あれがつくも島だ

「……っ、すまない。失礼するよ」

 さすがにジュンさんも察したのか、口付けを続けたままひょい、とくみなの体を持ち上げ、荷物の物陰へ連れて行く。

 どざ、と床に倒れる音。

 どこか乱暴に服を脱いでいく音。

 そして、さらに激しさを増す息遣いと声。

 姿そのものは見えなくなっても、そんな物音が聞こえる状態だと、やっぱり恥ずかしさはぬぐえない。

「あ、あの……」

 どうしたらいいものかと、僕は周りの人達に聞いてみる。

 でも、メンバー達は呆れた様子の人達や我慢している様子音人達はいたけど、動揺している人は見られなかった。

「仕方ないさ。くみなは相当消耗したんだからな」

 代表して答えたのは、セイさんだった。

「見ただろ? チョーカーが赤く点滅してたの」

「あ、はい」

「チョーカーの水晶が青から赤に変わったら、飢えている危険信号なんだよ」

「危険信号……?」

「だからああやって、すぐ愛を与えなきゃいけないんだ。あいすにも、そんな事なかったか?」

 僕は、あいすの首元にあるチョーカーを見た。

 今は付いている宝石が青く輝いているけど、そういえば赤く点滅していた時があった。

 顔色が悪い時とか、気を失った時とかに。

 それが飢えている――つまり、エネルギー切れのサインだとしたら、まさか――

「あの、じゃあ、もしそのまま放っておいたら、どうなるんですか?」

「決まってる。そのツバサ神は消滅――つまり死ぬ」

「……!」

 僕は驚いた。

 くみなが苦しそうにしていたのは、自分の命を削っていたも同然の状態だったからなんだ。

 なら、どうしてそんな事をしてまで――

「そんな、くみなは自分が死にかけてでも戦っていたって事ですか!?」

「そうだな。燃料も滑走路も使わずに飛べば、相当機力を消耗するからな。だからリーダーは、お前達を戦わせようとしなかったんだろうな」

「え……?」

 そういえば、言っていたっけ。


 ――私の本来の体は不完全で、どんなに思っても体が追い付かなかった……


 と、あいすが。


 ――君の体は不完全で消耗しやすくなっている。下手に戦えば君の命に関わる。


 と、ジュンさんが。


 今ならわかる。

 くみなでさえ、長時間の空中戦でああなっていたんだ。

 体が不完全で5分も持たなかったあいすであんな空中戦をやったら、どうなっていたか。

「心配すんな。リーダーとくみなは30年も荒ツバサと戦ってきたんだ。こういう事には慣れてる」

 ぽん、と肩を叩くセイさん。

 安心させるつもりだったんだろうけど、僕は余計に不安になった。

 もしかして、ジュンさんとくみなはずっと、2人だけで戦ってきたのかな、と思うと。

「愛してる、くみな……っ」

「だぁりん、好き……好きぃ――はぁんっ!」

 濃厚で艶めかしい音が荷物の影から自重せずに響く。

 あれは、くみなにとってただのはしたない行為じゃない。

 ただ、戦いで死にかけても、必死に生きようとしているだけなんだ。

 それは、あいすも同じだ。

 あの時、今朝襲われた時あいすが気を失ったのは、消耗しすぎて死にかけたからだった。

 だから、目を覚ましてすぐいちゃいちゃしていたのも当然だ。

 仕方がない状況ではあったけど、僕はあいすに無理をさせていたんだな。

「どうしたのだ、ユウ?」

 ふと、あいすが顔を覗き込んできた。

 不意だったから少し驚いたけど、僕は正直に、思っている事を伝えた。

「いや、その――ごめん。僕、あの時あいすに無理させちゃって……」

「あの時――何を言う。別に気にしてはいないさ。それより――」

 すると。

 あいすがまるで誘うように、僕の腕をそっと抱く。

 まさか――

「我らも、しないか?」

「ダメ!」

 僕はすぐに、あいすの提案を断った。


     * * *


 飛び立ってからどのくらい経ったか。

 茜色に染まった外の世界は、いつの間にか陸地が全くない太平洋の上になっていた。

 こうなると、どこを飛んでいるのか、僕にも見当がつかなくなる。

 くみなとジュンさんの物音が落ち着き始めた頃、不意にコックピットからにっしーが出てきて、案内を始めた。

「皆さぁーん、にっしーはぁ、間もなく『雲間転移』を始めますわぁ。転移したらぁ、すぐ到着する予定ですのでぇ、準備していてくださいねぇ」

 ウンカン、テンイ?

 よくわからない単語に戸惑った僕は、まず隣で座ったまま居眠りをしていたセイさんを起こした。

「セイさん、セイさん」

「……ん、何だ。もう到着か……?」

「何か、そうみたいですよ」

「わかった……はしな、起きろ。到着するってよ」

 セイさんは、自分の肩に寄りかかって寝ていたはしなもそっと起こした。

 はしながゆっくり目を開けて頭を起こしたのを確かめてから、僕は聞いてみた。

「あの、さっき『ウンカンテンイ』って言葉聞いたんですけど、何ですか?」

「ウンカン、テンイ……ああ、あれの事か。ツバサ神の便利な能力さ」

「便利って、何が便利なんですか?」

「まあ外を見てろって」

 セイさんが親指で窓の外を指差す。

 すると、窓の外が一面白い煙のようなものに包まれ始めた。

 雲だ。

 雲の中に入ったんだ――って、雲の中に入って大丈夫なのか?

 雲の中は当然視界が遮られる。

 それに、雲の種類によっては気流の乱れとか天気とかの悪影響を受ける可能性もある。雲に入ったせいで墜落したっていう飛行機事故も割とあるくらいだ。

 実際、窓には雨粒が打ち付け始めている。

 光が遮られて少し暗くなったせいもあって、ちょっと不安になった僕は窓を見ないようにする事にした。

「リーダー、いい加減服着た方がいいですよ」

 でもセイさんは、いつの間にか直っていたくみなのサロペットを拾って荷物の物陰へ放り投げるお気楽さ。

 本当に大丈夫なのか?

 でもその不安は、1分も経たずして終わった。

 不意に窓から夕陽の光が差し込んできて、僕はまた窓の外を見た。

 雲はもう抜けたらしく、晴れていく雲と共に茜色の空と海が見え始めた。

 何だ、割とあっさりだったな。心配しすぎた僕が――

「皆さぁーん、にっしーはぁ、およそ1000キロほどの転移を無事に完了いたしましたわぁ」

 ……って、1000キロ!?

 1000キロって言ったら、松島からだと四国辺りまで行けちゃう距離だぞ!?

 それを、1分も経たない内に飛んじゃったって事か!?

「間もなくぅ、着陸いたしますのでぇ、ベルトをしっかりつけてくださいねぇ」

 しかも、もうすぐ着陸って事は――

 僕は窓の外を念入りに確認してみると、真下に小さな島を見つけた。

 形は大雑把に言えば三角形で、底辺に沿う形で滑走路が一本伸び、その対角部分に小さいながら山がある。

「お、見えた。あれがつくも島だ」

 同じく窓を見ていたセイさんが、言った。

 あれが、目的地のつくも島……

 ヤハギファイターコレクションの本拠地――

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