幕間#3
ヤハギファイターコレクションのブースでは、はしなによる握手会が続いていた。
順番にやってくる客達に愛想よく笑みながら、丁寧に握手していくはしなは、時折手渡された物へのサインにも応じ、芸術的に崩した字で「82-7847」と書いていく。
そんな握手会の様子を、ブースの中から見守る2人の男がいた。
はしなに乗っていたセイと、自衛官のミズキ一佐である。
「はは、相変わらずかわいい子だねえ」
「おい、まさかはしなを口説く気じゃねえだろうな?」
「だとしたらどうする?」
「あんたの奥さんに通報してやる」
「ははははは、冗談だよ! セイちゃんの大事な飛行機なんて、浮気相手にしちゃ危険な賭けすぎる」
「とてもそうには見えないけどな」
「おお怖い怖い、これだからだよ。お客さんにも嫉妬しそうだ」
「うるせー」
若者と中年の会話とはとても思えない、親しい友人同士のような冗談を笑いながら飛ばし合うセイとミズキ。
それにしても、とミズキ一佐が前置きして、話題を切り替えた。
「いいフライトだった。子供の頃に見た演技と全く同じものを久しぶりにこの目で見れたよ。さすがはブルーインパルスで一番アクロの経験を積んだセイバーだ」
「そりゃどうも。きっとはしなも光栄に思うよ」
「こんな飛行機を、どうして我らはこれまでむざむざ捨てていたんだろうねえ……」
「日本人って、意外と物を粗末にするからな」
そんなやり取りをしていた頃、はしなの前に1人の男が現れた。
普通に順番待ちした末の登場だったので、傍目から見れば普通の客と何ら変わりはなかった。
はしなもまた、これまでの客と同じように対応し、手を差し出す。
しかし男は、握手をする代わりに左手ではしなの手首を強引に掴んだ。
「……?」
はしなが驚いた時には、もう遅かった。
男が顔を上げると、獲物を狙う猛獣の目ではしなをにらみつける。
空いている手には、1本の果物ナイフ。
それを逆手に持ち、無防備なはしなの顔に素早く振りかざし――
「きゃあああああっ!」
直後、はしなの悲鳴がブースに響いた。
驚いた客達は、一斉に並びを解いて散らばっていく。
「何だ!?」
「はしなっ!?」
異常に驚くミズキ一佐をよそに、セイはセイは、真っ先に飛び出した。
「いやあっ! 離してっ! 助けてっ!」
はしなは逃げようとしていたが、手をがっしりと掴まれていて逃げられない。
逆に逃げるなとばかりに引っ張られ、膝をついてしまう。
その隙に、さらにナイフを振り上げる男。
その切っ先は、明らかにはしなの胸を狙っていた。
それを、
「てめえ……神様に手を出すとは、いい度胸だなあっ!」
セイが、横から掴んで止めた。
そして、腹に膝蹴りを一発。
怯んだ男は、はしなを手放し後ずさりする。
その隙に、セイははしなに駆け寄った。
「はしな! 大丈夫か!」
「セ、セイ……」
様子を確かめると、はしなの額から赤い血が流れ、整った顔の半分が血みどろになっていた。
よりによって女の顔を汚すとは、とばかりにセイが怒りで表情を歪めた直後。
「神……? そう思ってるのは、お前らだけだ」
男が、初めて口を開いた。
明らかに怨恨に満ちた声で。
「何だと……?」
「そいつは人を殺す兵器なんだぞ? そんなものを神に仕立て上げて祭り上げるなんて正気の沙汰じゃねえって事に、なぜ気付かない……?」
途端、はしながびく、と体を一瞬震わせた。
「この国は平和を望んでいるんだ……過去の過ちを、戦争を肯定する邪神など――いらないんだよ!」
男はそう言うと、再びナイフを振り上げて向かってきた。
すかさず、セイが盾となって立ちはだかる。
振り下ろされたナイフを、両手で受け止める。
「お前……今やってる事は犯罪だぞ! 平和が望みなら暴力振るうな!」
「うるさい! お前も同類ならまとめて消してやる!」
だが、それを完全には受け止めきれていなかった。
刃が僅かに肩口へ刺さり、血が出始めている。
「セイ!」
「ち、話を聞く気はないようだな――っ!」
血を見て動揺するはしなをよそに、セイは男の腕を振り払う。
そして、出血を気にする様子もなく、拳を振り上げ男へと果敢に向かっていく。
男も応戦するべく、ナイフを構えて再度セイへ向かっていく。
「セイーッ!」
2人がぶつかり合った直後。
はしなの声だけが、空しく青い空へ響いた。
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