何か変ですか?
機体がゆっくりと降下し始める。
島への着陸態勢に入った事が、僕にもわかった。
じりじりと迫りながら流れてくる海原。
それが不意に、陸地へと、そして舗装された滑走路へと姿を変えた。
僅かに機体が揺れて、滑走路へ着地。
僕が思った以上に、柔らかい着陸だった。
機体が止まってしばらくした後、エンジン停止。
プロペラが止まって静かになった所で、クゲさんの手でドアが開かれた。
「どうだ、あっという間のフライトだっただろう? ツバサ神は雲をゲート代わりにして、自在にワープできるのさ」
「そうなんですね」
「もっとも、雲がなきゃ使えないけどな。そこん所は天気が大事な飛行機らしいって思うよ」
セイさんとそんな会話をしながら、地上へ降りる。
改めて、海に面した飛行場を見回す。
周りは飛行場の施設以外には、本当に何もない。ただ海と小さな山があるだけ。まさに人里離れた辺境の地って感じだ。
でも、夕方でも肌で感じる蒸し暑さと、ところどころに生えているヤシの木が、南国って事を実感させてくれる。
今着ている服装だと、やっぱり暑い。あいすみたいな涼しい服装が少し羨ましくなる。
そう思っていると、誰かの軽やかな足音が聞こえてきた。
明らかに場違いな格好の小柄な女の子が、駆け寄ってくるのが見えた。
何が場違いなのかって、白い着物に袴姿という、まるで神社の神主さんみたいな恰好をしているんだから。
そんな女の子は、左側でまとめた黒髪を揺らしつつ、僕達の前で足を止めた。
「皆さん、ご無事でしたか」
「ああ、ただいま戻りましたよ、ヒトミちゃん」
代表して、セイさんが気さくに答える。
ヒトミちゃんと呼ばれた女の子は、何か気になる事があったのか、少し降りてくる人たちを確認している。
「ジュンさんの姿が見当たりませんけど……?」
「ああ、もう少ししたら降りてくる」
「そうですか――で、この人は?」
そして、視線が僕とあいすに向いた。
「連れてきた新入りさんだよ。ユウ、あいす、こっちはホウリョウ・ヒトミちゃん。リーダーの秘書をやってるんだ」
「秘書……?」
その肩書に、僕は耳を疑った。
何か、どう見ても中学生にしか見えないんだけど――?
でも、それを察したのか、ヒトミが不愉快そうな目つきをしたと思うと、
「初めまして。よろしくお願いします」
そう言って、懐から取り出した名刺を僕に差し出した。
「あ、どうも。キヨト・ユウです……」
生まれて初めて差し出された名刺に戸惑いながらも、僕は自分なりに丁寧に受け取る。
そして、それを何気なく目を通してみると――
「……24歳!?」
書いてあった字を、裏返った声で読んでしまった。
名刺に書かれている名前には、『法量 瞳(24歳)』とわざわざ年齢が書いてあったんだから。
名刺って年齢を書くイメージがあんまりないけど、それよりも中学生っぽいのに24歳って、どういう――?
「……何か変ですか?」
うわ。
何かさっきよりもっと不愉快そうな顔になってる。うっかり変な事を口走ったら殴ってきそうな感じの。
何か聞くのが怖いけど、恐る恐る聞いてみる事にする。
「あ、あの、失礼ながら、この24歳っていうのは――?」
「詐称ではありませんよ。証拠をお見せしましょうか?」
ヒトミは、また懐から何かを取り出して見せてきた。
それは、運転免許だった。よく見ると普通自動車の免許だ。
普通自動車の免許って、確か18歳以上じゃないと取れないはずだから――
「って事は、本当に、僕より年上……!? あの、僕16なんですけど――」
「そういう事になりますね」
きっぱりと言い放たれた。
どうやら本当らしい。嘘をついているようにも見えないし。
見ると、セイさんがなぜかくくく、と小さく笑っている。
「何がおかしいんですか!」
「いやいや、毎度毎度ヒトミちゃんも大変だなあって」
突っかかってくるヒトミ――いや、ヒトミさんを、軽くいなすセイさん。
そんな時だった。
「やあヒトミちゃん! 今日は俺がお土産を買ってきたよ!」
突然テンション高く乱入してきたのは、クゲさんだった。
その顔を見た途端、ヒトミさんが妙に疑い深い視線をクゲさんに送りながら、免許証を懐へしまった。
「お土産、ですか?」
「ほら、まんじゅうだ!」
クゲさんが、堂々と紙製の箱をヒトミさんに突き出した。
「まんじゅう……!?」
途端、ヒトミさんの目がエサを前にした犬のように輝き、箱を覗き込む。
そのまま両手を伸ばしたけど、、すぐにはっと我に返り、
「わ、私は食べ物に釣られるような甘い女じゃありませんっ!」
なぜか手を引っ込めて、変な言い方で拒否した。
それを見たクゲさんは、
「そうか。そりゃ残念だなあ。じゃあこれは俺がもらうって事で」
そう言って去ろうとした。
するとヒトミさんは、妙に慌てた様子でクゲさんの袖をつかんだ。
「別に、いらないとは言ってません」
どこか、拗ねた様子で。
すると、クゲさんは得意げになって振り返る。
「何だ、なら欲しいって素直に言えばいいじゃないか! ところで、もしこのまんじゅうが気に入ってくれたら、是非頼みたい事があるんだ」
「……何です?」
「ズバリ、この俺の恋人になって――痛っ!」
「最低っ!」
ヒトミさんはクゲさんの脛を思い切り蹴ると、怯んだ隙を突いて手からまんじゅうの箱を奪ってしまった。
「何度も言ってますが、私はあなたのような人はタイプじゃないんです、アズサさん」
アズサ。
その名前を言われたクゲさんは、なぜか固まってしまった。
その隙に、ヒトミさんは足早に立ち去っていく。まるで、逃げるようにも見えたけど。
「く、こんな時に名前呼びとは、追加ダメージがでかい……」
うずくまっていたクゲさんは、悔しそうにつぶやいてヒトミさんの後姿を見送っていた。
その様子を見て、またくくく、とセイさんが小さく笑っていた。
それにしても、アズサって名前は――?
「アズサって、誰ですか?」
「彼の下の名前だよ。女っぽい名前で気にしてるから、できれば呼ばないでやってほしい」
僕が聞くと、後ろからやってきたジュンさんが答えてくれた。
そうか、クゲさんの下の名前がアズサなのか。
「それにしても、素直じゃないなあヒトミちゃんも」
ジュンさんと一緒にやってきたくみなが、すっかり取り戻した陽気さでつぶやいた。
え、あれで素直じゃないって、明らかによけていたように見えたんだけど……
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