宝剣

 僕たちは小川に架かる橋のたもとで野宿した。幸い、魔物も盗賊ももう出てこなかった。

「おはようシータ。リリアンはもう起きてるわよ」

 ミリーは小川で髪を洗ったのだろう。朝日に水滴がきらきらと光っている。

 僕は湯を沸かす準備に掛かる。朝のお茶を入れるのは僕の仕事になっている。

 リリアンがやってきた。小川で水浴をしていたらしい。ゆったりとしたズボンにミリーのシャツ、先の尖った布製の靴を履いている。

「シータ、よだれ」

 ミリーにからかわれた。でも、僕の目はリリアンに釘付けだ。彼女の瞳の中には青白く燃える魔性の炎がある事を僕は知っている。でも、それはそれ、彼女が綺麗な事に変わりはない。

「おはよう、リリアン」

「おはようございます、剣士様」

「シータでいいよ」

「はい、シータ様」

 ちょっとはにかんだ様な仕草が可愛い。それが獲物をおびき寄せる道具だとしても、僕には抗えそうもない。

「ミリー、お茶が入ったよ」

 僕たちは火を囲んで簡単な食事にする。お茶の他は、乾パンと乾し肉だ。リリアンも普通に食べている。今のところ、僕は焼かれずに済みそうだ。

 午前中の行程は何事もなく過ぎていった。お昼を少し回った頃、僕たちは町に着いた。この辺りでは結構大きな町、ローバンだ。

「リリアンの旅支度を調えないとね」

「そうだね。金もある事だし」

「無駄遣いは絶対にダメだからね」

 ミリーは、こういう事に特にうるさい。

「じゃ、僕は集会所を見てくるよ」

 女達の買い物に付き合わされるのはごめんだ。それに、通常、僕たちの仕事は町や村の集会所から始まる。集会所の表には掲示板があり、求職や求人の触書が張られている。僕たちは『剣士求む』の張り紙を見て仕事を請け負うのだ。

 集会所は、町の中程の広場に面して建っていた。広場の中央には石組みの噴水があり、周囲にはベンチが置かれている。僕は昼間からいちゃついている恋人達を横目で見ながら、集会所に歩み寄る。

――家庭教師します。年齢二十歳、女性。お好みのコスチュームで伺います――。

 一体何を教えてくれるんだろう?

――求む、メイド。年齢四十歳位まで。体重八十キロ以上――。

 漬け物石代わりか?

――剣術教室。当道場は作法重視です。朝の挨拶は大切です――。

 うーん、弱そう。

――至急! 盗賊狩りをする強者求む――。

 おおっと。これは良さそうかも。『子細は拙邸にて。領主ガルン』

 他にはあまり面白そうな求人もない。これはやはり領主の館に出向かなくては。

 僕は噴水に面したベンチに座って女達を待つ。

 小一時間程も待たされたろうか、ようやく二人がやってきた。僕は早速ミリーを掲示板の前に引っ張っていく。

「な? これしかないだろ?」

「そうねぇ。領主の仕事っていうのがイマイチ気に入らないけど、しょうがないか」

 ミリーは、領主なら私兵が居るはずなのに余所者を雇うのが気に入らないという。確かにそうかも知れないけれど、きっと私兵にろくなヤツが居ないんだろう。とにかく、僕たちは町外れの領主の館に出向く事にした。


