ツバサ神を生かすためだけの存在になるんだよ

「私がまだ子供の頃、くみなはちょうどブルーインパルスで金色の帯を纏って飛んでいた。金色にきらめくその姿に、私は一目惚れだった。でも数年も経たずして、くみなはブルーインパルスから姿を消してしまった。金色のセイバーにもう会えない寂しさに浸ったまま大人になった頃、私は思わぬ偶然からくみなと再会する事ができた。その時は本当に、運命だと思ったよ……それが今から30年ほど前の話だ」

 ジュンさんは、右手薬指にある金色の指輪を見つめながら、懐かしく語った。

 それこそ、古い思い出を語る年寄りのように。

 不思議と、違和感はなかった。

 きっと、初めて顔を合わせた時から、何十歳も年上の人のようなオーラを感じていたからかもしれない。

「以来、若々しい体を保てている事は嬉しくもあるが、家族や知り合いとは付き合いにくくなったよ。変わりゆく世界の中で自分だけが変わらないというのは、意外とこたえるものだったからね。もう少ししたら、周りが年を取って死んでいくのを看取りながら生きていく事に、なるんだろうね……」

 ジュンさんが初めて、年寄りのような目で僕を見つめた。

 若々しい顔立ちには、不釣り合いな表情。

 それを前に、僕は思わず息を呑んで、問いかけた。

「それって、どういう事なんですか?」

「カンナギに、寿命というものはない。外的な要因か、パートナーのツバサ神が消えるまで、死ぬ事ができなくなるんだ。パートナーに愛を捧げ続ければ、永遠に生き続ける事もできる」

「永遠に、生き続ける……?」

「とは言っても、これは全部受け売りだ。飛行機の歴史はまだ百年程度、百年以上生きたツバサ神とカンナギがいるかどうかはわからない。ただ、他の乗り物の神に愛を捧げたカンナギには、そんな人がいたと聞いた事がある。実際に会った事はないけれど。とにかく言えるのはね、カンナギになるという事は、命を受け継ぐ世界のサイクルから外れて神の下へ行く事――つまり人間を辞めて、ツバサ神を生かすためだけの存在になるんだよ」

 人間を辞める。

 ツバサ神を生かすためだけの存在。

 その言葉が、妙に生々しく聞こえた。

 ジュンさんの経験に裏打ちされた事である、何よりの証拠だった。

「ジュンさんは、カンナギになった事、後悔してるんですか?」

「後悔? まさか」

 試しに聞いてみると。

 ジュンさんは、なぜか笑って、くみなの肩に手を回した。

「後悔していたら、30年もくみなと一緒になんかいないよ。私は今も変わらずくみなを愛している。くみなはもう、私の全てなんだ」

「もうっ、だぁりんったらー」

 肩を寄せられたくみなは、心底嬉しそうに笑う。

 そして、お返しとばかりにその額に軽く口付けた。

 満更でもなさそうに笑い視線を交わすジュンさんの表情を見ていると、2人は本当に信頼し合っている事が感じ取れた。

「例え世界が変わって私を置き去りにしても、くみなは変わらず側にいて、私を癒してくれる。これ以上に幸せな事なんてない。だから私は、くみなや他のツバサ神達に恩返しをしようと、ヤハギファイターコレクションを設立したんだ。未練を残した彼女達の、自己実現の場所にするためにね」

「自己、実現……」

「だからあいす、君に聞きたい。君の望みは何だい?」

 くみなを離したジュンさんの視線が、あいすに向く。

 あいすは急に話を振られた事に少し驚いたけど、迷わずに答えてみせた。

「ユウとの、約束を果たす事だ。ユウをパイロットとして、自由に飛ぶ。それだけだ」

「そうか。なら、我々がそれを叶える。君が完全復活したら、ユウ君をパイロットにして、思う存分ショーで飛ばそう。さっき飛んでいたあのセイバー、はしなのようにね」

「本当か……!?」

 あいすが、目を見開いた。

 僕も、それには驚いた。

 あいすが、僕と一緒に航空祭で飛ぶ?

 そう考えると恥ずかしいけど、夢に見た戦闘機に乗って航空祭という舞台で飛ぶのは、すごく魅力的だ。やれるならやってみたい。

「ああ。とは言っても、すぐにはできない。君の体の復元には、少なからず時間がかかる。それに完全復活を遂げるためには、君達が『試練』をクリアして育んできた愛を証明してみせる必要があるんだ」

 でも、ジュンさんの表情がまた真剣さを帯びた。

「愛を証明する、試練……?」

 そう言われても、僕にはなかなか実感が湧かない。

 先住民族の儀式みたいな事でもするんだろうか?

 そう思うと、何だか怖いような、恥ずかしいような……

「その事については、長くなるから後で詳しく話すが、決して楽で短い道じゃない。私はくみなを完全復活させるのに、30年も時間を費やした。はしなも大体同じくらいかかった」

「そ、そんなに……!?」

 僕は、その数字に耳を疑った。

 30年なんて、長い。長すぎる。

 下手したらひとつの時代が終わってしまうくらいの長さだ。

 どうして、そんなに――

「どうして、30年もかかったんですか?」

「そうだね……いくつか理由はあるけれど、一番の理由は『荒ツバサ』にある」

「荒、ツバサ……?」

「君達が今朝襲われた、黒い影の事だよ」

 黒い、影。

 それを聞いて、今朝の記憶が蘇る。

 突然部屋を爆破した、ゾンビみたいな謎の影。

 集団で襲い掛かってきて、ミサイルや銃撃で攻撃してきて、さらには黒い戦闘機みたいな姿にもなった。

 今思えば、戦闘機のお化けみたいな感じもする。

 あいすは前から知っていたような事を言っていたけれど、どうして僕達を襲ったのかは全くかわからない。

 どうやらそれを、ジュンさんは知っているようだ。

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