思いでうなずくしかなかった。もう膝は一度しゃがめば立ち上がれないだろう。腕も重たく、拳を打ち込むのも億劫さを感じてしまう。体全体がひどい倦怠感を感じていた。


「まあ、それならそれで……踏ん切りもつくさ」


 頰を伝う汗をぬぐって、青比呂は『ミヤマヨメナ』を掲げながら、じり、じりと慎重に残りの『ステイビースト』たちとの距離を積めていった。

 残された残弾は、無理をして二発。それに対し、残った『ステイビースト』は四体。

 右手前から下がった『ステイビースト』は奥にいる二体と合流している。左手前にいる一体だけが飛び出している形だ。左の一体は一番近いが、まとまっているのは奥の三体である。クレーター中央付近でこちらの様子をうかがっているように見えた。


(手前のやつなら十分射程距離内だが……奥にいる連中には届かない。どちらにせよ、まとめて倒さないともうこっちが保たない……)


 青比呂は自分の立っている位置を確認する。今青比呂はクレーターの中央からやや外れた位置にいる。その後ろと左右のクレーター地面は、青比呂の『ステイヒート』でえぐれていた。中央を残し、ほぼ半分が『ステイヒート』で焼却されている状態だった。


(……なら、やってみるか……!)


 奥歯をかみしめ、腰を落とし、太ももに力を入れ、かかとで地面を蹴り、青比呂はクレーター中央より奥……三体いる『ステイビースト』の元へと突進した。

 『ステイビースト』たちが迎撃の構えで左右に並び、無機質な顔を青比呂に向ける。

 「マザーシグナル」が来る。青比呂は『ミヤマヨメナ』を構え、そして同時に右拳を地面の方向に向けて『ステイヒート』を発動させた。


 どうん! と大きく大地が揺らぐ衝撃で周りの森林も草木も揺れた。土埃が大量に舞い上がり、クレーター上から様子を見守っている川上やせせらぎにまで噴煙は届きそうな程の巨大な爆発となっていた。


「な、何やってるのよあのバカ!」


 口元を押さえながら、川上が涙目になって叫ぶ。


「自分から突っ込んでいって空振りはないでしょ普通!」


 噴煙はやがて土を焼く熱の温度に持ち上げられ、クレーターはほとんど原型をなくし、無事な箇所は中央のくぼみの部分だけといえた。

 そして『ステイビースト』たち四体は、しびれたように体を痙攣させながら、エネルギー源である中央部分へと向かっていく。


「あ、あれ?……青比呂くん、は?」

「青比呂、よくやった」


 クレーター内に青比呂の姿はない。だがせせらぎは落ち着いた様子で淡々と続ける。


「古典的な方法。相手の退路を断ち、追い詰めてから、とどめ刺す」


 川上が「え?」と口にし、振り返った瞬間、クレーターの真上を弾かれたように仰ぎ見た。


「やっと一固まりになってくれたなぁ!」


 クレーター中央で身を寄せ合っていた『ステイビースト』は、上空から降ってきた花の盾に押しつぶされ、ギチギチと歪な音を立てて動きを封じられた。


「お前らがたむろしてる場所潰せばここに集まるだろうって思ってたよ」


 爆熱の上昇気流で自らを空へと押し上げ、熱で焦げた服の裾を破り捨てた青比呂は、『ミヤマヨメナ』の下に組み付した『ステイビースト』たちに向けて大きく右の拳を振り上げた。


「こいつで、最後だ!」


 真下に向けて撃たれた拳は、『ミヤマヨメナ』の花弁から赤色を膨らませ、膨大な熱を大地と『ステイビースト』の間に作った。

 赤の輝きに包まれた『ステイビースト』たちは脱出しようと手足を動かしもがくが、その先端から形がなくなっていく。


「吹っ飛べぇぇ!!」


 煌めきが破裂する。轟音を地面に刻み込んだ爆発は、クレーターの上に更なるクレーターを作り、土の蒸気を立ち上させ、燻り、焦げる地面の上に何とか足を着いた青比呂をうなだれさせた。

