奴らが来ると言っているだろう

 あいすは、降りて外へ出てしまった。

 僕は後を追いかけて、セイさんやはしなと一緒に降りた。

 あいすの背中は、すぐ見つかった。

 機体からそれほど離れてはいない。ただ、周囲の駐機場エプロンで作業する人達を、何か探るようにきょろきょろと見回している。

 その目は、やっぱり真剣さを帯びて細まっている。

 何だか様子がおかしい。

 でも、こんな様子、今朝も――

「みんな、一体何事だ」

 すると。

 ジュンさんが、くみなを連れて歩いてきた。

 手にはカバンを持っている。これから乗り込もうとしていたようだ。

「いや。何か、あいすが急に『奴らが来る』って言って飛び出したそうです」

 セイさんが説明する。

 そして僕は、あいすに呼びかける。

「ねえあいす、一体どうしたの?」

「だから、奴らが来ると言っているだろう」

「奴らって、何?」

「こやつらが言う、荒ツバサだ」

 あいすはジュンさん達を肩越しに見ながら、答えた。

「荒ツバサ!?」

 僕は声を裏返した。

 それには、ジュンさん達も驚いた様子で、すぐにセイさんが詰め寄ってきた。

「お前、荒ツバサが来るのがわかるのか? 何を根拠に?」

 あいすは、その質問に答えなかった。

 いや、答える必要がなかった。

 駐機場エプロンで作業する人達が、一斉に姿を消したから。

 まるでマジックのように、一瞬で。

「……あ!」

「……やはり」

 驚く僕達をよそに、あいすは確信した様子でつぶやいた。

「セイさん、一応聞きますけど、時計は今どうなってますか?」

 僕は念のためセイさんに確認を取る。

 そして僕も、スマートフォンを取り出して時計を見る。

「……止まってるな」

「はい、僕のも止まってます」

 スマートフォンのアナログ時計は、あの時と同じように止まっていた。

 しかも、セイさんの腕時計も止まっているというなら――

「何をしている! すぐに知らせろ!」

 あいすが声を上げた。

 あまりの大きさにセイさんが驚いて、はしなを連れて機内に戻っていく。

 僕も釣られて、機内に戻ろうとしたけど。

「来た!」

 突然、くみなが声を上げた。

 驚いて振り返ると、目の前には、消えた人達と入れ替わるように、いつの間にか黒い人影が群れを成して姿を現していた。

 ゾンビのようなゆったりしたおぼつかない足取りで、こっちに向かってくる。

 さらに空から、轟音が響く。

 見上げると、黒い影に包まれた戦闘機が、獲物を探す鳥のようにぐるぐると回っている。

「荒ツバサ……!」

 体に悪寒が走った。

 また、あいつらがやってきた。

 他の誰にも感知されずに現れる、ツバサ神の天敵。

 あれにやられたものは、人々の記憶から消し去られる。

 そう思うと、怖くならないはずがない。

 そんな時だった。

 人型荒ツバサの1人が、挨拶とばかりにミサイルを撃ってきたのは。

 まっすぐ飛んでくるそれを見て、僕は反射的にあいすの腕を引っ張って一緒に逃げた。

 でも、ミサイルは飛んでこない。

 飛んでいくのは、僕達じゃなくて、ジュンさん――!

「だぁりんっ!」

 そんなジュンさんに、くみなが覆い被さった。

 伏せて避けさせようとしたみたいだけど、間に合わなかった。

「ああっ!?」

 ミサイルが、くみなの左肩近くで炸裂。

 その衝撃で、ジュンさんごと倒れてしまった。

「く……このおっ!」

 それでも、くみなは反撃した。

 右手で金色の帯が塗られたセイバー型の銃を呼び出し、素早く構える。

 すると、銃の翼部分からミサイルが発射された。

 お返しとばかりに発射されたミサイルは、人型荒ツバサの1人に命中して吹っ飛ばした。それに驚いて、群れが乱れた。

「くみな、大丈夫か?」

「……っ、平気平気っ!」

 ジュンさんに対し、にかっと笑んで答えるくみな。

 本当にそう思っているのか、それとも無理をして作っているのかはわからない。

 確かなのは、くみなの左肩部分の服が肩紐ごと破れていて、痛々しく見える事だけ。

 僕はそれを前にして、何も言う事も行動する事もできない。

 そんな僕の手を、あいすがぎゅっと握った。

 恐れるな、とばかりに。

 そうか。今はあいすがいるから、一緒に立ち向かえる――

「ユウ。我らも――」

「いや。君達は機内に戻ってくれ」

 でも。

 それを、荒ツバサから庇うように前に出たジュンさんが止めた。

「なぜ!?」

「あいす、君の体は不完全で消耗しやすくなっている。下手に戦えば君の命に関わる。戦闘機の姿に戻って飛ぶ事など、もっての外だ」

「何だと……!?」

 飛ぶ事などもっての外、という言葉に、あいすが食いついた。

「私に、ユウを乗せて戦うなと言うのか?」

「ここは、キミ達の手をわずらわせるまでもない、って事!」

 そして、くみなが場違いなほどハツラツとした声を上げて、ジュンさんの隣にやってきた。

「行くよだぁりん!」

「うん」

 2人は向かい合うと、目を閉じてほんの数秒だけ口付けを交わした。

 互いの両手を、しっかり握って。

 すると、重なり合ったジュンさんの右手とくみなの左手の指輪が、共鳴して光り始めた。

 それを確かめたように2人が唇を離すと、

「くみなああああああっ!」

 2人は声を揃えて叫びながら、指輪を重ねた両手を高く突き上げた。

 途端、眩い光が2人を包む。

 思わず目がくらんで、目を閉じる。

 すぐさま響き始めるジェットエンジンの音。

 そして、それが飛び去っていく音。

 目を開けて空を見上げると、そこには垂直上昇していく金色のセイバー――くみなの姿があった。

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