第18話来るもの拒まず去る者追わず
「サカキ君、ご飯できたよー」
エプロン姿でマユミが部屋に呼びに来た。
「え! 作ってくれたの? 言ってくれたら俺も手伝ったのに。」
「いいのいいの。 私がただ単に好きでやらせてもらってるだけだから。 それに後でしっかりお返しして貰うし。
早く来てね、先行ってるから。」
そう行ってスタスタとリビングに向かうマユミ
「おい、ちょっと待て! 最後のなんだよ!」
俺もそのあとに続いて歩く。廊下に出ると香ばしい香りがする。
リビングに着くと、マユミはテーブルの前で両腕を広げる。
「ジャーン。 今夜はチキンのグリルソテーにしたよ。」
熱で未だに少し音を立てるカリカリの鶏皮、ジューシーで肉厚な胸肉、照明の光をキラキラと反射させる油、見た目だけでもその美味しさが伝わって来る。
ナイフで肉を切る。とても柔らかく、市販の鶏肉なのか疑うレベルだ。
フォークで肉を口まで運ぶ。その味は衝撃的だった。鶏肉本来の甘みが最大限まで引き出され、ガーリックと塩胡椒を使い味覚の相乗作用が口の中で行われる。
「おいしい! おいしいよ、コレ‼︎」
「そうだった? コノミちゃんに勝てるほどの自信なかったけど、喜んでもらえて嬉しいよ。」
一口がさらに大きな一口を呼ぶ。
ーー前にもマユミにこうやって作ってもらったこともあったなぁ。 あの時のハンバーグも凄く美味しかったっけか……。
「あっ、前のハンバーグのこと覚えててくれたんだ。」
「まあな。 あんなうまいもの忘れるわけねぇだろ?」
「ハイハイ。 お世辞はいいから」
俺の褒め方がいけなかったのか、軽く受け流されてマユミもご飯を食べ始める。
2人で言葉を交わすことなく食事を進める中、突如クスクスと笑い始めるハナカ
「ん? どうした?」
「サカキ君、ちょっと動かないでね。」
俺の隣まで来て、頬を舐めた。
「え⁉︎ な、なに? どうした? エロ本読んで興奮したか?」
「おべんとだよ。 ほっぺに着いてただけ。 親切心でやったのに残念だな〜」
おちょくるようにして、顔を近づける。
「だったら普通に取れよ! 指でつまんで!」
「それじゃあ面白みに欠けるじゃない」
「ごはん粒取るのに面白み求めてんじゃねえよ!」
ーーはあ。 この先後2日、俺の身はどうなるんだろう。
「ごちそうさま。」
2人で言って、食器を片付ける
「私、先にお風呂はいって来ちゃうね」
「オッケー」
マユミが上がるまで、自分のパソコンで特別脳内夢遊病について調べてみる。出て来た検索結果は二件。夢遊病治療の広告、研究員の名簿だけだった。名簿のサイトをクリックすると、一番上に 田辺マサヒコ の名前が載っていた。
ーー何も収入無し、か……。
「サカキ君、起きて。 お風呂上がったよ」
ゆさゆさと身体を揺さぶられ、目を開ける。どうやら俺はパソコンの前で寝てたらしい。
「ごめんごめん。 それじゃあ俺も入って来るから」
チャポンと湯に浸かる。湯船の温かさは冷えた俺の心に染みるようだった。
ーー本当に俺はここのままでいいのだろう
か。
最愛の友もいなくなったし。 向こうの方が楽しいような気もするし。
風呂から上がり、脱衣所で寝支度を整える。リビングに戻るとマユミがテレビを見ていた。
「マユミ〜。 俺もう寝るけどお前準備できてるか?」
「私も寝る〜」
俺の部屋に戻り、2人で狭いベットに入る。
まだ二次元の布団で3人並んで寝る方式の方がゆとりがあるように思える。
「なぁマユミ。 まだ1日目だし、決定ってわけじゃないんだけどさ。 俺、二次元で生活していきたいな」
「ふふっ。 そう言うと思ったよ。 サカキ君は。
今日一日中、悪いこと続きだったんでしょ? もしも明日、なにもいいことが起きなかったら。 それは神様からここはお前の居場所じゃないぞ! って教えてもらってる合図なのかも。 だからさ、もう1日だけ。 頑張って見ない?」
暗がりでハッキリとはしなかったが、ハナカの顔は笑ってた。
2日目。覚悟はしていたが、ヤマトは一切こちらに興味関心が無いようだった。
仕方がないけれど、勉強はまったくもってわからず仕舞いだ。明らかに体力も落ちていて得意教科の体育も思うように身体を動かせない。
負の連鎖ってこのことを言うんだなぁと落ち込み、更に自分に蓋をしてしまう。
「ワタル君! 今日はどうだったー?」
下校途中、ハナカが声をかける
「ダメだった。 全くもっていい方向に待っていける様なきざしが見えなかったよ……」
前かがみになり、うなだれる。
「それならやっぱり戻るっきゃないかぁ。」
「でも、俺はお前の意見も尊重したいよ。」
「うん、ありがとう。 でも私も出来ることなら向こうの生活に戻りたいかな」
「本当か⁉︎ お前も何かあったのか?」
「ちょっとね。 あっ、本当にちょっとしたことだから。 気にしなくていいよ。」
「イヤイヤ、お前のことを助けたいよ!」
マユミはかぶりを振る。
「大丈夫。 本当に大丈夫だから。」
「それなら。 今日、1日早いけど戻るか」
「そうね。 まずは私がお風呂沈むからそれをサカキ君が病院まて運んで。 その後にサカキ君がどっかから落ちて、お父さんが回収するって流れになるわね。」
お風呂にお湯を張り、覚悟を決める。
「ハナカ。 準備はいい?」
「OK! 準備万端‼︎」
マユミはス〜ハ〜と何度か呼吸を整え、
「それじゃあワタル君。 また後で。」
ザボン‼︎
携帯のストップウォッチで2分計り、マユミを引き上げる。
床に寝かせ、人工呼吸を繰り返して息を吹きかえらせる。そのままマユミをおんぶして病院へ連れて行く。
「マサヒコさん!」
「サカキ君。 今度はなんの」
そこまで言いかけてマサヒコさんは息を飲む
「マサヒコさん。 もう一度、僕たちはトランスします。」
「何だって⁉︎ いいか? トランスってのは死と隣り合わせなんだぞ? それでもいいのか?」
「それでもいいんです。 だから俺たちはここに来た。」
それを聞いたマサヒコさんはメガネを押し上げ、
「まったく、呆れた子達だ。 分かった。 今回は私が許そう」
白衣を脱ぎ、助手にマユミの看護を頼む。
俺たちは2人で近くの河川敷に行った。
「サカキ君。 君はあの原っぱめがけて跳ぶんだ」
「分かりました。 それではマサヒコさん。 今までありがとございました。 これからも看護、よろしくお願いします」
地面を思いっきり蹴り上げ、体の重心を上に持って行く。着地点がどんどん近づき、目の前になった時。
俺は目をつぶった。
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