#4 波乱の旅立ち
そいつの正体は人殺しの道具なんだぞ!
「すみません! 通してください! 通してください!」
慌ただしい人込みの中を、ジュンさんが先頭になって進んでいく。
さっきまでとは違う意味でごった返している客達の中を、僕達は大急ぎで進んでいく。
思うように進めない中で、やっと視界が開ける。
ヤハギファイターコレクションのブース。そのちょうど握手会が行われていた場所。
まるで闘技場のように開けたその前で、2人の男の人が向かい合っていた。
1人は、飛んでいたセイバー、はしなに乗っていたパイロットだった。どういう訳か尻餅をついている状態で、肩で大きく息をしている。
もう1人は、自衛官と思われる人に羽交い絞めにされてながらも奇声を上げて暴れている男の人。その手には、ナイフが握られていた。
その切っ先から赤い水滴が零れ落ちていたのを見て、ぞっとする。
よく見ると、尻餅をついている男の人の肩口が、赤黒く染まっている。
まさか、人を刺す事件が――?
「セイ!」
ジュンさんが、すぐ尻餅をついた男の人の下へ駆け寄る。
セイと呼ばれた男の人は、短距離走を走り切った後のように疲れ切った声で、リーダー、と答えた。
「はしなが襲われたというのは、本当か?」
「ええ……」
そう答えると、セイと呼ばれた男の人の視線が、背後のブースに向く。
「姉ちゃん!」
そこにはちょうど、くみなが向かっていた。
その先には、はしながいる。
天敵に狙われた鼠のように怯えた様子で身を縮めていて、その額には赤くにじんだ包帯が巻かれていた。
「その傷、どうしたの!?」
「切られたの、いきなり……」
はしなから話を聞いて、くみなが目を大きく見開いた。
「お前ら……そんなに、そいつが大事か……?」
と。
羽交い絞めにされていた男の人――暴漢が悔しそうに口を開いた。
ジュンさん達の視線が、暴漢に集まる。
「大方、そのかわいい見た目に惑わされてんだろう……そいつの正体は人殺しの道具なんだぞ! 人を殺したくて殺したくてたまらない邪神なんだぞ!」
人殺しの道具。
その言葉を聞いた途端、ジュンさんやくみなが僅かに眉を動かしたのがわかった。
僕も、その言葉を聞いて一瞬どきりと胸が高鳴った。
心臓に、刃を刺されたように。
「そんな奴を庇うなんて、そんなに戦争がしたいのか、お前達は! お前らみたいな奴がいるから、お隣の国々は大騒ぎするんだぞ! この国はもう、武器を捨てたんじゃなかったのか!」
場が沈黙する。
何も反論できない。
この人は、自衛隊そのものを嫌っている人だ。
知識だけでなら知っている。
自衛隊というものは、そもそもこの国では違憲と解釈する人もいる。
当然だ。武器を捨ててもう戦いませんと誓ったはすなのに、数奇な運命のいたずらで、また武器を手にしたんだから。
真っ当に年を食った人なら、誰でも気付く事だ。
自衛隊は他の軍隊と違って、存在しちゃいけないのに存在しているという、矛盾を抱えた組織だという事を。
「……おい、お前らも! こんな奴がすぐ上で飛び回って、なぜ平然としてられる!? 見た目に惑わされるな! こいつはアイドルでも何でもねえんだ! こんな奴をのさばらせてたら、どうなるかくらいわかるだろう! ああ?」
さらに暴漢は、周りの客達にまで訴え始める。
どうやらこの人は、筋金入りみたいだ。
ネット上でしか存在を聞いた事がないタイプだけど、こうやって目の前に出て来られると、その気迫に圧倒されてしまう。
僕だったら、この人を止める事はできないだろう。
いくら自衛隊の味方をしたくても。
言ってる事がおかしいとわかっていても。
向こうの言いたい事が、わからない訳じゃないから。
「……そうか。つまり君は、兵器であるツバサ神を守る事は、悪だと言いたいんだね?」
すると。
ジュンさんがゆっくり立ち上がりながら、冷静に口を開いた。
「では聞くけど、君は日本刀が美術品扱いされるのも悪だと言うのかい?」
「……!」
途端。
暴漢が、明らかに動揺した様子を見せた。
「日本刀だって人殺しの道具だ。使われた歴史が長い分、戦闘機に負けないくらい人を殺しているだろう。それを美術品として保存するのは、我々がしているのと同じ事だ。違うか?」
「……」
「なぜ日本刀は良くて、戦闘機はいけない? 君が日本刀を肯定するなら、答えられるはずだ」
暴漢は黙り込んでしまった。
抵抗する気をなくしたのか、羽交い絞めされていた腕から、力が抜けていくのがわかった。
「くだらない話はそこまでだ! 連行しろ!」
と。
制服を着た自衛官の指揮官らしき人が声を上げると、隙を見計らったのか自衛官は暴漢を羽交い絞めにしたまま連れて行く。
集まっていた客達が自然と道を開けて、自衛官達を通していく。
これから彼は、犯罪者として取り調べを受けるだろう。
もしかしたら、ニュース沙汰にでもなるのだろうか。
「……ふう、こんな『あいつがいいのにうちはなぜ悪い』みたいな話、あまりしたくなかったんだけれどね」
その様子を見送りながら、ジュンさんはやれやれとばかりにつぶやいていた。
そんなジュンさんに、自衛官の指揮官が歩み寄ってくる。
「すまないジュン君。まさかこんな騒ぎが起きるとは……」
「いいえ。これは我々も大なり小なり予想していた事です、ミズキ一佐」
ジュンさんはそう言葉を交わすと、複雑な表情を浮かべて空を見上げる。
「それにしても、世の中は不思議だ。洗練されたものは、どれも美しい。例えそれが、人殺しの道具だとしても……」
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