第12話 雨降らずとも花が地を結ぶ
「じゃあ、目的地も近いしブリーフィングを始めるわ」
「……そういうのって普通、作戦室とか、そういうのでやるんじゃないのか?」
今歩いているのは普通の山道で、山を散歩する一般人とすれ違ってもおかしくはない。青比呂は怪訝な面持ちで、振り返らないままの川上に言った。
「そんな大層な相手でも難易度でもないの。作戦室は数に限りがあるし、出来るだけ重要な作戦を行う班に使わせてあげたいわけ」
言葉通りを受け取るなら、準備も何もいらない、小用のようなミッション、ということになる。
「でもなんで私が現地でしかもこの子たちの指揮を執らないといけないのよ……はあ」
川上は不満そうに一人つぶやいていた。
「あんたも『カタワラ』なんだろ?」
「まあね。あと今日から私はあなたたちの上官になるの。敬語を使いなさい。一般常識よ」
「……了解、です」
渋々、といった様子でうなずいた時、青比呂はふと「あなたたち」と複数形で言った言葉に気がついた。
「あんた……いや、川上さん。川上さんは、せせらぎのこと……」
「え、何か……」
「見ろ、見事なベニテングタケ、生えてた。持って帰るか」
振り返った川上の眼前に毒々しい色のキノコが突きつけられ、悲鳴があがった。
「ちょ、ちょっと! そんなグロテスクなもの急に見せないでよ!」
川上は尻餅をついて涙目になっていた。
「……こんな立派に育ったの、そう見れないのに」
「ほー、確かにでかいな」
青比呂はしゅんとなるせせらぎの後ろからのぞき込み、手にしているベニテングダケをのぞき見る。なるほど、グロテスクと言われるほど大きな「傘」を持っていた。大人の手のひらほどの大きさはあるだろう。
「まったく、ただでさえ神経使ってるのに……もう」
土を払い、川上はため息を落として佇まいを直す。そしてふと、上目遣いで川上の様子をうかがうせせらぎの視線に気がついた。それに、川上はもう一つため息をつく。
「……屋敷じゃみんな「いないふり」してきたけど、いざ実戦で、現場に出て戦力になるんじゃ、もうそんな扱いしないわよ。……今まで悪かったわ」
最後は早口になり、視線はせせらぎから外れた。
「いないふりってのは……どういう意味だ」
「……詳細は私にも知らされてない。ただ箝口令のような、暗黙の了解があったの。あの屋敷の中では。……この子に関わるなって」
「……誰も何も言わなかったのか」
「『神威』上層部がそんな圧力をかけてたわけ。私たちは従うしかなかった……。でも……」
と、川上は大きく息を吸い込むと、
「やってられるかぁぁぁーーー!」
遠くから山彦さえ聞こえる。唐突に声を上げたために、青比呂もせせらぎも驚きでたじろぎ、固まっていた。
「ああもう、屋敷の中でこの子がいるのに、屋敷で仕事する限りどこかですれ違うことだってあるのにそれをいちいち無視しろ? そんなの無理に決まってるでしょ! いないふり? 冗談じゃないわ!」
吐き捨てて言うと、川上はしゃがんでせせらぎの肩に手を置き、その目をのぞき込んで言った。
「改めて謝罪するわ、せせらぎ。あなたを正式な戦力として、『神威』として歓迎します。どうか、ご助力をお願いします」
「……う、うん……」
真剣な川上の面持ちに気圧されたせせらぎは思わずうなずく。それを確認すると、川上は立ち上がり背筋を伸ばすと「あー、スッキリしたー」と大きく息を吸い、はき出した。
二人のやりとりを見ていた青比呂は苦笑して、
「川上さん、あんたガス抜きが下手ってタイプなんじゃないですか?」
と、冗談めかして言った。
「まあね。それに実を言うと、せせらぎに対して私と同じ考えの人は結構いるの」
その言葉に、せせらぎが「え?」と声を漏らし顔を上げる。
「でも上層部の圧力が怖くて、何も出来ない状態……そこは、責めるなという方が無理だけど……分かってくれとも言わないわ。ただ、知ってほしい。それだけ」
「……」
せせらぎはしばし無言だったが、大きく息を吸って言葉を紡いだ。
「今度、花園に来い。ハーブとかも、ある」
「花園?」
「頑張って、もてなす。青比呂が」
「俺かよ」
しかしせせらぎの目はやる気に満ちており、力強いものだった。そのまっすぐな視線に川上は小さく笑い、うん、とうなずいた。
「ハーブか、楽しみにしておくわ」
言って一呼吸着くと、川上は表情を引き締め、肩に掛けていた鞄からタブレット端末を取り出す。
「じゃあ改めてブリーフィングを始めるわ。目的地点はもうすぐだから」
今までの柔和な雰囲気が消え、場に緊張が走った。青比呂もせせらぎも、口を閉ざし川上の言葉を待つ。
「罠にかかった『ステイビースト』は三体。小型で本来は群れを成して行動しているものなんだけど、どうもこの三体だけは道にはぐれたのか、こちらの仕掛けた「防犯用」の罠に落ちたというところね」