「こちらで暫時お待ち下さい」

 無表情な執事が僕たちをエントランスホールに招き入れた。領主の屋敷は立派で、きらびやかで、成金趣味で、下品だった。

「うっわー、高そう」

 ミリーは壁に掛けられたタペストリーに見惚れている。

 奥の扉が開き、一目でそれと判る程に嫌みな成金趣味の男が入ってきた。領主だ。

「ああ、其方たちか、盗賊狩りに応募してきたのは? なんだ、まだ子供じゃないか」

「若輩ではありますが、腕には少々自信がございます、領主様」

 ミリーが言った。

「ふん。まあいいだろう。どうせ成功報酬だ。失敗すれば其方が死ぬだけの事。ワシの懐が痛む訳でも無し」

 領主は僕たちを奥の小部屋に招き入れる。

「座りたまえ」

 勧められるままに、僕たちは椅子に掛ける。

 領主は僕たちを順番に眺め、それから自らも向かいの椅子に腰掛け、話し始めた。

「お前達に頼みたいのは、町外れに巣くっている盗賊どもの成敗だ」

 僕はちらりとミリーを見やる。昨夜リリアンを襲っていた連中の事ではあるまいか。ミリーが怖い顔で僕を睨む。『黙っていろ』という合図だろう。

 領主が続ける。

「実は、先日この屋敷に賊が侵入してな。大切な宝剣を盗まれたのだ。賊を成敗して、それを取り戻して欲しい」

 ミリーがまた睨む。大丈夫、僕は何も喋らない。

 領主の話によると、賊は夜中に忍び込み、宝剣と金貨を盗んでいったらしい。その時に私兵が役に立たなかったので(賊にやられてしまった)余所者を雇う事にしたそうだ。

「金貨はいい」領主が忌々しそうに言う。「だが、あの宝剣は取り戻せ」

 ミリーが顔を上げる。

「どのような宝剣でございましょう」

「ああ、うん。柄と鞘には宝石が散りばめられている。見れば判る」

「何か、特別なお品でしょうか」

「そんな事はどうでもよい。其方達はそれを取り戻せばよいのだ」

 結局、ミリーは返事を保留して屋敷を後にした。

「何でだよ、結構いい稼ぎになるじゃないか」

 僕にはミリーの考えが読めない。

「宝剣、ってシータさんが持っている、それ、ですよね?」

 リリアンも怪訝そうな表情だ。

「そうよ。その短剣の事よ。あの強突張り領主が大金をはたいても取り戻したいという代物よ。一体それがなんなのか、知りたくはないの?」

「そりゃ、気になるな」

「でしょ? それに、礼金だってまだまだ吊り上げられるわよ」

 ミリーらしい。強突張りじゃミリーだって負けてはいない、と僕は思った。

 取りあえず、僕たちは宿に部屋を取り、食堂で遅い昼食にした。

 料理を運んできたウェイトレスのおばちゃんをミリーが捕まえる。

「ねえお姉さん、あたし達はこの町に来たばっかりで良く知らないんだけど、例のあの噂、知らないかしら?」

 僕にはミリーが何の話をしているのか判らない。けれど、ウェイトレスには通じた様だ。

「あら、あのこと? あなた方が剣士様だから言うんだけど、ここだけの話だよ。他に言っちゃ嫌だよ」

「大丈夫。商売柄、口は堅いから」

 ミリーがウェイトレスに顔を寄せる。

「これは噂なんだけど、最近隣村の近くに魔女が出るらしいんだよ」

 僕とリリアンが顔を見合わせる。

「それはもう恐ろしい魔女で、旅人を次から次に襲って食べるんだと」

 リリアンが何か言いたそうにするが、ミリーのひと睨みで下を向く。

「それで?」

ミリーが先を促す。

「それでね、国王陛下から領主様に魔女退治のご下命があったらしいのさ。ところが、この魔女が二百年も生きている強力な老婆で、普通の方法では殺せない。そこで、国王陛下は魔女をも殺せる宝剣を領主様にお預けなさったのさ」

 ミリーがにやりと笑う。

「なるほどね。それを賊に奪われたって訳ね」

「そうさね。この事が王宮にバレでもしたら、領主様の首が跳ぶわね」

「ほんとに。それは領主様もさぞお困りでしょうね」

「なに、あんな領主、たんと困ればいいのさ」

 どうやらあの領主、領民に慕われてはいない様だ。

「それで、その宝剣ってどんなの?」

 ミリーがまた水を向ける。と、ウェイトレスは待ってましたとばかりに話し始める。

「それそれ。なんでも、かつてこの世界の半分を支配していた、伝説の大魔女ルイーザの心臓を貫いた短剣だそうよ。その剣を魔女に近付けると、魔女が動けなくなるんだって聞いたよ。でもね、誰にでも扱える訳じゃないんだ。その剣は扱える者が持てば光り輝くけど、そうでない者が持てばただの短剣なんだって。それでね、笑えることに、領主様の屋敷には宝剣を扱える者が一人もいなかったんですって。それで魔女討伐が遅れていたって聞いたよ。あくまで噂だけど」

 ウェイトレスが下がる頃には料理の皿が冷えてしまったが、貴重な情報が手に入った。さすがはミリーだ。

「王宮の宝、とはね」

 ミリーは首をすくめて見せ、それから料理を口に運んだ。

 リリアンは随分憤慨した様子だ。

「誰が二百歳の老婆ですか! わたしはまだ十七です!」

「なんだ、リリアンも十七か。僕たちもだよ」

 僕も料理を口に運びながら応える。

「リリアン、動きが止まったりしてないよね?」

 ミリーが皿から視線を上げる。

リリアンが声を潜める。

「全然。それどころか、却って調子が良いみたいなの。目の前にいる若い男を食べたくもならないし」

 おっと、僕の事らしい。

「後で部屋に戻って調べてみましょう」

 ミリーが言った。


 部屋に戻ると、僕は早速懐から宝剣を取り出す。

「ミリー、抜いてみて」

 ミリーが宝剣を受け取り、神妙な面持ちで鞘から抜く。短剣は見事に光っている。どうやらミリーにも扱えるみたいだ。

 次はいよいよリリアンの番だ。

「リリアン。具合が悪くなったらすぐに放すんだよ」

 ミリーが剣を鞘に戻し、リリアンに渡す。

 リリアンが意を決して宝剣を受け取る。

「何だか、力がみなぎるみたいです」

「抜いてみろよ」

 リリアンは深呼吸をし、そして剣を抜く。剣は見事に光り輝いている。

「あらあら。この宝剣、看板に偽りあり、だわ」

 ミリーが溜息混じりに言った。

「わたし、元気いっぱいです」

 リリアンは表情も明るい。

 暫く考える風だったミリーが口を開く。

「多分、その剣が伝説の大魔女ルイーザの心臓を貫いた、っていうのは事実なんじゃないかな。きっと短剣に染みついたルイーザの血がリリアンに力を与えているんだよ」

 そういえば、リリアンはルイーザの末裔だ。ミリーの話は説得力がある。僕もリリアンもうんうんと頷く。

「で、どうするんだ?」

「あたしに考えがあるから」

 僕の問いに、ミリーは不敵な笑みを浮かべていた。

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