次は基本のき
「さてまずは、あんたの小説を携帯で見てみなさい」
そう言われて勝谷は自身の携帯電話を取り出し、モバリスタの自分の小説を開いた。
「ど、読みにくいんじゃない?」
勝谷の小説には、他の作品に見られる行間の空白というものがなかった。
「そうかあ?」
勝谷に言わせてみれば、携帯電話の画面でも文頭に一マス空白があれば行間が詰まっていても読むのには支障はない。
「少なくとも、読者の多くは読みにくいって思ってるわよ。携帯小説を読む人間は、行間が開いている文章を見慣れてるからね」
「でも小説に段落と段落の間の空白はないだろ。あってもここぞって時くらいだし」
「愚かしい――」
少女は大きく嘆息し、腰に手を当て勝谷を見下ろした。
「携帯小説は小説に非ず! そんな基本的なこともわからないの? 上位の作品を読んでみなさい。世間一般、本として出てる小説と呼べるようなものなんて、まるでないじゃない」
「確かにそうだが――」
「携帯小説というフィールドではあれでいいのよ。読みやすければいい。行間が開いていようが描写が皆無だろうが台詞の前に名前が書いてあろうが、読む人が読みやすければそれでいい。プロの書いた書籍と同じフィールドに引っ張り出せばそりゃあゴミクズだろうけどね」
勝谷はいまいち納得出来なかった。自分は「携帯」で「小説」を書いている。小説ならば体裁を守るべきだ。勝谷がそう言うと少女は肩を落とした。
「だから携帯小説は小説じゃないって言ってんでしょ。求められてるものが違うの。ちゃんとした小説を書いて上位にいこうなんて、夢のまた夢よ。それに、まともな小説を書いている人でも行間開けはやってるわ。パソコンで書く時は別にいいけど、サイトにアップする時には行間を開ける作業をしなさい。それをしないのはよっぽどの面倒くさがり屋か変人よ」
「わかったよ。じゃあ今からこれを編集して」
待った、と少女が手を出してそれを制す。
「そんな完結済みのゴミ小説じゃ、今更上位は狙えないわ」
「ゴミってお前――」
少女は閉口する勝谷を無視して話を進める。
「完結した後に人気が出るってことは、まずありえない。人気があるのは大体連載中の作品ってランキング見ればわかるでしょ。確かこのパソコンの中には、まだモバリスタで公開してない作品もあったわね?」
「あ、ああ」
「その中で、シリーズとして続けられそうなのは?」
「シリーズ? 何で?」
少女は呆れ返って溜め息を吐く。
「何処までも愚かしい奴。もし――いい? これはあくまでもしもよ――人気が出ても、ライトノベル一冊分のページ数じゃ人気は持続しない。読者はすぐに離れてくわ。人気を持続させるには、続編が必要なの」
それに長い方が有利なことも多い――矢継ぎ早に少女は続ける。
「連載してる期間、つまり更新を続けている期間が長ければ、それだけ人の目にも止まりやすくなるわ。カテゴリ別で更新された作品が表示されるページがあるでしょ。つまり、まずあんたはその落選した作品をアップする。それで人気が出なけりゃ続編を書いて同じ作品内で続けていく。わかった?」
「いや、でも、これを全部一気にアップするのはなかなか面倒だぞ。パソコン上で百ページあるし。それに一ページはどれくらいにすればいいんだ?」
「愚かしい。だから連載期間を長くした方が有利だっつってんでしょうが。一気にアップする馬鹿がどこにいんのよ。一ページは大体四百文字が多数派。まあパソコン上――公募の規定での一ページが文庫本の見開きと同じだから、文庫本一ページくらいにしなさい。まずは三十ページくらいを一日でアップして、それからは毎日一ページずつ絶対に休まずに更新し続ける」
「毎日更新って、なかなか大変だぞ……」
「あんた、その程度の覚悟で上位にいこうなんて考えてたの? 努力もしないで上位にいこうなんて、おこがましいにも程がある!」
「努力だあ? ふざけんなよ……。上位の奴らなんて、適当に書きたいようにクソみたいな文を書いて、何故か人気が出てポンポンと上位にいっただけだろうが!」
結城を思い出し、勝谷の中に憎しみと怒りが沸々と湧いてくる。
「愚かしい!」
一喝。
少女の鋭い声によって、勝谷はすっかり縮こまってしまった。気の弱い男なのである。
「あんた、まさか上位の作品が何もしないでその地位を手に入れたとでも思ってんの? 言いたいことは色々あるけど、今日はこれだけ言っておくわ。更新。これは何よりも不可欠な努力よ。携帯小説なんてタダなんだから、更新が滞れば飽きっぽい読者はすぐに離れてく。毎日毎日、地道に更新してるから、上位の作品は今も上位にいるの。上位の奴らは、少なくとも更新という努力はしてる。それすらままならないあんたは、やっぱりゴミよ」
