セイバー、82-7847よ
握手会は、当然ながら中止された。
事件が起きた反動かどうかはわからないけど、客はどんどん減っているように見えた。
まあ、メインのイベントはもう済んでいたし、影響は少なそうだ。
そんな中で、はしなは上半身裸になったセイさんの傷に包帯を巻いて手当をしている。
部外者の僕とあいすは、ブースに居場所がなくてどうしたらいいかもわからず、ただ立ったまま黙って見守る事しかできなかったけど、僕達の存在に気付いたセイさんが、包帯を巻き終えたはしなを連れて、自分から僕達に近づいてきた。
「よう。お前がリーダーの言ってた新入りさんか?」
まるでケガなんてしていないかのような、気軽な挨拶だった。
「え? あ、はあ……」
まだ決まった訳じゃないから、僕はそんな生返事をしてしまった。
「こんな時に対面になって悪いな。俺はカサハラ・セイ。こっちは俺のツバサ神、はしなだ」
「元ブルーインパルスのセイバー、82-7847よ。よろしく」
2人共、至って普通に自己紹介してきたから、僕は少し心配になった。
「僕は、キヨト・ユウです。で、こっちがあいすです」
「元第21飛行隊のF-2、23-8114だ」
とりあえずこっちも一緒に自己紹介してから、心配事を問う。
「あの、傷は大丈夫なんですか?」
「バカ言うな。このくらい、どうって事ねえ。命あるだけでも、感謝しないとな」
「ええ、そうね……」
セイさんは何ともないとばかりに笑って見せたのに対し、はしなはどこか無理をして笑っているように見えた。
別に気にすんなって、とセイさんが軽く肩を叩いても、はしなの表情は変わらない。
うーん、妙に気まずくなった。
今、この話は避けた方がいいかもしれない。
そう思った僕は、話題を変える事にした。
「なら、よかったです……ところで、はしなって元ブルーインパルスだからくみなの同僚って事ですよね?」
「え? ええ、そうよ」
よかった、反応してくれた。
表情も少し和らいでいる。
「短い間だったけれど、リーダーのくみなに付き添う2番機を務めていたわ」
「短い間? それってどういう――?」
「くみなは、3年くらいでブルーインパルスを辞めたから――」
「辞めた?」
くみなが辞めた?
その言葉が、妙に引っかかる。
するとセイさんも話に割り込んできた。
「何だ、リーダーは言ってなかったか? くみなはすぐにいなくなったって」
「あ、そういえば言っていたっけ――」
思い出した。
確かにジュンさんは、そんな事を言っていた。
でも、気になるな。
試しに、あいすに聞いてみる事にした。所属した基地が同じなら、何か知っているかも。
「あいす。飛行機の視点で聞くけど、ブルーインパルスって辞められるものなの?」
「いや、一度配備されれば墜落でもしない限り最後まで使われ続けるはずだ。アクロ専用に改造される以上、他の行き先などどこにもないからな」
やっぱりそうか。
ブルーインパルスの機体は、単に色を塗り替えただけの機体じゃない。当然ながらアクロ専用の改造が施された上で使われる。
一番わかりやすいのは、
でもそれは、自衛隊機としての『本業』には使い辛くなる事を意味する。
だから、普通はブルーインパルスから外れるなんてあり得ないはずなんだ。
「それは今の話。昔は違ったんだ」
と。
セイさんが、答え合わせとばかりに口を開いた。
「考えてもみろ、今と違って戦闘機がやってた時代だぞ? 貴重な第一線戦力をアクロ用に縛り付ける訳にもいかないじゃないか。だから機体の入れ替わりが激しくてな、数年使われただけでチームを辞めるなんて事がザラにあったんだ。改造も簡単なものだったから、すぐ元に戻せたしな」
「そうだったんですか。じゃあくみなは――」
「単純にそうやって、実部隊に戻されただけさ」
「なるほど。墜落した訳じゃないんですね」
「バカ言うな。だったら辞めたなんて言い方しないっての」
どこからか、へーっくし、ってくみなのくしゃみが聞こえたような気がした。
「例外として、最初から最後まで居続けたのは、はしなだけさ」
な、とセイさんのはしなに向く。
すると、はしなの頬が少しだけ赤くなった。
「す、少しだけ外れていた時はあったけど……」
「でも、はしなにとってブルーインパルスが安住の地だった事に変わりないさ。はしなはその生涯をアクロに捧げた戦闘機なのさ」
セイさんの説明を聞いて、照れくさそうに笑うはしな。
そうか。
この航空祭で見せたあの演技は、はしなが一生をかけて身に着けたようなものなのか。
なら、拍手喝采の出来だったのも納得だ。
ジュンさんは言っていた。
ツバサ神は、自身が持つ記憶を再現して飛べると。
だからあれは、はしなの記憶があるからこそできた、まさに熟練の技だったんだから。
でも、気になる事はある。
「じゃあ、はしなはどうして――」
ずっとブルーインパルスにいたんですか、と聞こうとしたけど。
「ったく、だから猶更許せねえ。あいつの言った事が」
セイさんは急に思い出したように、腕を組んで愚痴をこぼし始めた。
「何が殺したくて殺したくてたまらない邪神、だ。根っからの戦闘機に言うならまだわかるが、はしなに言うのは完全にお門違いだってーの」
それを聞いた途端、はしなの表情がまた曇った。
場がまた、気まずい空気に包まれてしまう。
「あんな奴がいるから、荒ツバサはいなくならないんだよ……!」
そして。
セイさんは、気になる事を口にした。
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