第6話 その獣、炎に笑う
まるで鉄か鋼か。皮膚にあたる表面は凹凸のない真っ平らな装甲で出来ていた。
しかし曲面はしなり、前足となる部分はゆっくりと地面を踏みしめ、鋭い爪を深々と地面に突き刺している。
柔軟性のある表面からは、轟々と唸りをあげて立ち上る炎が踊り、その巨躯を包んでいた。
その姿は狼に似ている。顔だけは本物の獣を思わせる表面の造りで、皺の造形も目の下の皺も、口の端に浮かんだ笑みも作り上げられていた。
既に絶滅しているニホンオオカミの狩猟の習性だけが特化したかのような、鋭い牙が見え、吐息代わりに炎の塊が空気を焼いた。
「あ……あ、「アカジャク」……「アカジャク」が現れました!」
広く見通しの良い霧島邸の庭園。垣根を割り、現れた炎の巨体に駆けつけた黒服の男たちは驚きと恐怖を隠しきれなかった。急ぎ無線で連絡を回す。
「そんな……こいつが、この『ステイビースト』が霧島邸に攻め込んでくるだなんて……!」
黒服の男たちは三人いた。それらをじっくりなめ回すように、「アカジャク」とよばれた炎の獣はゆっくりと回り込みながら近づいてくる。
「おい、刻鉄総帥は!」
「今は最高議員会議だよ!」
焦りと危機感で、黒服たちの語気は荒くなる。
そんな黒服たちの様子を見てか、アカジャクは目をつり上げ、つまらなそうにふん、と鼻息をならす。
「何だ、来てみれば小物しかいないじゃないか。刻鉄のやつめ、何が全て分かる、だ」
一人つぶやくアカジャクだったが、それに黒服たちは戦慄を覚えた。
「しゃ、しゃべった!」
「そんな……『ステイビースト』が、人語を話す!?」
混乱は更に拍車を掛けた状態になった。おろおろとする黒服たちに、アカジャクはもう一つため息をつく。
「お前たちはここの『カタワラ』ではないのか? 俺は侵入者であり、敵だぞ。それを目の前にして、何もしないでいいのか?」
わざとらしく説教ぶって言ったアカジャクの言葉に、黒服たちは言葉を詰まらせる。
「く、くそ! やってやる!」
黒服の一人が左手の薬指を前にかざし、突風と共にアカジャクとの間を遮る壁を作った。風を纏い現れたのは、平たく、円盤状の大きな「盾」だった。それを見てアカジャクは「ほう」と興味深げにうなずく。
「その『防御領域』、受け流しよりも衝突に強いとみた。頑丈でシンプル……故に正面からは崩しにくい」
自分の『防御領域』を展開し、身の守りを固めたはずの黒服が、顔を青ざめさせる。
読まれた。一目して、自分の『防御領域』の特性を見抜かれた。つまりそれは、「弱点がばれた」ということでもある。
「お、おい! お前の相手はこっちにいるぜ!」
声をひっくり返しながらも、もう一人の黒服が『防御領域』を展開させる。現れたのは縦に長く、下部には太いノズルとブースターのようなものがそろっていた。
それを見てアカジャクはにたりと笑う。
「こいつは変わり種だ。まさかその『防御領域』、飛行可能じゃないんだろうな? 短時間とはいえ、空を飛ばれて翻弄されれば、いくら俺とはいえ隙が生まれるかもな」
今度も言葉が返せない。図星であった。
残った最後の一人も左手の薬指の指輪を光らせるが、
「お前は屋敷に行って援軍を連れてこい! 俺とこいつで何とか保たせる!」
「し、しかし!」
「俺たち『カタワラ』単独だけじゃパワー不足になる! 『ウタカタ』の直接バックアップが必要になる! それぞれの『ウタカタ』も連れてくるんだ!」
円盤の黒服に叫ばれ、黒服は下唇をかみしめ、
「死ぬんじゃないぞ!」
短く言い残し、全力で庭園を走り出した。
円盤の黒服と、縦長の黒服はアカジャクの様子に一瞬たりとも気を許さず、動向をうかがっていたが、走りさる黒服には大して気を向けず、「さてと」と残る二人に首を180度回した。
「何とか保たせる、か。泣かせるね。人間の人情か。嫌いじゃあない」
「……ッ!」
円盤の盾が音もなく陥没した。
気がつけば、いつの間にかアカジャクは燃える前足を上に振り上げていた。
「嫌いじゃあないが、出来もしないことは口にしないことだ」
円盤に刻まれる陥没が、絶え間なく増えていく。
「あ……あ……」
震える声を上げていたのは、それを側で見ていた縦長の黒服だった。
アカジャクの動きが正確に見えていたわけではない。
だが、アカジャクが鞭のように前足を振るい、円盤の黒服の『防御領域』だけを陥没で埋めていく。
その度に、衝撃は黒服の腕から体に伝わり、肘が折れ、肩が外れ、腕が砕けた。それでもなお打たれ続けた円盤の黒服は、打撃によって反動で崩れかけた膝が浮き、既に意識のない頭がぐったりとうなだれ、激しく揺れていた。
バリン! と、円盤の「盾」の中央を打ち抜かれる音が周囲に響き渡った。
円盤の黒服は大量の吐血を口にためて、前のめりに倒れた。
その体はびくりびくりと痙攣を起こし、左腕はあらぬ方向へ曲がっている。
「さあて、次は機動力との戦い、になるのか」
赤に塗れた目が、縦長の黒服を捉える。
その双眸は、明らかに暴力と殺意に享楽を覚え、愉悦を覚え、舌なめずりせずにはいられない「飢えた獣」の眼光を放っていた。
続く
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