琥珀城

 クーロンの町から湖水地方までは、徒歩で十日ほど掛かる。でも馬車なら三日だ。僕たちは乗合馬車で行くことにした。目的地は湖水地方に近い町、メタドキアだ。そこからは徒歩で湖を探す。きっと目指す湖はすぐに見つかるだろう。

 湖水地方にはメタドキアの他に幾つかの村が点在している。そのほとんどが温泉場だ。それも楽しみだ。

 乗合馬車の旅は悪くなかった。進むにつれ辺りの景色は緑が濃くなり、時々シカやイノシシも顔を出す。他の客と乗り合わせることもあったが、殆どは馬車のキャビンに客は僕たち三人だけだった。

 クーロンを発って三日目の夕方、馬車はメタドキアの町の中心に停車した。

 馬車停はにぎわっていた。メタドキアもまた湯治場として人気がある。ちょうど各地からの乗合馬車が着く時間だ。温泉客と宿の客引き、さらには他の湯治村から来た送迎馬車でごったがえしている。

 僕はミリーの顔を見る。

「どこでもいいんだけどね」ミリーが言った。

 今夜の宿のことだろう。初めての町だ。行きつけの宿がある訳じゃない。

「お客さん、もう宿はお決まりですか?」

 宿の半纏≪はんてん≫を羽織った爺さんだ。

「まだだけど」

 ミリーが答える。

「うちは源泉かけ流し、評判の美人の湯です。泉質には自信があるんです。お肌すべすべになります、いかがですか?」

 爺さんの言葉に、ミリーは僕たちを振り返る。僕に異存はない。リリアンもミリーに従う。

「いいわ。案内して」

 爺さんは僕たちを馬車に乗せた。

 馬車は馬車停広場を後にし、石畳の道を進む。町を抜け、森の中を少し走ったところで、馬車が止まった。

「なかなか良さそうな宿じゃない」

 ミリーが馬車を下りながら言う。どこからか水の音が聞こえてくる。川が近いんだろう。硫黄の匂いもする。

「まずは温泉、情報収集はそれから!」

 ミリーが宣言する。

「賛成!」リリアンが手を上げる。

 湯気でかすむ男湯は、湯治客や観光客と思しき人たちでにぎわっていた。さすがに地元の人は来ないだろうから、ここでの情報収集はあきらめる。

 ゆっくり温まって出たけれど、女二人はまだ出ていないようだ。食事まで、もう少し時間がある。僕は一人でロビーをうろつくことにする。

 壁に貼られたこの辺りの地図を見ると、大小たくさんの湖がある。地図には名所旧跡が分かりやすく載っている。

 ちょうど地図の中央辺りに大きな湖があり、その周囲が赤い点線で囲まれていた。『立ち入り禁止』と書いてある。なんて分かりやすいんだ! 僕は通りかかった宿の仲居を呼び止める。