 『ミヤマヨメナ』が蔦となり、ほどけ、指輪の形に戻っていく。


「はぁ! はぁ! はぁ!」


 肺が爆発しそうだった。酸素が足りない。心臓が裏返るぐらいに膨らんではしぼみ、血流を頭に巡らせる。今にも意識は途切れ、視界は霞んでいきそうだった。

 その視界が、クレーターの斜面を降りてくる川上とせせらぎをとらえた。


「はあ……ふぅ……」

「ちょ、ちょっと! 無茶しすぎよ!」


 倒れそうになったところを、とっさにせせらぎが低い身長ながらも器用に支えた。


「人の言うこと、聞け。一発、言った」

「……はあ……「撃てて一発かどうか」、だろ?……なら二発目も、不可能じゃない、ってことじゃないか?」


 息も途切れ途切れになって返す青比呂にせせらぎは大きくため息をついた。


「重箱の隅、つついてどうする。お前バカ」

「と、とりあえずすぐ戻りましょう。もう本部に連絡は入れてあるから、迎えの救護班はすぐ来るわ。こんな無茶な戦い方して、無事なわけないもの」

「……すんません、必死だった、もんで……」


 すっかり焦土と化したクレーターは、もう原型をとどめておらず、罠としての機能も今後正常に働くかどうかも怪しく思われた。


□□□


「……と、いうのが一般的な始末書の書き方よ」


 霧島邸の会議室で、うんざりした顔で川上が言う。


「なんでこんなことまで引率しなきゃいけないのよ……」

「……いや、面目ないです……」


 会議室の椅子に正座させられた青比呂は、慣れない「始末書」を書きながら頭を下げた。

 あの後、青比呂は疲労困憊ですんだものの、罠としてあの地区は全く使い物にならなくなり、青比呂は着任そうそう始末書の書き方まで教わることとなった。


「本来ならクビになってもおかしくないもんよ……今回だけと思いなさい」

「うう……頑張ったんだがなあ……」


 ちなみに被害総額は470万を超える額となり、報告第一報を受けた刻鉄は一瞬気を失いそうになったらしい。


「おーい、穀潰し。まだかー」


 後ろではせせらぎが暇をもてあまして、会議室の机の上をごろごろとしている。今回は主である『ウタカタ』の指示、命令違反も入り、責任は全て青比呂にあることとなった。


「その言い方はやめてくれ……色々来るものがある……」

「花園の手入れ、怠るのだめ。これも『カタワラ』としての仕事の一つ」


 厳しい、と思うことはなかった。青比呂の思うところはただ一つ。「世知辛い」。その一言だった。


「……あんた、字汚いわね」

「とどめ刺しに来た?」


 何とか形になった始末書を川上に見てもらい、とりあえずのOKをもらうと青比呂は机に突っ伏した。疲れた……今のが一番疲れた。


「よーし、花園に行くぞ。バケツに水おれてこい」

「パシリか俺は……へいへい、行きますよ」


 何とか身を起こし、席から立ち上がったところで、こちらをじっと見つめる川上と目が合った。


「なんすか」

「うん、いや……」


 川上はほのかに笑みを浮かべ、


「今は年相応の男の子に見えるな、って思っただけ」

「……」

「今までは、らしくなかったというか、分からなかった。でも、今のあなたを見てる方が、ほっとするの」

「……俺は諦めたつもりはない」


 川上に背を向け、青比呂は会議室を後にした。

 一人残った川上は、始末書を眺めながら、笑みを憂鬱な表情に変えてつぶやいた。


「自分でももう分かってるのに……止められないんだね」


 止まる気もなし、か。と、付け加え、川上は退室した。

 会議室は無人となり、そのまま夜の静寂を迎え入れ、沈黙だけが居座り続けた。




続く

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