結果はあとから?

 一ヶ月が経った。

 勝谷は携帯電話を開き、自身の作品ページに飛ぶ。

 閲覧数は百を超えた辺り、しおりの数はちょうど十だ。

「おい、これはどうなんだ」

 勝谷はベッドに転がる少女に声をかける。少女はこの一ヶ月一度もこの部屋を出ようとはせず、ずっと閉じこもっている。果たして自分以外の人間に少女の姿が見えるのか。勝谷は時々気になるが、少女が部屋の汚さに文句を言いつつも外には出たくないと言うので少女の好きなようにさせている。

 少女は飯を食べることはなく、水すら飲まないので余計な出費がかさむことはないので助かってはいる。ただし勝谷が何か話をしようとしても、携帯小説の話以外には全く返答せず、人――ではないが――が一人増えたというのに大して賑やかになることはなかった。

 少女は勝谷が携帯電話を見ながら言葉を発したのを見てか、あるいは勝谷のことなど何もかもお見通しなのか、その言葉が携帯小説の閲覧数及びしおりの数についてということを察し、気怠そうに普段開かない口を開いた。

「まあ、妥当なんじゃない? ファンが一人もいない、以前に公開した作品の閲覧数が千を超えていないような奴の書いた作品にしては健闘してる方だと思うけど」

「だけどよ、上位の作品と比べたら――」

 あまりに差があり過ぎる。

「たった一ヶ月で贅沢言うな。毎日地道に更新を続ければ、その内結果はついてくるんじゃない?」

 その言葉には気力というか意志というか、そういったものが全く欠落していた。勝谷はそれに違和感を感じつつも、確かに少女の言う通りだということで何も反論はしなかった。


 その後も更新を続け、さらに一ヶ月が経った頃、勝谷は堪えきれずに少女に詰め寄った。

「おい、どういうことだよこれは」

 閲覧数は150、しおりは12。地味には増えているのだが、これでは到底上位には入れない。

「ま、あんたの話がつまらないってことでしょ。一次で落ちてるんだから、当然っちゃ当然ね」

「だけどよ――」

 少女は呆れかえったように嘆息する。

「あんた、まだ気付かないの?」

「な、何がだよ」

「上位の作品をざっと見ただけでも気付くはず――というか、以前に一度あたしは答えを教えてやってるのに」

 勝谷は少女との会話を想起していく。かなりの時間をかけたが、少女の言わんとすることはわからない。

「小説の体裁を守り、行間を空けた『本格派』の携帯小説。それで人気が出るのはごくごくわずか。人気が出たとしても絶対にトップには立てない。ファンの中で絶賛されるだけ。あんたの場合は体裁を守っているだけで、中身は面白くないときている。これじゃ、小さな人気も出ないわ」

「じゃあ、何であの作品をアップしろと言ったんだ」

「あんたに現実を教えるためよ。今のままじゃ、絶対――ま、携帯小説に絶対はないけど――人気は出ない。小説という檻に入って書いてる内はね」

 そもそも――少女は全てを見透かすような目で勝谷を捉える。

「あんたがすがりついてる文章作法だって、『絶対』はないのよ。一般書籍にだって三点リーダーを一個だけで使用している作品もあるし、会話文の最後に句点を付けている作品もある。ま、これは余談くらいに思っとけばいいわ」

 知らなかった。

「てっぺんを取りたいのなら、あんたの言うクソみたいな文章を書きなさい。これは上位作品を読んで研究すれば早いわ。こういう文章はある意味で洗練された文章とも呼べる。実際、ちゃんとした文章を書けるのに、あえて携帯小説向きに文章を変えてる作者もいるしね」

 さて――少女はそれまで座っていたベッドから立ち上がり、床に胡座をかいている勝谷を見下ろす。

「こういう文章は大体一文で改行する。当然行間には空行も入れてね。さらには一文が長ければ文章の途中でも改行する。読点を打つところがベストね。改行する場合は句読点がなくても問題なし。ただ、あまりに空白を入れると嫌がられるわね。目安は一ページ二百文字くらい」