「すみません、この湖は?」

「はい、それがあの『大魔女ルイーザ』の居城のある琥珀湖です。お客さん、近付いちゃだめですよ?」

 あの盗賊の話では、誰も口にしたがらない、名も無き湖じゃなかったっけ。結構有名みたいだ。

「立ち入り禁止区域の外からも城は見えますか?」

 僕の問いに、仲居が笑う。

「見えませんよ。行けば分かりますけど。あっ、行っちゃだめですよ、危ないですから」

 仲居が立ち去った後も、僕はしばらく地図の前から離れない。大きな城ならその尖塔が遠くからでも見えるだろうから、ルイーザの城は案外小さいのかもしれない。

 女たちが来た。

「おまたせ」ミリーが後ろから抱き着く。ほかほかしている。

「これ、見ろよ」僕は二人に地図を指し示す。「琥珀湖。それがルイーザの城のある湖だって」

「名前、あるんだ」

「観光地、みたいですね」

 その通りだ。立ち入り禁止ではあるけれど、史跡のマークがある。

 僕は宿の帳場へ行く。案内係に聞いてみるのが早そうだ。

「すみません」係に声をかける。「琥珀湖へ行くにはどうしたらいいでしょう?」

 案内係が後ろの棚から案内書を取る。

「琥珀湖の簡単な案内です。どうぞお持ち下さい。琥珀湖までは循環馬車がありますから、それを利用されるのがいいですよ」

 行っちゃだめです、が聞いてあきれる。馬車はメタドキアの町を出発し、おもだった宿を回ってから、湖へ向かう。明日の朝、それに乗れば琥珀湖に行ける。

「観光地なんですね」

 僕が訪ねると、案内係が苦笑いする。

「近付くと、死んじゃうんですけどね。毎年、かなりの人が死んでいます。もっとも、死ぬのはほとんど盗賊連中ですけど」

 僕はお礼を言って帳場を離れる。そろそろ夕食の時間だ。案内書の吟味は食後にしよう。

 食堂で山の幸料理を食べながら、僕は考える。そんな観光地でリリアンが氷を溶かしたら、どうなるだろう。

「困ったわねえ」ミリーも考えあぐねているようだ。「リリアンが氷を溶かしたとたんに、お宝目当てに人が殺到しそうよねえ」

 そういうことなのか?

 リリアンが涼しい顔で答える。

「問題ありません。みんなカエルに変えてしまいます」

 二人とも、リリアンが魔女だと知れることは気にしていないようだ。リリアンも、以前のように手当たり次第に若い男の精気を吸うこともなくなった。それに、魔力も増した。魔女と知れても簡単に退治されることはないかも知れない。

 食事を終え、僕たちは部屋に戻る。すぐに琥珀湖の案内書を広げた。

 そこには大魔女ルイーザの物語や、湖周辺の名所旧跡の案内などが書かれていた。

「行ってみるしかないな」

 思わずつぶやく。こんな案内書にお宝入手の手掛かりなどあるはずもない。

「魔女ルイーザについては、私たちの業界にもあまり情報はないんです」リリアンが言う。「千年も昔のことですから」

「魔法って、そんなに保つの?」ミリーが首をかしげる。

「ルイーザほどの魔女なら、魔力の半減期は五百年以上だと思います。千年だと、魔力は四分の一くらいまでは減衰していると思います」

 なんか難しそうな話だ。

「それならもう大丈夫なんじゃないの?」

「元の魔力が巨大だと、ぜんぜん大丈夫じゃないです。それに、魔力の中心点に近付けば魔力は収斂≪しゅうれん≫して増します」

 それでもリリアンはルイーザの魔力の解除に自信があるみたいだ。

「あら、湖畔にも建物があるのね」

 案内書を確認していたミリーが言った。それは巨大な門で、ルイーザに関係があるらしい。強力な魔力で封印されていて、誰も近付けない、と書いてある。楽しみだ。

 いよいよ明日はルイーザの城に行く。僕たちは、はやる心を抑えて眠りについた。


 翌朝、朝食を終えた頃、宿のおもてに馬車が来た。二十人ほども乗れそうな大きな馬車だ。馬車にはすでに数名の客が乗っている。僕たちも、ほかの客とともに馬車に乗った。

 馬車は途中、幾つかの宿と、幾つかの湖で止まる。その都度幾人かの観光客が乗り降りする。やがて、辺りの景色が一変する。森林が途切れ、草原に立ち枯れた木が白い幹をさらしている。

