第8話 再会の鉄、熱のない仮面


 そっと「盾」に触れてみる。手触りはぶ厚い鉄のようだった。ちょっとやそっとの力じゃ曲がりようもない、頑丈さだと容易に想像が出来た。


(……赤音が……守ってくれた?)


 冷たさも熱も感じさせない不思議な感触に青比呂は、そっと花弁の表面をなでる。

 傷一つもなく、くぼみなども一切見当たらない。


「新垣赤音か。……そんなことはどうでもいい」


 どしん、と前足を地面にたたきつけ、一歩アカジャクが前に出た。赤く燃える吐息を口の両端から発しながら、怒りの形相で青比呂をにらみつけていた。


「俺の一撃を防いだ……それがまぐれでも、気に食わんな」


 静かな怒声に、青比呂は咄嗟に盾を前にし防御態勢に入った。だがまともに戦闘訓練も受けたことがなければケンカもろくにしたこともない。姿勢は単に前屈みになっただけで、腰が抜けてないだけマシ、といえた。


 それを見下ろして、ふんと鼻息をならしアカジャクは犬歯を剥き出しにする。


「素人の浅知恵でどうにかなるものでもないが……」


 ゆらり、とまた前足が掲げられる。が、その切っ先は青比呂ではなくその後ろ、せせらぎへと向けられた。


「こういうのはどうかな」


 せせらぎは反応しきれなかった。眼前まで迫ったアカジャクの前足は、その速度と強靱な肉体から放たれることにより、砲弾クラスの威力になっている。そんなものを至近距離で受ければ、人間の肉体なら簡単に粉微塵になってバラバラになる。


 故に、それを弾いた「花の盾」は砲弾を持ってしても破壊出来ない程の防御力を持つ、と今証明された。


 寸前のところで飛び込んだ青比呂は、衝撃だけは殺せず、弾かれた勢いでせせらぎの足元まで転がった。


「あ、青比呂……」


 あまりの瞬時の出来事に、ポーカーフェイスを保っていたせせらぎも驚きを顔に出した。


「……っ……お前、外野に手を出すってのはルール違反じゃないか……?」


 口の中に入った砂を血の混じったツバと共にはき出し、立ち上がる青比呂。ふう、と大きく息をついて、せせらぎの前に立ち、アカジャクと向かい合った。


 アカジャクはその様子に黙ったまま、更に眉間の皺を険しいものにしていく。


 しばしの静寂は、空気を帯電させる乾いたものになった。だが屋敷の方から、どよめきの声と人の気配が生まれ始めた。視線を先にそらしたのはアカジャクだった。青比呂は視線だけを屋敷の方角へと飛ばした。


 庭園から離れた屋敷から数人の黒服に囲まれ、一人の青年が歩いてくる。その姿に、青比呂は思わず息を飲んだ。


「そこまでだ、アカジャク。そして青比呂」


 くぐもった声で言われ、青比呂は硬直したまま動けないでいた。それは黒服たちに囲まれた青年が発した言葉だった。


「やっとご登場か、刻鉄」


 刻鉄……アカジャクが声にした名前に、頭が追いつかない。

 霧島刻鉄。この「盾」の能力、守護結社『神威』総帥であり最強の『ウタカタ』。

そして何より。

 青比呂の知る刻鉄は、優しく大人で、共にいることが自慢でもあり、今のような表情も分からない鉄の仮面など着けてなかった。


「……刻鉄さん、なの、か」


 自分の声が途切れてしまう。上手く呼吸が出来ない。仮面から切り取られた目の部分の隙間からのぞく視線がこちらを捉える。


「そうだ」


 短く言って、青比呂の横を通り過ぎた。

 青比呂はその場から動けなかった。振り向くことも出来ず、姿を追うことも出来ず、額と背中に冷たい汗を噴き出させていた。


「重役出勤だな。で、楽しみとはこいつか?」


「今は戻れ。いずれ場を用意する」


「クク。いいだろう、今回は撤退しよう」


 そんなやりとりを背中で聞いていた。


「しかし、新垣の、兄か……」


 視線の種類が変わった。熱量が一気に増え、体を凍てつかせていたものが溶かされ、咄嗟に振り返った。


 アカジャクが興味深げに青比呂をまじまじと見つめ、喉の奥を成らして笑う。


「実に、皮肉。皮肉だな。いや、滑稽か。なんとでもいえる」


 皮肉? まだ乾いた口の中で言葉にならなかったが、声に出す前にアカジャクは地を蹴って大きく飛び下がった。そのまま庭園を突き抜け、防風林を突破し、姿を消してしまった。


 残った黒服や、白い羽織の『カタワラ』と思われる術者たちが散らばり、今頃になって慌ただしく走り回る中、青比呂は消えたアカジャクを見つめる刻鉄の背中を見つめていた。


 その背中がゆっくりと振り返り、つぶやくように言った。


「久しぶりだな」


 声には温度がなかった。まるで機械がしゃべっているようだった。


「話せる場所を用意する。まずは一休みしてくれ。よくこの場を抑えてくれた」


 視線が青比呂からせせらぎに移るが、せせらぎは刻鉄が口を開く前に、


「私、花の手入れ、ある。じゃあな、青比呂」


 と、一方的に言うと走って行ってしまった。


「……俺も、時間はいらない」


 重たい空気を押し上げるように、腹から声を出して言う。


「今すぐ聞きたい。二年前のこと……赤音のことを」


 刻鉄はしばし間を置いた後、「分かった」とうなずき、着いてくるようにと屋敷へと歩き出した。



 続く

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