ミリーの計画

 翌朝、僕が目覚めると、ミリーの姿はなかった。

「ミリーさんなら用事があるからと出掛けました。ここで待つ様に、との事です」

 リリアンが報告する。僕は一瞬別の事を考えた。

「あ、それから」と、リリアンが続ける。「精気の補充はしないように言われていますから」

 あらら。折角の二人きりなのに、口づけは無しか。ミリーはお見通しの様だ。

「朝食にしようか」

 僕は仕方なしにリリアンと食堂に行く。

 食事が終わる前にミリーが戻ってきた。

「どこに行ってたんだよ」

「ちょっと、契約交渉に」

 ミリーがニタァッと笑う。どうやら美味しい契約に漕ぎ着けたみたいだ。

「食事が済んだら出掛けるわよ」

「どこに?」

「リリアンのいたイスカ村」

「?」

「?」

 僕もリリアンも、狐につままれたみたいだ。

 ミリーはそれ以上何も言わない。僕たちはそそくさと食事を済ませ、宿を後にした。

 村までの道は平穏だった。夕方には忌まわしい村の入口に辿り着いた。村人達は僕たち一行を驚異の眼差しで眺め、それからあわてて逃げていく。

「村長の家に案内して」

 ミリーの目当ては村長らしい。

「こっちです」

 リリアンが先頭に立つ。

 村長の家は村の中程にあった。ミリーが玄関に立ち、ドアをノックする。

「お許しを!」

 中から声がした。

「ここを開けなさい!」

 ミリーが叫ぶ。と、少し間をおいてドアが開いた。怯えきった表情の村長に構わず、僕たちは部屋に入る。

「そこに座って」

 ミリーが仕切る。

 村長は言われるままに、テーブルに向かって席に着く。ミリーが懐から手紙の様な紙片を取り出して、村長の前に広げた。

「読んだら、そこにサインしなさい」

 僕とリリアンも村長の脇から紙片を覗き込む。

『顛末書

領主ガルンの配下たる、剣士ルシターおよび剣士ミリネアはイスカ村近辺に出没し旅人を殺害せし魔女をアストリア三世国王陛下より御賜りし宝剣にて成敗したるものなり。

魔女は宝剣を胸に受け、幽大なる蝙蝠に変身の後、雨散す。此に際し、件の宝剣もまた雷光の矛に姿を変えたる後に霧消す。

以上の事、真実に相違なき事をここに証す。

見届人 イスカ村 村長』

 何だかよく判らない。

「だから」ミリーが説明する。「魔女は宝剣と一緒に消えてしまった事にするの」

「だって、リリアンはここにいるじゃないか」

「いいの。なにせ魔女は齢二百のおばあちゃんなんだから」

 そうか。領主は魔女がリリアンだとは知らない。もちろん国王だって知らないだろう。

 村長がおずおずと顔を上げる。

「魔女ブリリアンティア様はもうこの地には戻られないと?」

「そういうこと」

 ミリーが片目をつぶって見せた。

 村長はそれ以上の詮索はせず、紙片の末尾にサインをした。

「これで村は安泰、リリアンも安心。領主も宝剣を無くした罪に問われない上に、最終目標だった魔女退治に成功だから、国王陛下にも面目が保てるっていう訳よ」

 なるほど、ミリーは凄い。今朝は、宝剣奪還と魔女退治を組み合わせた、この案を領主に売り込んでいたのか。

「さ、ローバンの町に帰るわよ」

 ミリーが紙片を懐にしまう。

「そうだな。この村には泊まりたくないし」

 僕たちは夕暮れの村を後にする。今夜はまたあの橋辺りで野宿だろうか。それもまたいい。


 翌日の昼前、僕たち一行はローバンに入った。今度は三人揃って領主の館に出向く。

 通されたのは先日の小部屋だった。すでに領主は向かいの椅子に腰掛けている。

「で、首尾は?」

「ご安心下さい」

 ミリーは言いながら、早速例の紙片を取り出す。

 領主が受け取ろうとするのをミリーが制する。

「領主様。報奨金は?」

 そういえば、僕は報酬についてミリーに聞いていなかった。

「おお、そうだな。おい、あれをここに」

 領主が執事に命ずる。と、待つ間もなく執事は下男に何やら重そうな麻袋を担がせて戻ってきた。

「数えたまえ」

 領主が言った。

「では」

 ミリーが袋を受け取り、中身を床に空けた。

 僕は目が点になりそうだった。袋の中身は山の様な金貨だった。ミリーは落ち着いた様子で金貨を数え始めた。

 僕たちはミリーが数え終わるまで辛抱強く待っていた。

「……四百九十八、四百九十九、五百、と。確かに」

 ミリーは金貨を数え終わり、床の山を袋に戻し始める。リリアンが手伝っている。金貨五百枚。一生遊んで暮らせる額だ。

「では、お改め下さい」

 ミリーが立ち上がり、村長のサインの入った紙片を差し出す。

 領主はそれを受け取り、一通り目を通している。顔に安堵の色が浮かぶ。

「契約完了だ。今度の事は他言は無用だぞ」

「もちろん」

 ミリーがニッと笑う。

「シータ、おいとまするわよ。袋を持って」

 僕はあわてて麻袋を肩に担ぐ。リリアンが僕の背嚢を持ってくれた。

 館を出たところで僕は深呼吸をする。何だか緊張した。

「僕たち、大金持ちだな」

「そうね。悪くない仕事だったわ」

「わたし、何てお礼を言ったらいいか」

 イスカ村の住人は魔女がいなくなって幸せだし、領主ガルンは一応魔女退治に成功したし、魔女ブリリアンティア、つまりリリアンは討伐隊の心配をしなくて良くなったし、ミリーと僕は大金持ちになった。ああ、それから、例の宝剣はリリアンに持たせてある。彼女はあの宝剣からパワーを得ているらしく、僕の精気を吸わなくても、とても元気だ。それどころか、魔力もかなり増しているらしい。

「これからどうする?」

 ミリーに声を掛けた。

「そうね。まずは宿に行って風呂にでも入りましょ。後の事はそれから、ね」

 僕たちは今日の余韻に浸り、幸せを感じ、明日の事を思いながら、通りを行く。

 これだから剣士稼業は止められない。明日もきっと剣士の仕事をしているだろう。この仕事には金貨には代えられない何かがあると思うから。

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