第8話 実感

 佐藤サカキに戻ってる⁉︎

 順を追って頭の中で整理する。

 まずは二次元の世界で風呂に入ろうとして、すっ転んで湯船に頭から突っ込む。すると三次元にに戻って来た。

 ここから導き出されることは、頭から落ちるという条件が、次元を超えるキッカケになっているということである。

 と思考を巡らせていると病室の扉が勢いよく空いた。

 さっきの看護婦とボサボサ頭だが顔立ちのいい男が駆けて来るやいなや、


「君に聞きたいことがあるんだ。少し来てくれないか?」


 有無も言わさず腕を掴み早足で連れていかれ

 たのは病院の脳外科の医務室だった。


「ここに座ってくれたまえ、君はリラックスしてるといい。」


 そう言われて差し出されたのは、名刺だった。

〈特別脳内夢遊病研究員研究長 田辺マサヒコ〉

 マサヒコさんは言葉を連ねた。


「まずは、君が目覚めてくれてよかった。

 それで質問だ。急に聞かれて驚くとは思うが、眠っている間どんな夢を見たのかな?」


 質問されて、我に帰る。


「あ、はい。ざっと説明しますと…」


 二次元の世界に行ったこと、そこが自分の読んでいる漫画の世界だったこと、ルピと言う天使に出会ったこと、そのルピと三次元に戻る計画を練っていたこと。洗いざらい全てを話した。


「そうかそうか。そりゃあ不安だったろう。ところで、その名刺に書かれているとうり、僕は研究員だ。田辺マサヒコ。なんとでも呼んでくれ。」


「それならマサヒコ先生と呼ばせていただきます。」


 マサヒコは少し黙り込んだ後、


「よかろう。」


 少し気に食わなそうに言った。


「僕からも質問をさせていただきます。まずは、特別脳内夢遊病研究員とはどのようなものなんですか?」


 マサヒコはんんと唸ってから、


「その話をする前に、特別脳内夢遊病と、私がその研究員になったことを教えた方が話が早いだろう。」


「それなら、そうしてください。」


 話がわかるのであれば、多少の遠回りくらいと思ったの決断だ。


「まずは、〈特別脳内夢遊病〉に付いて話そう。特別脳内夢遊病のことを、我々研究員は〈トランス睡眠〉、もっと的確に言うと〈SBS〉と呼んでいる。私は個人的にトランス睡眠の方が好きなので、ここからはトランスと呼ばせてもらう。このトランスに陥ると普通の睡眠とは違い、何かをキッカケにノンレム睡眠よりもずっと深い眠りに着いてしまうのだ。それに対抗すべく立ち上がったのが我々、特別脳内夢遊病研究員である。

 そしてなぜ、私がこの研究員になったかと言うと……。」


 そこまで言って、急に黙り込むマサヒコ。


「どうかされたんですか?」


「あぁ、ごめん。話を続けるね。私がこの研究員になった理由は、5年前に娘のトランスに陥ったためである。そこでずっと寝てるよ。ほら、」


 そう言って指さされた方向には、頑丈そうな透明のカプセルに入った、一人の美人だった。マサヒコは、振り返ることなく話し続けた。

「こんなことがあったから、僕は研究をし、研究長になったのだ。だいたいわかったかな?」


「は、はいぃ……。」

 僕が中途半端な返答をしたことに気づき、さらに質問をしてきた。

「君、明晰夢を知っているかい?あの夢の中で自分のことを思いどうりに動かせる。」


「それなら知ってます。」


「それじゃあMMORPGはやるかい?」


「それもたまにやりますね。」


「それを一緒にしたようなものさ。トランスに陥ると、脳の中で思いどうりに動かせ、それと同時に、いろんな人と会えるのだ。

 これで理解してもらえたかな?」


「はい。とてもわかりやすかったです。」


 そう言うと、マサヒコはニコッと笑ってみせた。


「しかしマサヒコ先生、三次元に戻ってかれたことはいいんですけど、ルピが向こうで一人で待っているんです。もう一回戻れる方法ってありますかね?」


「話によると君のとらんすに陥るキッカケは頭から落っこちることらしい。それを試してみるといいよ。なるべくおんなじ場所でね。」


「わかりました。ありがとうございます。いまから駅に向かわせていただきます。」


 病院から出るとき、俺は見すごさなかった。カレンダーの日付がトランスに陥ってから2ヶ月が経過していると言うことを。



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