荒ツバサって、何者なんですか?

「荒ツバサって、何者なんですか? もしかして、世界を滅ぼす魔物だったりするんですか?」

「いや、荒ツバサは直接世界を脅かす存在じゃない。あれがどれだけ暴れようと、人間の生活そのものに大きな害はない。あれは単純に、ツバサ神とカンナギの天敵なんだ」

「天敵……」

 僕は、ジュンさんの言葉をそっと繰り返す。

「荒ツバサは、ツバサ神とカンナギ以外の誰にも認識されない形で活動するんだ。君も見たはずだ。荒ツバサが現れた時、人々の姿が消えたのを。荒ツバサが現れると周囲の空間の時間が止まり、ツバサ神とカンナギ以外の全ての生物が隔離される。ツバサ神とカンナギを、確実に狩るためにね。だから誰にも気付かれない」

 思い出す。

 あの影――荒ツバサに襲われた時、街がゴーストタウンみたいに人気がなくなっていた事を。

 そして、壊れてもいないスマートフォンの時計も止まっていた事を。

 あれは全部、荒ツバサの網にかかってしまったサインだったのか。

「でも、僕の家は爆破されたんですよ? なのにどうして――」

「そこで何か関係ない物が破壊されても、人々には単なる事故や自然災害にしか見えないんだ。恐らく君の家については、単なる火事にしか見えていないだろう」

「そんな……」

 つまり、狙われた時点で助けを呼ぼうとしても、無駄だったという事なのか。

 もしあのままジュンさん達が助けに来てくれなかったら僕達はどうなっていただろう、と考えると、ぞっとする。

「それよりも恐ろしいのは、荒ツバサに狩られたら最後、その存在が人々の記憶から消え去ってしまうという事なんだ」

 そして。

 ジュンさんはさらに、ぞっとする事を口にした。

「え……!? 記憶から消え去るって、忘れるって事ですよね?」

「そう。仮に記録に残されていたとしても、実感を伴わないものに成り下がり、やがてはその記録も風化して捨て去られる。ユウ君もあいすと再会する前は、被災したF‐2の存在を忘れていたんじゃないかな?」

「あ……」

 言われて、気付いた。

 僕は昨日あいすと出会った時、とっさにあいすの事を思い出せなかった。

 まさか、これって――

「ここ数日、被災したF-2の数機が荒ツバサによって破壊される事件が起きていてね。その影響を、君も受けていた訳だ」

 愕然とする。

 被災したF-2の何機かが、荒ツバサの餌食になっていたなんて。

 それは、僕と再会する前のあいすも狙われていたという事で――

「あいす……君も、狙われていたの……?」

「ああ。私の姉妹達はなす術なく奴らの餌食になり、私だけが必死に抵抗したさ。ユウに会いたい一心でな……もう少しユウが現れるのが遅ければ、私も消えていたかもしれぬ……」

 あいすは、複雑な表情を浮かべた顔を僕に向けないまま、答えた。

 言葉が出ない。

 だからあいすは、あの時顔色が悪かったのか、というのもあるけど。

 荒ツバサのせいで被災した戦闘機の事を忘れ去っていた自分が、同じ被災者として何だかやるせなく感じる。

 無事に修復された機体の事は小さくてもニュースになっていたから知っていたのに、修復されなかった犠牲者の事を忘れかけていた自分って何なんだろう、と。

 だから、僕は聞いていた。

「荒ツバサを何とかする方法って、ないんですか?」

「残念ながら、今の所はない」

 でも。

 ジュンさんは、僅かに顔をうつむけた。

「あったなら、30年も苦労はしない。今後の対策としてなら、ない事はないが、それもまた綱渡り同然のものでね……」

「それって、何ですか?」

「それは――」

 ジュンさんが言葉を選ぶように話を止める。

 その時。

 ドアの向こう側から、何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。

 直後。

「リーダー! 大変です!」

 ばたん、とドアが乱暴に開いた。

 驚いて見ると、そこには髭を生やした男の人が立っていた。

 それを見たジュンさんは、呆れたように注意した。

「クゲ君。用があるならノックぐらいしてくれないかい?」

「そんな呑気にしてる場合じゃないんです!」

 でも、クゲと呼ばれた男の人は、ぜえぜえと荒くなった息を整えながら、反論する。

 どうも、何か急いでるっぽいけど――

「握手会中のはしなが、暴漢に襲われたんです!」

「何だと!?」

「姉ちゃんが!?」

 途端、ジュンさんがくみなと一緒に驚きを露わにした。

 もちろん、僕とあいすも驚いた。

 クゲと呼ばれた男の人は、さらに付け足す。

「しかも止めに入ったセイさんが暴漢と乱闘になって、会場は大騒ぎですよ!」


 #3:終

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