「凍結魔法の影響でしょうか」

 リリアンがつぶやく。と、以前に来たことがあるという客が説明してくれる。

「以前はこの辺りまで魔法が効いていたんだが、だんだん魔法の範囲が狭くなっていったらしいよ。今では湖の岸辺まで近寄れるんだ」

 ほどなく、馬車は湖の近くに止まった。琥珀湖だ。

 ほとんどの客がここで降りる。

 僕たちは岸辺へ行ってみる。立ち入り禁止の杭の前まで行く。かなり大きい湖だ。が、そこに城は無かった。

「今でもそびえているんじゃないのか?」

 僕は魔女シャイアの言葉を思い出していた。

 湖畔から少し離れたところに、大きな櫓≪やぐら≫が建っている。

「あれ、展望台みたいよ」

 リリアンがそちらに向かって歩き出す。僕たちも後に続く。

 櫓の階段を登ると、眼下に湖が見えた。

「あれは!」

 リリアンが声を上げた。

 湖の水は、透明に凍っていた。まるで何も無いかと思えるほどに透き通っている。その下に、城の尖塔があった。ここからはかなり遠いが、城は崩れているようには見えない。千年の昔から、その姿をとどめているみたいだ。城はまるで琥珀に閉じ込められた昆虫のように、湖の氷に閉じ込められていた。

「これじゃ氷を溶かしても、城には入れないな」

 湖の底に建っているんじゃ、僕たちにはたどり着けない。

 展望台に説明板があった。それによると、昔は湖の中心に島があり、城はそこに建っていたようだ。なぜ湖に沈んだのかは分からないが、ルイーザが魔法で城を沈めて、湖ごと凍らせた、と考えられている。

「私の魔法ではどうにもなりません」

 リリアンが首を振る。

「あそこへ行ってみよう」

 ぼくは湖の南岸を指さす。案内書に載っていた門が見えていた。

 近いかと思っていた門までは、かなりの距離があった。門が大きすぎて、距離感が狂ったみたいだ。門の周辺にも観光客の姿がある。それに、うさんくさい輩の姿も見える。お宝目当ての連中だろう。

 湖を見ると、鏡のような氷上に、所々不自然な塊がある。

「凍った人間ね」

 リリアンが言う。どれも岸に近い。あの辺りが、今の凍結魔法の作用限界なんだろう。

「わたし、ちょっと見てきます」

 リリアンは僕たちに告げると、湖岸の柵をくぐった。

「行ってらっしゃい」

 リリアンなら大丈夫だろう。ミリーと僕は湖岸に残る。

 と、周囲で様子をうかがっていた輩が湖岸に近付いてくる。

 リリアンは滑らないようにゆっくりと湖岸を離れていく。やがて凍り付いた盗賊連中の間を抜ける。なんともないようだ。さらに湖の中心へ向かって氷上を歩いて行く。

 僕たちの右手で様子をうかがっていた一人が、意を決した様子で氷の上に出た。リリアンに先を越されたくないんだ。リリアンが大丈夫なら、自分も大丈夫だと考えたんだろう。が、湖岸を離れていくらも行かないうちに、男は下半身から凍り始めた。叫び声を上げるまもなく、すぐに全身が凍り付く。それを見て、後に続こうとしていた連中が湖畔から後ずさる。