 となると一ページ当たりの文字数は以前までの半分になる。

 それはつまり、完結するまでのページ数が倍になるということではないか。勝谷がそのことを言うと、少女はにやりと笑った。

「そ。でも描写は殆どいらなくなるから、文章量は減るわね。それでもページ数が増える、連載期間が長くなるっていうのはメリットになるわ」

 更新されていなければ、読者の目にはつかない。

「例えば、驚くほどよく出来た30ページくらいの作品があるとしましょう。その作品は非公開のまま完結まで一気に書かれ、作者は全くの無名。この場合、仮令どんなに出来がよくっても、人気は出ない。サイト内で短編を募集する賞が行われるなら書籍化のチャンスはあるだろうけど、『人気が出て書籍化』にはならない。そもそも短編じゃ書籍にはしにくいし、連載期間もないから人目につかない。さらに言うなら、ライトノベル一冊分の文章量の作品でも、『人気が出て書籍化』はまずありえない」

「何ィ」

 勝谷が驚きの声を上げる。

「最近、賞に入った作品以外で書籍化された――つまり『人気が出て書籍化』された作品を見てみなさい。どれも馬鹿みたいに長い作品ばかりよ」

 確認してみると、確かに千ページを超えている作品が目に入る。

「長ければ長いだけ閲覧数が増える。人気が持続しなければ書籍化はされない」

「でもそれっておかしくないか? 短い作品でも、人気が一時的でも、クオリティが高いなら書籍化するべきだ」

「あんたの言い分は真っ当ね。でも愚かしい。まず携帯小説というフィールドでは、何がクオリティが高いのかということがわかりづらい。携帯小説出身というレッテルをつけられると、もう何が売れるのかわからない。運営側はそりゃ売れる作品を書籍化したいんだから、長く人気がある作品を書籍化する。賞を開催するのは、それ以外の作品を探すためでしょうね。でも当然入賞するにはある程度の人気がなけりゃ無理だけど」

 話を元に戻しましょう、と少女は再びベッドに腰かける。

「上位で好まれる文章っていうのはおおざっぱにはわかるけど、一概に定義するのは難しい。でも、嫌われやすい文章はある程度定められる。

 まず第一に、所謂台本書きは嫌われる傾向にある。台詞の前に名前が書いてあるやつね。一般書籍との違いが一番わかりやすいからか、大抵の読者はこれを非難する。だけど、一部にはこの方が読みやすいと言う読者もいるのも確か。でも嫌う方が圧倒的に多いから、しない方が賢明ね。

 次に擬音の多用。ドッカーン! ってやつ。多少はOKだけど、あまりに多いと見るからに馬鹿っぽいから批判の対象になりやすい。しかし、この擬音を文章中に自然に入れることが出来る文章こそが、上位で好まれる文章なのよ。文が途中でぶつ切りになったり、三点リーダーで切ったりして、そこに擬音や台詞を入れる。主人公が心の中で思ったことを思いっきり話し言葉で地の文にしたりするとやりやすい。

 それから過度な記号の多用。感嘆符を十個とか繋げると、いかにも馬鹿っぽい。漫画なら表現方法として有効だけど、携帯小説でやるのは考えもの。感嘆符は最大でも三個程度にしておきなさい。逆に言えば、今まで一つだった感嘆符を場合によっては複数にすることも考えた方がいいわ」

「なるほど、確かにそれは読みにくいだろうな」

 少女がにやりと笑う。

「けどあんた、上位によくある書き方も読みにくいと思うんじゃない?」

 確かにその通りである。勝谷が書籍化されたという結城の作品を途中で断念したのも、文章が細切れで改行を多用し、文字よりも空白が目立つ作品だったからだ。

 そして自分がこれから書く作品が、そのような自分が嫌悪する作品なのだということが勝谷の意気を消沈させた。

「不思議よね。例えば今上位にいるような奴が今言ったような作品を読むと、恐らくあんたと同じことを思う。あんたからすれば目糞と鼻糞なのに、目糞が鼻糞を蔑むの。そして、あんたも差し詰め耳糞ってとこね」

「俺が耳糞だあ? ふざけんなよ。俺はあんなゴミとは違う!」

「ああ愚かしい。同じフィールドで文章を書いているっていうのに。自分がゴミの中の宝石だとでも思った? ゴミは一塊になれば、全てゴミよ」

 自分の書いているものが他の作品とは違うという意識は、今まで勝谷を支えてきた。しかし少女はあまりにあっさりとそれを否定する。勝谷も所詮ゴミだと言う。

 暗く沈んだ顔をする勝谷を見て、少女は嘲るように優しく笑った。

「結局、読みやすさなんて人それぞれなのよ。台詞の前に名前が書いてあった方が読みやすい人もいるし、擬音をふんだんに使っている方が読みやすい人もいる。無駄な改行を一切しない方が読みやすい人も、行間が大きく空いている方が読みやすい人もいる。一ページに限界まで文字を詰め込んだのと、スクロールすることなく文全部が読めるくらい少ない字数、どちらもそれぞれ読みやすいと思う人がいる」

