第6話 負けず嫌い。

 買った洋服を瑠音とマークの部屋に運び込み、梱包をといて、広げてみせると、聡美は嬉しそうに鏡の前に立ちながら洋服を身体に合わせた。両手に服を持ち、合わせては、外し、また合わせては、外す。そんなコーディネートを楽しんでいる姿はとてもチャーミングで、いかにも女の子らしい振る舞いに乃亜流は目を奪われた。

 真新しいコートに袖を通した聡美は、乃亜流の前でくるりとまわって見せると、向かい合うところで止まり目を合わせた。すっきりとした魅力的なラインの顎をひいて、上目遣いに、小首をかしげた。

「うん。とっても似合うよ」そう言わないと怒られるか、小悪魔の得意な魔法をかけられそうな気がした乃亜流は、とっておきの笑顔を添えて言った。しかしながら、それは無駄骨におわったようだ。聡美は乃亜流の言葉をお世辞だとしっかり見抜いていた。

「うそね。乃亜流って正直すぎるね。まぁそこがいいところな気もするけど」

 女子高生にしては、人生経験に長けたセリフを吐く。乃亜流はまだ半日しか一緒に過していないのに、聡美にはなにもかも見透かされてしまったかのように感じた。思い返せば、乃亜流が瑠音にほのかな想いを寄せているのを数分で見抜いたのだ。その時から警戒してもよかったはずだ。そうすれば、もっと上手にコート姿を褒められたかもしれない。いや、いずれにしても聡美には見透かされたろう。そもそも乃亜流は褒めるのが下手なのだ。理由は、乃亜流のその育ちにある。

 幼少の頃から、乃亜流のまわりには常に女子がいた。乃亜流には、両親からいいとこ取りした可愛らしい容姿と、持って生まれた独特のオーラというかフェロモンがあった。そのせいで、物心ついたころから、まわりに女子がたかり、なんやかんやと世話をやいてくれたのだ。そうした境遇は、乃亜流を甘やかし、女性に対する接し方をへたくそに育てた。モテ過ぎることからくる負の遺産といえる。

 乃亜流の発するフェロモンは、とにかく女性の母性本能を刺激するようにできており、乃亜流のダメな所を愛おしく感じさせるように働く。

 シャツのボタンの掛け違い。靴下の裏表。垂れた鼻水。開けっ放しの通園バッグ。そういっただらしない姿が愛おしく見え、世話をやかずにはいられなくなるのだ。

 小学校に上がると、乃亜流の隣になった女子は必ずといっていいほど、母性本能が開花し、それまでは自分のことで忙しかったのが、さらに、乃亜流の世話に手がかかるようになった。次の授業の準備や、連絡帳の記入、宿題の段取りや、鉛筆削り・・・乃亜流がダメ男フェロモンをまき散らすからだ。そのせいで、女性に対して奥手に育つというおまけがついてきた。乃亜流にしてみれば、フェロモンさえまき散らせば、ことが運ぶのだから、自分からはなにひとつ積極的な行動ができなくなっていたのだ。上手に褒められないのだ。バレバレのお世辞になってしまうのだ。

 聡美のファッションショーが終わりそうになったころ、マークが帰って来た。

「ハイ!ノエル!ワッツアップ!?」

 マークは、いつもニコニコ過している乃亜流が、難しい顔していることにすぐに気づいた。だから普段は「ハイ」だけで終わる挨拶に、ご機嫌を伺う言葉がついてきた。

「ハイ、マーク、アイムナッファイン」

「ユアナッ!?」

「ノーアイムナッー!」

「ワァイ?」

「コーズ、サトミ」

 それを聞いたマークは乃亜流の言わんとしていることを悟った。きっと昨夜、瑠音を通して質問攻めにあったのだろう。だから、今日の乃亜流の境遇を理解したのだ。マークは苦笑いを返しながら、瑠音を抱き寄せた。いや、正確には、瑠音が自らマークの右腕に腰を回したのだ。そして、お帰りのキスを交わした。いつみても、それはとても優雅な空気を演出する。

 マークも白人にしてはさほど背が高くない175センチくらいだろう。それでも瑠音との身長差は20センチほどある。これだけの差があると、なかなか様になるキスはできない。ところが、ふたりはまるでハリウッド映画のワンシーンのような、うっとりするようなキスを交わす。

これが、白人同士なら、絵になるな、と思ってしまうこともあるのだろうが、瑠音はアジア人。背も低い。それでもそんなハンデを感じさせない。素敵に、自然に、ごく当たり前の景色のようにキスをする。たとえ、そのロケーションが渋谷のハチ公前だとしても、瑠音とマークは、ごく自然に、そして優雅にキスを交わすだろう。こういった振る舞いができるところも、乃亜流が瑠音を尊敬してやまない理由のひとつである。

 乃亜流はふたりを観察しながら、自分もいつか人前で恥ずかしくない、格好のいいキスを交わせるような振る舞いを身につけたいと思った。

 そしてもうひとり、乃亜流のすぐそばでふたりのキスシーンに目を奪われている者がいた。なんに対しても、姉に対抗心を燃やしている。そして、姉の所作に見とれてしまいながらも、それを簡単には認めたくないとも感じているようだ。ここは、仕返しをしてもいいタイミングだと悟り、乃亜流は口を開いた。

「あれ?おっぱいの大きさが、ふたりの問題だって言ってたっけ?聡美?」

「乃亜流、うるさい!」負けず嫌いが答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る