と言って、タブレット端末をこちらに向ける。そこには今から立ち向かうであろう、「小型のステイビースト」の外見やデータなどが記されていた。
見た目は動物に近い。四つ足で地面を蹴り、長く伸びた頭は目、口、鼻などはなく、真っ平らで、全身は凹凸のないプレート状の作りとなっている。形状は馬を彷彿とさせた。
アカジャクの姿を思い出す。あれの体も凹凸のないプレートで出来ていた、真っ平らな表面の肌を持っていた。『ステイビースト』特有の外見なのだろう。
「大きさはどれぐらいなんだ……なんですか」
川上ににらまれ、慌てて敬語に戻す青比呂であった。
「小型タイプは犬や猫ぐらいの大きさよ。個体差はあるあけど、そう変わりないわ。今回網にかかったのは柴犬ぐらいの大きさね」
「で……ところで、ここに来て間抜けな質問なんですが……」
タブレットの情報を見ながら、青比呂は気まずそうに言う。
「……具体的に、『ステイビースト』の退治ってどうやるんだ?」
『神威』……戦う『カタワラ』は「盾」を使う能力である。だがそれだけでは相手をどこうしようもないのではないか、と青比呂は現場に来て初めて疑問に思った。
だが川上はそんな青比呂を特段笑う訳でもなくさらりと言った。
「耐えるのよ」
「耐える……?」
「そう。『ステイビースト』が放つ「マザーシグナル」にね」
「マザーシグナル」の名前は世間にも浸透している。『ステイビースト』が放つ独自の周波数で、強く浴びすぎると『佇み病』を発病してしまうという、『ステイビースト』が恐れられる原因の一つだ。
「この「マザーシグナル」の正体は、『ステイビースト』そのものよ」
「……どういう、ことですか?」
ただでさえ慣れない敬語に加え、妙な理屈が出てきた状態で、青比呂の頭はパンク寸前だった。
「分かりやすく言えば、「マザーシグナル」は『ステイビースト』の体を消耗して放たれているの。発すれば発するほど『ステイビースト』は消耗、削れていき、その体は小さくなりやがて消滅する」
初耳だった。驚きを隠せないでいるが、しかしそれに耐えろとは、『佇み病』になれと言っているようなものではないだろうか。
「そんな時こその『防御領域』よ。『カタワラ』の『防御領域』は「マザーシグナル」を一切遮断してくれる。『防御領域』を展開していれば、まず『佇み病』になることはないわ」
まるでこちらの心境を読んでいたかのように、川上が説明を付け加えた。
「なるほど……だから「耐えろ」か。連中がばてて消滅するまで「マザーシグナル」を絞り出させるってわけだな?」
「そういうこと。……まあ、他にも手がないわけじゃないけど、それは次回に説明するわ。それより」
と、川上は青比呂とせせらぎを交互に見て、
「もうあなたたちは『契約の儀式』は済ませたの?」
「……儀式?」
「まあ、絶対しなくちゃいけないわけじゃないんだけど……」
青比呂はせせらぎに目を向ける。せせらぎも「儀式」とやらには思いたることはないようで、首を横に振っただけだった。
「何ですか、それ」
「忠義を誓う証として、『カタワラ』が『ウタカタ』の指輪に口づけをするの。ほら、昔のお姫様に支える騎士みたいな感じにね」
楽しそうに言う川上であったが、その言葉を理解するのに、青比呂は数秒要した。
「つまり、俺が
「そうそう! ロマンチックでしょ」
それにしてもこの川上、ノリノリである。
改めてせせらぎを見る。
せせらぎは話の内容にいまいち追いついていないというか、ピンと来ていないようで、小首をかしげたままだった。
「俺にロリコン趣味はない」
「えー、そういう年の差ってのがいいんじゃないのかなー」
「……あんた段々素が出てきたな……」
ややうんざりとしてきた青比呂の裾をせせらぎが引っ張り、「なあなあ」とこちらに呼びかけてきた。
「何だ?」
「ろりこん、なんだそれ?」
「知らんでいい。いずれ分かる」
「青比呂がシスコンみたいなものか?」
「どこで仕入れたその知識!」
青比呂は顔を真っ赤にして怒鳴った。対してせせらぎは涼しい顔のまま、つらつらとのべ始める。
「赤音、言ってた。「お兄ちゃん、妹離れ出来てない、困る。きっとあれ、シスコンだ」って言ってた」
「……ああー……そういうことは分かってても本人には言っちゃだめよ、せせらぎ。青比呂くん、しゃがみ込んじゃったわ……」
こほん、と川上はわざとらしい咳払いで場を一端落ち着かせ、
「はい、ブリーフィング終わり。これから目的地へ向かうわ。ここからは人避けの結界を張ってあるから、山道を歩く人とはすれ違うことはない。だけどはぐれたら二度と出られないわよ。しっかり私の後についてきて」
「……これ、ブリーフィングだったのか」
戦う前からダメージを負ってしまった青比呂であった。
続く
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