ぐったりと疲れたような肩の重さだった。勝谷は少女の剣幕に負け、小さくぶつぶつと何かを言ったが、それが少女に届くことはなかった。
「ま、でも最悪なのは毎日更新しないことを自分が人気出ないことの言い訳に使う奴だけどね。あんたはそんな人間になっちゃ駄目よ」
ならねえよと小さく返すと、少女は小馬鹿にしたように笑う。
「後重要なのは概要と作品説明。これは作品の表紙になるから、いかに読者の興味を引けるかが問題になってくるわ」
確かに作品のページに飛ぶ前に見えるのは概要で、そこから表紙のページに飛んだ後に見えるのは作品説明だ。表紙を見てももう一段階作品を読むというところをクリックしなければ閲覧数は増えないから、この二つはかなり重要なものになるだろう。
「だけど、上位の作品を見ても読まれやすい法則は見えねえぞ」
そう――少女は腕を組んで唸る。
「どんな表紙のが読まれるか。それは誰にもわからない。一般に短すぎる表紙は読まれないと言われているけど、内容がニーズに合えば、それでも伸びることがある。そうだ、あんた特集は毎週チェックしてる?」
特集とは、一週間に一度事務局がテーマを決め、それに合った作品を紹介するコーナーである。特集へのリンクは小説コーナーのトップページに表示されるので、多くの閲覧者が見込める。
「まあ一応な。それがどうしたんだ?」
「表紙を書く時には、特集に選ばれない表紙にするな。これは結構重要よ」
「特集に選ばれない表紙ぃ? そんなんがあるのか?」
「あんたの心中を表したような表紙よ。他の作品を馬鹿にするような表紙だと、まず特集には選ばれない。例えば上位作品によくあるような要素を箇条書きにして、『自分の作品にはこんな要素はありません』と自信満々に書いてるようなやつ。これは上位作品を下等なものと見ている読者の目を引くという効果はあるけど、特集には選ばれない。後はネタに走りすぎるのも駄目ね。検索ワードのスペースを作って、そこに漫画やネット上の定型句を並べたようなやつ」
なるほど今まで気にしたことはなかったが、確かに少女の言ったような作品は特集に選ばれていない。
「特集に選ばれてから、一気に人気が出ることもある。って言っても、最近の特集には昔のような力がないから、酷い時だと閲覧数が千も伸びないことだってあるわ」
昔はよかったんだけどねぇ――少女は年寄り臭いことを溜め息を吐きながら言う。
「昔は事務局注目作品って言って、毎日小説コーナーのトップページに事務局が選んだ作品が掲載されることがあって、それに選ばれると爆発的に閲覧数が伸びたのよ。それだけでランキング上位に食い込むことも可能だった。ま、それも0時更新から10時更新に変わるとかなり力を失ったんだけど。今人気があるクリエイターの中には、こっから人気に火が付いたのも多いのよね」
「んなことウダウダ言ってもしょうがねえだろ」
勝谷が言い放つと、少女は驚いて口笛を吹いた。
「へえ、あんたからそんな前向きな言葉が聞けるとは思わなかったわ。まあ確かに特集に載るかなんて運次第だし、過去を懐かしんでもしょうがないわね」
ならば早速新規に作品を作成し、まずは三十ページ公開だと勝谷が意気込むと、少女が待ったとそれを制した。
「作品を更新する時間っていうのも、結構重要よ。このサイトの主な読者層はどの世代かわかる?」
勝谷が考えていると、十秒もしない内に少女が「遅い!」と痺れを切らした。
「大体がケータイを持ったばかりから始まり、ケータイを存分に使いこなしている中高生――それもろくに本も読まない――よ。さて、こいつらは平日の陽のある内は授業がある。つまりその間に更新しても、目に付きにくいことになるわ。更新するなら、帰宅してくつろぎ始める夕方――午後6時辺りか、暇を持て余す夜中――午前0時辺りが狙い目ね。特に午前0時はあらゆる職種の人間が集まりやすい。寝てる人間もいるにはいるでしょうけど、携帯小説を読むような人間は起きてる奴の方が多いわ」
でもま――少女は床に置かれた目覚まし時計に一瞥をくれる。
「今6時を過ぎたところだし、更新してもいいでしょ。さ、わかったらさっさとやる!」
勝谷は立ち上がってパソコンを起動し、更新作業に取りかかった。
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