ツバサ神について説明しよう
「まずはツバサ神に選ばれたユウ君に、ツバサ神について説明しよう」
「選ばれた……?」
いきなり、気になる事を口にしたジュンさん。
僕はじっと、ジュンさんの言葉に耳を傾ける。
「ツバサ神は飛行機の神様だという事は、もう聞いていると思う。彼女達は、『生前』に未練を残したまま飛べなくなってしまった飛行機に魂を宿して生まれた、『つくも神』なんだ。聞いた事がないかい。道具は長く使用すると魂が宿る、という話を」
「……からかさお化け、みたいな奴ですか?」
「まあ、大体そんな解釈でいいよ。でも、ツバサ神は人間をたぶらかすような妖怪じゃない。彼女達の糧は、人間からの『愛』だからね」
「愛……?」
「ツバサ神は、覚醒して間もなくは戦闘機としての体が不完全で、人間からの愛を糧として本来の体を取り戻していくんだ。故にツバサ神は、1人の人間の男をパートナーに選び、愛を育む。そのパートナーこそがカンナギ――つまり君の事だよ、ユウ君。右手の指輪が、その証だ」
ジュンさんの視線が、僕の手元に向いたような気がした。
言われて、右手の指輪を見てみる。
あいすとお揃いの、「23-8114」と書かれた銀の指輪が、薬指に輝いている。
「そういえばこの指輪、僕があいすと出会った次の朝にいつの間にか……」
「ツバサ神と性的な営みを経て相性を確かめ合えた時に、その指輪は現れる。君はあいすと夜を共にした時点で、あいすのカンナギになったんだ。その指輪をはめられる男は、1人のツバサ神につき1人だけ。かくいう私も、くみなのカンナギでね」
ジュンさんとくみなが、揃って指輪を見せてきた。くみなだけ、ふふー、と得意げに笑いながら。
そういえば、あいすは指輪を見て言っていた。
我らは結ばれたのだ、のだと。
僕は本当に、あいすと結ばれていたんだ。
くみながジュンさんの事をだぁりんって呼んでいたのも、そういう事だったんだ。
「あの、パートナーって言いますけど、カンナギってどんな人なんですか?」
「簡単に言えば所有者、すなわちパイロットだね。君だってあいすを一度操縦しただろう?」
「いや、でも僕飛行機を操縦した経験なんてないですよ? なのにどうして操縦なんか――」
「あいすとシンクロしたからだよ。例え操縦方法を知らなくても、ツバサ神が心を許したカンナギならば、シンクロしてツバサ神が持つ記憶を再現する形でプロ並みの操縦テクニックを発揮できるんだ」
そうか。
あの時戦闘機の姿に戻ったあいすを最初から知っていたように操縦できたのは、あいすから操縦方法と経験を刷り込まれたような形だったのか。
ツバサ神になる前のあいすは、戦闘機パイロットを育てる部隊に所属していた。
それはつまり、新米を鍛え上げる教官が乗っていたという事。
教官は腕利きのパイロットじゃなきゃ務まらって事くらい、僕にもわかる。
そんな教官の操縦テクニックを、あいすは自分の体に刻み込んでいたんだ。
「そんなカンナギの使命は、ツバサ神に愛を捧げる事だ。とは言っても、単純にあいすと愛し合ってもらえればそれでいい。具体的には、性的な営みでね」
「性的な営みでって、ええ――!?」
真面目な顔をしたまま告げられた衝撃の事実に、僕は思わず声を上げてしまった。
でも、ジュンさんは顔色ひとつ変えなかった。
「別に恥じる事はない。それがツバサ神にとって、愛を受け取る上で一番効率のいい手段なんだ。彼女達にとっては、それが食事代わりと言ってもいい。ツバサ神は、愛さえ得られれば人間の食べ物を食べる必要は全くない。食べても体には全く影響しないんだ。だから存分に愛し合うだけでいいんだ」
「あ、別に子供はできないから安心してねー」
くみなが笑みながら、さらりと補足する。
「そう、なんですか……」
そういえば、朝あいすは言っていたっけ。
いっぱい元気をもらった、と。
まさか本当にそうなっていたなんて、何か妙に恥ずかしくなってくる――
「これだけ聞けば、毎日娼婦として扱えるように聞こえるかもしれない。けど、事はそんな単純じゃない。曲がりなりにも『神』に選ばれた以上、相応のデメリットも受ける」
でも。
ジュンさんの声色が、妙に真剣さを帯びていく。
「……え、デメリットって、何ですか?」
「簡単に言うと、ユウ君の体は、既に人間ではなくなっている」
ジュンさんがさらりと不気味な事を口にして、僕は一瞬息が止まった。
「え……!?」
「その指輪をはめた時点で、君の体は老化しなくなっているんだ。さらに身体能力も上がって、疲れにくくなっている」
さらりと、ファンタジーみたいな事を口にしたジュンさん。
思わず、僕はこれまでと何も変わらない自分の体を見下ろしていた。
「老化しない……? 疲れにくく……? そう言われても、実感が――」
「君は昨晩、あいすと寝ずに一晩を過ごさなかったかい?」
「……あ」
言われて、はっと気付いた。
昨日の夜は、寝た実感が全然なかった。一晩中あいすを抱いていたような気がしていた。
でも、寝不足な感じは全然しなかった。もっとやれると思うくらいに。
確かにそれは、普通の人じゃあり得ない。
けど――
「確かに、疲れにくくなっている感じはします……でも、老化しないっていうのは、実感が湧きません。体が若いまま何十年も生きたカンナギなんて、いるんですか?」
「いるよ、すぐ目の前に」
僕が聞いてみると、くみながよくわからない答えを返した。
「へ?」
「じゃあ、ここでクイズ。だぁりんは何歳でしょーか?」
「え? 普通に20代くらいに見えますけど――」
「ぶぶー」
くみなが陽気に、唇を尖らせる。
「正解はぁ、こちらでっ!」
そして、おもむろに何かの紙を僕に渡した。
手に取ってみるとそれは、1枚の写真だった。
結構古いのか縁がボロボロで、どこかの部屋でジュンさんとくみなが今と変わらない笑顔で映っている。
なんでこんなものを、と思った時、右下に日付が書いてあるのを見つけた。
そういえば、古い写真だと一緒に撮った日付が印字されるんだっけ。
「その写真、だぁりんと出会ってから5、6年くらい後の写真なんだけど――」
え、どういう意味だ。
それだと、日付的におかしい事になる。
だって。
写真の日付の最初に、「86」って数字が書いてあるんだから。
つまりこの写真は、30年も前のものという事になる。
なのに映っているジュンさんもくみなも、今と全く姿が変わっていない。
神様のくみなはまだいいとして、ジュンさんの姿が同じなのは明らかに不自然だ。
この写真が正しいなら、ジュンさんは50代の中年じゃなきゃおかしい事に――
「あ」
そこで、気付いてしまった。
くみなが言おうとしていた事に。
「驚いたかな。その写真に写るのはトリックでも何でもない、30年前の私の姿なんだ」
ジュンさんははっきりと、とんでもない事を口にした。
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