 でもね――うなだれたままの勝谷を見下し、少女は一息吐いてから話を続ける。

「上位で好まれる文章っていうのは確かにある。それは比較的多くの人に読みやすいと思われるからでしょうね」

「――それを、書くのか」

「そうよ。上位に行きたいなら文体を変える。それで上に行けるとは限らないけど、それが一番確実ね」

「内容はどうすればいい。お前は俺の話はつまらないって言うんだろ。それで上に行けるのか」

「そうね。内容というよりは、設定勝負に近いとこがあるわ。いかにインパクトのある設定を提示するか。ただ、ありきたりな設定でも上位に行けてしまうこともあるし、どんなに強烈なアイデアでも受け入れられなければ駄目ね。結局、つまらないものでも派手なら上位に行ける可能性がある」

「つまらないものが上に?」

「そうよ。実際あんたも上位作品を読んでつまらないと思うでしょ。ね、こう考えたことはない?」

 少女は妖しく笑い、

「全ての読者は馬鹿である」

 と言い放つ。

「ぼ、暴論だ」

 勝谷はたじろぎ、自らの耳を疑った。

「人間は生まれながらに馬鹿である。その馬鹿は世に出た良質な本を読み、それらの本を基準に考えるようになる。ところが『無料』となると何も考えずに読み、まともな審美眼は働かなくなる。本来の馬鹿さが丸出しになり、とりあえずランキング上位の作品を読み賞賛する」

「やめろ!」

「作者だって本当はそう思ってるのよ。一日一ページ更新を毎日続ける作者が、本当に毎日一ページずつ書いてると思う? 一度に何ページか書いて、ストックがあるにも関わらず一度に更新する量は決まっている。そりゃそうよね。最初から完結した作品じゃランキングにも入らない。読者は馬鹿だから、毎日更新していれば更新が早いと騙すことが出来る。そこにはただ、閲覧数を増やしたい、ランキングに留まりたいという思惑しかないのよ」

「そんな考え、許されるはずがない……! 読者は大切な存在だ! 俺は――俺は読者が少ないけど、更新した時に読んでくれる人がいるだけで、本当に嬉しくなるんだ。そんな読者を馬鹿にした考えは、俺が許さねえ!」

 やれやれといった感じで少女が首を振る。

「あんたもまた、最後まで書き上げているにも関わらず一日一ページしか更新しなかったのよ? ほら、あんたも読者を馬鹿にしてるじゃない」

「それは――」

「じゃあ今から残ったページを全部アップしてみなさい。大して閲覧数は増えないわよ。上を目指したいのなら、今まで通りにやるしかない。どうしても厭だというなら、それが読者を馬鹿にしていないのだと自分に信じ込ませなさい」

 今更何を言うのだ――勝谷は頭を抱えながら苦悶の声を上げた。そんな考えを聞かされてしまっては、もうどうやっても自分の今までの行為が読者への裏切りだとしか思えなくなってくる。

 言い訳は考えた。

 一度に大量の更新は疲れる――これでは自分の不甲斐なさを露呈させているだけだ。

 読者を長く楽しませたい――最初から完結させておけば、好きな時に好きなだけ読み進められる。本当に読者を楽しませたいのなら、読者を縛らずに自由に読んでもらえばいい。

「もう――駄目だ」

 こんな考えを起こした以上、勝谷はもう今までのような更新の仕方は出来ない。

「ランキングも、閲覧数も、こんなやり方で上を目指せなんて無理だ。どうせ、俺は元々大して閲覧数が増えねえんだ。今更上位の奴らを非難するつもりもないし、上位に行きたいとも思わない」

「ふふっ――」

 あはははははははは。

 愉快げに、嘲るように、そして何処か悲しげに、少女は笑う。

「そう。じゃあこれだけは言っておかなきゃならないわ」

 まだ笑いが収まらないのか、何度も息を漏らしながら少女は勝谷を見据えた。

「あたしが今まで言ってきたこと、全然信憑性ないから信じちゃ駄目よ。所詮あたしはあんたの妄執が生み出した虚構の存在。あたしの言葉は何の根拠もない悪魔の詭弁。そりゃそうよね。説得力が皆無だもの。だって――」

 少女はにっこりと笑い、

「この作品、人気ないじゃない」

 と締めくくった。

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