第4話 甘くないチョコ。
「あたし、負けないから!お姉ちゃん!」
そういって、聡美は宣戦布告を果たした。ところがだ、瑠音はまったく相手にしなかった。
「はいはい。どうぞどうぞ!好きなだけ持ってって」釣れ過ぎて、処理に困った鰯のような扱いを受けた乃亜流の心は複雑だ。瑠音の言葉に凹みつつ、一方で聡美の積極性は心をときめかせた。
聡美が乃亜流の個人情報をあらかた聞き出したあと、ようやくこの日の目的に話題が移った。
「ボストンの冬を舐めてるからね。聡美は」瑠音は着ているものことを言っているのである。「あれほど寒いよって言ったのに・・・」
なるほど、聡美の格好は、いかにもバブル日本の象徴的なDCカジュアルブランドの洋服で固められている。自社ブランドを強調するように、アルファベットで書かれたロゴが、服のデザインに組み込まれ、それをステイタスと感じながら着るのだ。可愛らしく、洗練されていはいるが、ここはアメリカで、エキゾチックで可愛らしい聡美はそれでなくても目立つのに、その洋服のせいで、さらに目立つ。しかも、それらは、機能的に氷点下の状況には向いていない。
「じゃ~ニューベリーストリートからだね」乃亜流は言った。
ボストン中心部の街区。れんが造りの建物が並ぶ閑静な通りだが、近年、お洒落なお店が続々オープンし、ファッションに敏感な若者が集う通りになった。
ドーナツ屋を出て、マサチューセッツアヴェニューからニューベリーストリートに入る。古着屋、雑貨屋、最新ファストファッションと見て回る。
瑠音は、真剣に一着一着ハンガーを手にし、吟味をし、あーでもない。こーでもない。とぶつくさ文句を言いながら、妹に似合い、冬着としても機能するものを選んでいる。
聡美はというと、最終的には姉の好みによって選ばれるものだと諦めきっている様子で、もうなんでもいいから早く決めちゃってと漏らしながらついていく。
乃亜流は単なる荷物持ちだ。買ったものを、ただ持ってついていくだけ。両手にひとつづつ紙袋を持ったところで、聡美が寄ってきた。不自由になった両手を嬉しそうに眺めらがら、乃亜流の左手に自分の右手を絡めた。乃亜流は肘に聡美の胸の膨らみを感じた。聡美はわざとそうしているのだ。
「おっぱいがあたってるよ。肘に」乃亜流は面倒くさそうに言った。
聡美はにこやかに笑って言った。「お姉ちゃんよりおっきいよ」
「どうかな~。瑠音とかわんないような気がする」
「え?知ってるの?」
「瑠音はよく泊まりに来るからね」
「え?来るの?」
「マークとケンカしたら必ず」
「で、みたの?」
「いや、見たというか・・・オレのベッドで寝るからね」
「え?じゃぁ乃亜流は?」
「一緒に寝る。瑠音は寝る時腕を組んでくるから、だいたい胸の大きさはわかるよ。聡美とかわんないよ」
乃亜流はこの時はじめて聡美を呼び捨てにした。
「で・・・・するの?」
「しないよ」
「そんなことある?」
「うん。じごく」
「なんでしないの?」
「そりゃ、瑠音が疑いすら持ってないからじゃん」乃亜流は自分の口調に刺があるのを感じた。
「意味が分かんない」
「わかんなくていいよ」
「でもじごくなんでしょ?」
「いいこともある」
「なに?」
「瑠音はね。体温高いから、暖かいんだよね。ベッドの中が」
「じゃぁ、今夜、あたし、乃亜流んちに泊まる」
「聡美。その、じゃぁの使い方、おかしいよ」
聡美の対抗心は、そこから買い物が一段落つくまでずっと続いた。その間、乃亜流はひたすら聡美の個人情報を聞かされるはめに。なにが好きで、なにが嫌いで、元彼、元々彼、学校、友達、音楽、食べ物、洋服・・・
「大宮じゃ、美人姉妹で有名だったんだから。本当よ」そう言い切って、ようやく聡美の話の腰が折れた頃には、リトルイタリーまで歩いて来ていた。両手にいっぱいの買い物をして、やっと小さなカフェに腰を下ろした。
「瑠音は?いつもの?」
「お願い」
「ねぇ?いつものって?なに?」聡美が間髪いれずに疑問を発した。
瑠音と乃亜流の間にある空気が聡美には気に入らない。ふてくされた顔も可愛いが、笑っている方がいい。
「エスプレッソに小さく切ったライムピールを浮かべて飲むんだ」
「想像もつかないわ」
「目をつむるとね。甘くないチョコレートの味がするんだよ」
「そういわれても、さらに想像がつかないわ」
「ん〜〜〜そうだな〜〜〜簡単に言うと、大人の恋の味」
「乃亜流・・・童顔の乃亜流が言っても説得力0ね」
小悪魔はそう言って下を向いた。乃亜流はこの時、聡美が大人の恋の味を知ってるようだと感じた。そして、それは、元彼でも元々彼でもないはずだと感じた。
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