兵器は『忌まわしき負の遺産』なんだよ

「それって、どういう事ですか?」

 僕は思わず、一歩前へ出て聞いていた。

「ん、リーダーは言ってなかったか? 荒ツバサは、『兵器を恐れる人間の無意識』が生み出したって」

 セイさんは不機嫌そうに答える。

 兵器を恐れる人間の無意識……?

 つまり、人が荒ツバサを生んだって事?

 ジュンさんはそんな事説明していなかったし、説明されてもよくわからない。

「正確には、『恐れる故に忘れ去りたい』という感情だね」

 と。

 不意に背後から、ジュンさんの声がした。

 振り向くと、そこにはくみなを連れたジュンさんがいつの間にかいて、こっちに歩いてくる所だった。

「忘れ去りたい……?」

「この国の多くの人々にとって、兵器は『忌まわしき負の遺産』なんだよ。知っての通り、かの大戦で敗北したこの国は、全ての武器を捨て去り、二度と戦争をしないと誓った。だがそれは、兵器を『悪』に仕立て上げたという事でもあるんだよ」

「兵器を、『悪』に……」

 僕は、ごくりと息を呑んだ。

「悪の存在なくして善は成り立たない。誰しも、自分の正しさを実感するためには、無条件で咎めていい存在を必要とする。ましてや追い詰められた人間なら、猶更それを救いとして求める。そのために、軍とそれが使った兵器は生贄にされたんだ。そうされても仕方がない事を軍がしていたって言うのも、救いようがない話だよ」

 ジュンさんは、悲しそうに少しうつむきながら語る。

「以来、この国は『悪』となった軍と兵器を恐れ、忘れるようになった事で、平和を保ってきた。だからこそ、自衛隊を見てかつての軍を思い出し拒否反応をする人がいるんだ。ましてや自衛隊には、一度もこの国を敵から守り抜いた実績がない。だから、かの大戦の悪評に引きずられる。これはもう、かの大戦が残した呪いと言ってもいい」

「呪いだなんて、そんな……」

「その呪いが、荒ツバサを蔓延らせて俺達を苦しめているって事だよ」

 ジュンさんの言葉に、セイさんが補足する。

 そしてジュンさんは、言葉を続ける。

「つまり我々やツバサ神は、この国にとっては『悪玉菌』なんだよ。だから荒ツバサという『善玉菌』を生み出して消し去ろうとする。荒ツバサに狩られた存在が忘れ去られるのは、このためなんだよ。今の人々は、自衛隊にかつてどんな航空機がいたのかを忘れている。あいすのような、被災したF-2の事さえも。全ては、『恐れる故に忘れ去りたい』という願いを、荒ツバサが病的なまでに叶えてきたからなんだよ」

 病的に、なんて不吉な言葉を聞いて、一瞬寒気が走る。

 確かに自衛隊機は知名度低いって思った事はあったけど、荒ツバサの仕業だったなんて。

 そんな僕を見たジュンさんは、こんな事を告げた。

「さてユウ君。ここで君にもう1人、会わせたいツバサ神がいる。ついて来てくれるかい」


 僕が案内されたのは、駐機場エプロンの真ん中に展示されていた、とある飛行機の下だった。

 結構目玉の機体なのか、未だに写真撮りに熱心な客が多い。

 僕とあいすは特別に、周りを囲むロープをくぐって近くで見る機会をもらえた。

 でも。

「これは……!?」

 それを見た瞬間、僕は目を疑った。

 会場に駐機されているのは、斜め上に胴体を起こす、双発のレトロなプロペラ旅客機だった。

 いや、旅客機じゃない。

 見た目こそ無駄なく丸みを帯びた旅客機のものだけど、その濃緑に塗られた塗装と日の丸は、かつてこの国で使われていた軍用機である事を示している。

 それも、自衛隊ができる前の時代に使われていた――

「零式輸送機……!?」

「何だ、それは?」

「大戦中に使われていた、海軍の輸送機だよ。零戦とかと、同世代の」

 首を傾げたあいすに、僕はそう説明した。

 かの零戦と同じ時代に飛んでいた飛行機。

 僕にとっては、プラモデルでしか見た事がない飛行機だった。

 まさか、こんな飛行機もツバサ神になっていたって言うのか?

 そう思いながら、胴体に左後ろから近づいて観察してみる。

 戦闘機よりも大きい姿は、近くで見ると戦闘機とはまた違った迫力がある。

「これ、本物なんですよね?」

 僕は、案内してくれたジュンさんに、聞いていた。

 でも。

「残念ながら違いますわぁ」

 答えたのは、別の声――柔らかい女の子の声だった。

 見ると、胴体にある開いたドアから、姿を覗かせている西洋人風の女の子がいた。

 オレンジ色のセミロングヘアーと、「205」と書かれたキャスケット帽が特徴的。服装はネクタイ付きワイシャツとスカートという、まるで女子高校生みたいな印象だ。

 その首元には、あいすやくみな達と同じチョーカーが付いている。

「にっしー、彼らが前に話した新しいカンナギとツバサ神だ」

「あらぁ、そうですのねぇー。なら自己紹介しますわぁ。私はぁ、この機体のツバサ神、にっしーといいますぅ」

 ジュンさんに紹介されると、女の子は機内から出ないまま、まるで高貴な貴族のようにキャスケット帽を取ってゆっくり丁寧に頭を下げた。

 でも間延びした口調のせいで、本当に高貴なのか、ただおっとりなだけなのか、よくわからない。

「ねえ君、零式輸送機じゃないって、どういう事なの?」

 そんな事より。

 さっきの言葉の意味を聞いてみると、女の子――にっしーは、

「こういう事ですわぁ」

 キャスケット帽を被り直してから、ぱちん、と器用に指を鳴らす。

 すると。

 零式輸送機の色が、みるみる内に変わり始めた。

 まるでプロジェクションマッピングでも使っているかのように。

「ええ――!?」

 僕が驚いている間に、ほんの数秒で、機体の色はライトグレーに変わってしまった。

 日の丸はそのままだけど、翼の先端がオレンジになって、機首には「24」、垂直尾翼には「205」と「9024」という数字が書かれている。

 そして何より驚いたのは。

「海上、自衛隊……!?」

 胴体に書かれた、『海上自衛隊』文字だった。

 これって、自衛隊の飛行機だったのか――!?

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