第3話 布告。

 「乃亜流・・・今の聡美の話、全部嘘だから」

「え・・・? うそ・・・?」

「ソフトボールなんて、体育の授業でしかやったことないはずよ。話を合わせただけよ。あなた気に入ってもらいたい一心でね」

 乃亜流は聡美の方を向いた。そこにいたのは、チャーミングな小悪魔だった。

「これから2週間、よろしくお願いします」

 長い冬になりそうな予感がした。

「じゃぁいくわよ」

 瑠音の声で我に返るまで、聡美を見つめていたことに気がついた。


 ボイルストン通りにあるダンキンドーナツに入り、熱いけれど、薄いコーヒーをすすりながら、ケンモアスクエアから抱いているたくさんの疑問を瑠音にぶつけた。

「妹が来るなんて、ひと言も聞いてなかったよ」

「言わなきゃだめ? 言ったら乃亜流がニューヨークまで迎えに行ってくれたの?」

 昨日、瑠音が急に、用事でニューヨークまで行くと言い出し、空港まで送ってくれと頼まれたのだ。乃亜流はルームメイトのスコットに頼みこんで、車を貸してもらった。ろくに暖房もしないポンコツだが、なんとかシャトルの時間に間に合うよう送り届けた。

「いや、それはない。顔しらないし」

「でしょう」

「それにしても、ニューヨークまで行く理由は話してくれてもよかったんじゃない?」

「言ったら、一緒ついてくなんて言い出しそうだったから・・・」

 瑠音はマークのことを気にかけているのだ。

「なら、今朝かけてきた呼び出しの電話で、話してくれてもよかったじゃん」

「なんで? 妹がきてるから、紹介するって? そしたら、お洒落でもしてきたの?」

「いや、心の準備が・・・」

「心の準備ってなによ。ジョシコーセーがそんなにめずらしい?」

「めずらしいよ。そりゃ」

「聡美ってかわいいでしょう?」

「ああ、可愛いね。瑠音にあんまり似てないけど」

「小悪魔よ」

「それはさっき学んだ。痛感したよ」

「ねぇ、本人の目の前でそんな話しないでくれる?」聡美が割り込んで来た。「ねぇ、のある。のあるって、なんさい?」もう呼び捨て、ため口だ。

「19」

「いっこ上? 出身は?」

「おおさか」

「のあるって、かわった名前だね?」

「ほんとうはにしたかったらしいよ」

「えっ?カエル?」

「ノエル!」

「外人かっ!」

「そこ突っ込む?」

「彼女いる?」

「いないよ」

「ホント!?」

「誓っていう。彼女はいない。でも、彼氏ならいる」

「え~~~~~~!!乃亜流!ゲイ!!!?」

「一緒に住んでる」

 乃亜流はゲイではないが、一緒に住んでいるルームメイトのスコットはゲイで、ことあるごとに乃亜流を口説きにかかるが、線を超えてはこない。気を引こうと、いろいろ世話をやきたがる。

 聡美が、首をかしげながら、乃亜流の目を覗き込むように顔を近づけた。心を見透かされるような気がした乃亜流は、目をつむった。その刹那、殺気を感じた。

 目を開けた。

 聡美が目を閉じて、乃亜流の唇に照準を合わせて迫って来ていた。

「うわぁ・・・」

 大きくのけぞった。

「ちっ、逃げられたか・・・」ジョシコーセーらしくないセリフを吐く。無邪気とは怖いもので、聡美はさらにパンドラの箱を開けた。「乃亜流がゲイってのは嘘だね」

「どうして?そう思う?」

「だって、乃亜流、お姉ちゃんのこと好きでしょう?」

 これまで、バレてはいるとわかっていても、お互い、意識しないようにつき合って来た。その苦労が水の泡。

 聡美の照準は、乃亜流の唇から方向転換し、微妙な友人関係に狙いを定めた。そして、ロックオンしたことを確信すると、発射ボタンを押した。「あたし、負けないから!お姉ちゃん!」

「はいはい」

 この宣戦布告を、瑠音はちっとも相手にしなかった。

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