 リリアンが戻ってきた。

「やっぱり凍結魔法だけ解除してもだめみたいです」

「城を浮かせる方法は?」ミリーがたずねる。

「分かりません」

 いよいよあの巨大な門を調べるしかなさそうだ。

 門は湖に向いて建っている。門には石の扉があり、それはいま閉ざされている。

 僕たちは門に近付こうとしたが、出来なかった。見えない力に押し戻されてしまう。

「斥力魔法ですね。経験するのは初めてです」

 リリアンが感心したように言う。

「なんとか出来るか?」

「やってみます」

 リリアンが両手を門に向け、呪文を唱える。突然、見えない力が消え、僕たちは歩けるようになった。

「これでしばらくは大丈夫だと思います」

 リリアンがにっこり笑って両手を下ろした。

 石の扉には色々な文様が彫刻されている。中心には、見たことのない怪物の姿が描かれている。

「これは、ドラゴン?」

 リリアンにも分からないようだ。

 体はドラゴンに似て、鱗もあるようだ。でもその頭は魚に見える。四肢には水掻きがあり、いま右前足で人間を踏みつけ、左前足は何かを握っているように見える。

「たぶん、ベヒモスではないでしょうか」

「ベヒモス? 聞いたことないわ」

「水の中に棲む、ドラゴンみたいな怪物です。私も母に聞いただけで、見たことはありません」

 僕は扉を押してみた。びくともしない。

 背後がうるさくなってきた。盗賊連中にはまだ斥力魔法が効いているらしい。自分たちも近付けさせろと騒いでいるんだ。

 僕は扉を詳細に調べる。そして、石の彫刻にわずかな隙間を見つけた。ベヒモスに踏みつけられた人間の胸の辺り、もう一カ所はベヒモスの左前足が掴んでいる物の辺りだ。

「これはベヒモスが人間を捕まえて、その心臓をつかみ出しているところですね」

 リリアンが言った。左前足の物は踏みつけられた人間の心臓というわけだ。

「みんなで押してみる?」

 ミリーが扉を押しながら言った。

「それで開いても、どうにもならないだろ。開かないとは思うけど」

 僕たちの目的は、この扉を開けることじゃない。

「魔法で開いてみます?」

「それも答えじゃない、と思う」

 その時、僕は思い出した。

「リリアン、ルイーザの鍵!」

「はい?」

 リリアンが短剣を鞘ごと僕に手渡す。

「きっとこれが鍵なんだ!」

 何か忘れている気がする。短剣が鍵なのか、試す前に考えておくべきことがありそうだ。

 僕は少し下がって扉の彫刻を見る。魔女シャイアの城の入り口にあった、ドラゴンの彫刻を思い出す。

 扉の彫刻がベヒモスなのには理由があるはずだ。

 僕は背後で騒いでいる連中を見やる。僕たちがお宝を独り占めしやしないかと気が気ではないらしい。

 これは賭けだけど、試して損はない。ミリーとリリアンに手はずを説明する。

「なるほど」ミリーが同意する。

「いずれにしても、あの連中をルイーザの城に入れたりはしません、人間の姿のままでは」リリアンの顔に冷酷な笑みが浮かんだ。

「じゃあ、始めようか」

 僕は宝剣を抜く。宝剣が光を放つ。それをベヒモスが掴んでいる心臓の隙間に差し込む。刃は隙間の形にぴたりと一致した。

 何も起こらない。僕は宝剣を引き抜く。

 突然、巨大な石の扉は音もなく左右に開き始めた。

 扉が開ききると、今度は音を立てて湖の氷が割れ始める。すぐに湖の中心に塔の先端が姿を現す。氷のかけらがきらきらと輝きながら、尖塔からはがれ落ちている。尖塔に続いて城の本体も湖の上へ姿を現す。湖の氷が溶け始めた。

 僕たちはまだ扉の手前で様子をうかがっている。

 城の土台である島がせり上がってきた。そろそろだろう。僕はリリアンに目配せする。

 リリアンが扉に向かって呪文を唱える。斥力魔法が解け、背後にいた盗賊連中が走り寄ってくる。僕たちは彼らのために道をあける。彼らは僕たちには見向きもせず、巨大な門をくぐった。

 門から城のある島まで、湖面にまっすぐな道が出来る。水が固まっているんだ。氷のようにも見えるけど、少し違う。

 盗賊連中は先を争って橋を渡り始める。リリアンが、いつでも彼らをネズミに変えられるように身構える。が、その必要はなかった。

 突然、湖面が割れ、水中から巨大な生物が現れた。それは橋を渡っていた盗賊連中を飲み込んだ。

「ベヒモス!」

 リリアンが叫んだ。彼女にとっても、初めて見る生き物だ。

「もう一匹!」

 ミリーが指さす。

 二匹のベヒモスが水に落ちた盗賊連中を奪い合っている。

「シータさんの言ったとおりになりましたね」

 リリアンが感心したように僕に向き直った。

「扉の彫刻を見て、ベヒモスがこの城の守護獣じゃないかと思ったんだ。ドーラの城の守護獣がドラゴンだったみたいにね」

「でも、なぜ襲ってくると?」リリアンはまだ不思議そうだ。

「魔女ルイーザがベヒモスも城と一緒に凍結させているとしたら、ベヒモスたちは千年も何も食べていないことになる。きっと腹をすかせたベヒモスはドラゴンみたいに気が立っていて、言うことを聞かないんじゃないかと思って」

