9.その後

 そして更に、五ヶ月後――。


 体調が安定してきたトキオは、リワークに通所を開始した。

 リワークは基本的に日中通うため、トキオは土曜日に受診をするようになった。

 土曜日は雪凪が休みをもらっているため、トキオに会うことがなくなった。それでトキオのことも気にかけていたため、小山田に様子を聞いたり、カルテをチェックしていた。


「先生。トキオさん、リワークで順調みたいですね。良かったです」

「そうなんだよ。体調もいい感じでね。これもみんな雪凪さんのおかげだよ」

「いえいえ。私はそんな大層なことは」


 その日のすべての診察終了後、休憩室でトキオのことを話す雪凪と小山田。

 雪凪は「コーヒー、飲みます?」と小山田に声を掛け、手際よくコーヒーを淹れる。熱々のコーヒーを小山田に渡し、自分のカップには冷たい牛乳を半分、スティックシュガーを半分入れ、更に氷を放り込んだ。


「何を言ってるんだ。二人ともすごく雪凪さんに感謝しているよ。随分会っていないのに、今でも名前が出るほどだよ。でもトキオさんの長い人生を考えると、本当にいい関わり方をしてくれたよね」

「ん~。それは素直に嬉しいですね」


 雪凪はカップに両手を添える。


「長い人生を考えて支援をするのがワーカーの視点。でも私は今回、トキオさんの長い人生のうち、ほんのちょっとの瞬間しか関わっていないんです。だけど、そんな風に思ってもらっていたんですね」



 ――『ブラックコーヒーは苦手? だったらミルクや砂糖を入れてみる? 量はあなたのお好みでいいよ。あなたが飲めるように、調整してね』



「私は――、ミルクやお砂糖のような存在になれるかな」



「雪凪さん、ちょっとそこの居酒屋で一杯やってく?」

「小山田先生。私、今からコーヒー飲もうと思ってたんですけど」

「いいじゃん。それラップして冷蔵庫に入れといたら? そしたら超絶猫舌で有名な雪凪さんが、明日すぐにおいしいコーヒーが飲めるよ」

「うーん。それ、ちょっといいかも」

「でしょ! よしじゃあ、行きましょう。はいはい、準備して~」

「もう。じゃあちょっと待っててくださいね」


 雪凪は、もうそんなに熱くはなくなったコーヒーカップにラップをする。


 そして、小さな声でぽそっと呟いた。



 ――ワーカー、やっててよかった。



「ん? 雪凪さん、何か言った?」

「はい? いえ別に何も。あ、小さな妖精さんの声じゃないですか?」




 ――トキオ編 Fin.

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