「それで先に餌を与えた訳ね」

 ミリーは納得顔だ。

 湖面の喧噪が収まってきた。すでに生き残った盗賊の姿はなく、ときどき二頭のベヒモスの背びれが水面に見える。

 リリアンが湖岸まで進み出る。ベヒモスたちが寄ってきた。

 僕たちには分からない言葉で、リリアンはベヒモスたちに話しかけている。

 しばらくして、リリアンが振り返る。

「契約が終わりました」

 リリアンはベヒモスたちと主従の契約を結んだようだ。

「先に餌を与えたのが良かったみたいです」

 ベヒモスたちが湖深くに姿を消すと、湖岸から島までの橋が復活した。

「渡りましょう」

 リリアンが僕たちをうながす。僕はミリーの手を取って、水で出来た橋に一歩を踏み出した。

 橋を渡り切るまで、ずいぶん時間が掛かったが、ベヒモスたちは現れなかった。

「大丈夫ですよ」とリリアンは笑うが、ミリーも僕も、透き通った水の橋の下から、いつベヒモスの巨大な口が襲ってくるかと気が気ではなかった。

 不思議なことに、島は乾いていた。まるで太古の昔からそこにあったかのようだ。城へ向かって、石畳の坂が登っている。僕たちは周囲に気を配りながら進んでいく。

 城の前にたどり着くと、正面の扉がひとりでに開く。僕は剣の柄に手を置きながら、中に入った。

「なにこれ、すごい!」

 さっそくミリーが歓声を上げる。城内のランプが勝手に灯り、辺りを照らす。そこは広間になっていて、魔女シャイアの城を思い出させる。広間の天井には巨大な生物たちが描かれている。ベヒモスがいる。ドラゴンもいる。僕たちの知らない怪物の絵もある。壁際には彫刻や調度品が並んでいる。

「千年前のものとは思えないな」

 僕は思わずため息をつく。

 広間の奥に広い階段がある。階段は真っすぐ壁の方に伸び、突き当りが踊り場だ。そこから左右に分かれて二階に続いている。

 踊り場の上に肖像画が掛けられている。

「きっとルイーザね」

 ミリーが僕の隣に立つ。

 品の良い婦人のようにも見えるが、いかにも魔女らしい衣装をまとい、微笑んでいる。残忍さをたたえた微笑だ。

 僕はリリアンを呼ぶ。

「この絵をどかして、ここにリリアンの肖像画を掛けようよ」

「ああ、それがいいわね」と、ミリーが同意する。

 リリアンは怪訝な表情だ。

「今日から、ここは魔女ブリリアンティアの居城だ」

 僕が言うと、リリアンは驚いたような表情をする。主のいない空き家だが、築千年以上とは思えない、優良物件だ。治安の心配もない。使わない手はない。

「わたしには立派すぎます」リリアンが遠慮する。

「そうだね」と、僕は言う。「いずれこの城にふさわしい魔女になればいいんじゃないの?」

 立派な魔女は、魔力を持たない人間にとっては恐ろしい存在だ。リリアンがそうなったところで、僕は構わない。魔女とはそういう存在なのだと思う。

「ああでも」と、ミリーが慌てて付け足す。「地下のお宝は山分けだからね」

 リリアンは少し考える風だったが、やがて口を開く。

「では、ここは三人の城、ということでどうでしょう?」

 ミリーと顔を見合わす。

「ここで暮らすのはちょっと」

 と、ミリーは躊躇する。リリアンがそんなミリーの手を取る。

「大丈夫です。家事や雑用はゴーレムにやらせます。ミリーさん、シータさんにご苦労はお掛けしません」

 僕はまだ世界を旅してまわりたい。ミリーもそうだろう。城でゴーレムにかしづかれる暮らしは想像できない。

「とりあえず、上階を見てみよう」

 僕はこの話を保留にする。地下のお宝を確認したそうなミリーをなだめ、階段を上る。

 城は思った以上に広かった。調度品の揃った部屋が並び、バルコニーに出れば美しい湖や森の風景が広がる。

 ミリーとリリアンが喜んだのは、温泉が湧く大浴場だった。まったく古さを感じさせない、明るい大理石の浴場だ。

 僕たちは一日かけて城を見て回った。でも、地下はまだだ。お楽しみは明日に取っておく。

 寝室はたくさんあるにもかかわらず、その夜、僕たちはひとつの部屋にかたまって寝た。リリアンでさえ、ひとり寝は不安なようだった。

 翌日、僕たちはいよいよ地下室を探検することにした。朝からミリーがさかりのついた猫のように騒がしい。

 地下もまた思った以上に部屋数が多かった。倉庫、貯蔵庫、そして目当ての宝物庫を見つけた。

 扉には鍵も掛かっておらず、中に入ると宝物が整理もされず、無造作に積まれていた。

「シータ、これ、宝石よ!」

 ミリーが叫ぶ。宝石類は箱に入れられていたり、箱からこぼれて床に落ちていたりもする。それがランプの明かりにちらちらと光り、美しい。

 宝物庫は一か所だけではなかった。全部で五部屋、そこに、金貨、銀貨、宝石、貴金属、その他の装飾品、剣や鎧兜などの武具、絨毯、絹、絵画や彫刻、あらゆるものが無造作に詰め込まれていた。ミリーは笑いが止まらないようだ。

 こんなにあっても持て余すだけだと思う。ミリーはリリアンと床に座り、お互いに手当たり次第に装飾品を付けあっている。

 僕たちの目的は達せられた。

 目的といえば、リリアンが知りたがっていた宝剣『ルイーザの鍵』の謎も解けた。ルイーザの鍵が、文字通り鍵だったことは湖岸の門を開いたときに判明している。鍵の働きは、魔力の発動だった。門を開くときには、城を湖面にせり上がらせると同時に、凍った湖を解凍させる魔法を発動させる。門を閉じるときはその逆だ。城を島ごと沈下させ、湖周辺をすべて凍結させる。宝剣自体がそれをするのではなく、宝剣はそれらの魔法を発動させる引き金なんだ。リリアンの魔力が増加したのは、宝剣の力がリリアンの中に眠っていた力を発動させたかららしい。今では宝剣なしでも、リリアンは強力な魔法が使える。

 地下室にはたくさんの巻物も保管されていた。古い文字で書かれた、魔法書だ。リリアンにはこちらの方が宝物よりうれしいらしい。

「わたし、地下の巻物の研究がしたいです」

 その夜、ベッドの中でリリアンが言った。

「いいんじゃない? 魔女っぽくて」

 ミリーが答える。

 結局、城は僕たち三人のものになった。ミリーが宝物の運び出しをあきらめたからだ。多すぎて持てないので、この城を僕たちの宝物庫にするしかなかった。それに、温泉大浴場もミリーをその気にさせた。

 でも、ミリーと僕がこの城で暮らすという事ではない。僕たちはまた旅に出る。この城、琥珀城はいわば別荘みたいなものだ。旅に疲れたら、温泉で癒せばいい。

「城の守りは任せてください」

 リリアンが言う。城の守備は、今はまだベヒモスたちだけだが、いずれ陽炎盆地のドラゴンたちも呼び寄せ、空の守りを固めることになる。

「あたしのお宝をよろしくね」ミリーが眠そうに言った。

 寝室の窓から月が見える。どこからか、硫黄の匂いがした。

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苦あり楽あり、剣士稼業はやめられない 風来 万 @ki45toryu

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