人々に愛された翼を、もう一度空へ――
セイバーのショーが終わった後、僕達はくみなにあるブースへ案内された。
「ヤハギファイターコレクション……?」
大きく書かれたロゴを、僕はなぜか口に出して読んでいた。
ショーが終わった後、あのツバサ神――はしながこの名前を口にしていたけど、見た所は普通の出店って感じで、第一印象はあまり特別な感じには見えない。
でも、目の前にはかなりの行列ができている。
よく見てみると、その先にはしなの姿があった。
愛想よく笑いながら並んだ客と順番に握手を交わし、何やら色紙とかにサインをしているようにも見える。
どうやら握手会をしているらしい。
「あ、くみなちゃんくみなちゃん! はしなちゃんもよかったけど、君が飛んでくれる事にも期待しているよ!」
「え、そうなの? 嬉しいなあー。よし、そんなお客さんにはサインのサービス!」
くみなも、ある客に声をかけられて愛想よく応対していた。
それにしても、結構人気みたいだけど、ヤハギファイターコレクションって何なんだろう。
僕が航空祭に毎年行っていた頃には、こんなものなんてなかった。という事は、最近出てきたものだろうか?
そんな事を思っていると。
「ユウ、これを見ろ」
ふと、あいすが何かを手に取っていた。
それは、ブースの前で『ご自由にお取りください』と置かれていたパンフレットだった。
『人々に愛された翼を、もう一度空へ――』
一緒に見てみると、そんなキャッチコピーが目立つ。
大きく映っているのは、さっき飛んだセイバー・はしなの本来の姿と、ツバサ神としてのはしなが一緒に映った写真。
そして、下の方には、『ヤハギファイターコレクションは、ツバサ神となった自衛隊機を動態保存する、日本初の軍用機保存団体です』とも書かれていた。
「軍用機保存団体、とはどんな組織なのだ? コレクション、も変な言葉だが……」
「え、そんな事、僕に聞かれても……」
あいすの質問に、僕は答えられなかった。
軍用機の動態保存なんて、僕も聞いた事がないから。
「あ、だぁりーん! 連れてきたよー!」
応対を終えたくみなが、注文内容を厨房に伝える店員のように呼びかけた。
「だぁりん?」
僕とあいすは、思わず声を揃えていた。
本当に使っている人なんていないだろうと思っていた言葉を、さらりと客達の前で言いのけたんだから。
すると、1人の男の人がゆっくりとブースの奥から姿を現した。
その姿を見た途端、僕は少し驚いた。
「あ」
「やあ。君達が来るのを待っていたよ」
ジャケットを着たポニーテールの若い男の人。
あの時、僕を助けてくれたくみなと一緒にいた人だったから。
「キヨト・ユウ君、だね?」
「はい、そうですけど……どうして名前を?」
「いや、すまない。君が持っていたスマートフォンで名前を確認したんだ。で、そちらが君のツバサ神だね」
「あ、はい」
何だろう。
見た目は若いけど、その穏やかさは何か不釣り合いというか。
何か、何十歳も年上の人と話している感覚になるのは、気のせいだろうか。
「こんな所ではじっくり話もできない。場所を変えよう」
そんな僕をよそに、どういう訳か場所を変えて話す事になった。
* * *
案内されたのは、基地の多目的室だった。
長テーブルの前にくみなと一緒に座る男の人と、向かい合う形で座るという、まるで面接みたいな構図に、僕は少し緊張してしまう。
どんな話をされるのかわからないのなら、猶更だ。
一応隣にはあいすがいるけど、向こうはあまり緊張している様子がなかった。
あいすが、横目でちらりと僕を見た。
うう、隣にあいすがいる所で緊張するなんて、何かみっともない。
だから、とにかく僕は平常心を装おうと自分に言い聞かせた。
「名乗り遅れてすまないが、私はヤハギ・ジュン。ヤハギファイターコレクションの代表を務めている」
「だ、代表、ですか……!?」
驚いた。
こんな若そうな人が、代表だなんて。
でも、不思議と違和感がなかった。
何というか、雰囲気的に代表でもおかしくないオーラを持ってる、というか。
「代表、か。ならば聞きたい事がある」
すると、早速あいすが男の人――ジュンさんに問いかけた。
「そなた達は、なぜ私とユウを助けてくれたのだ? 軍用機保存団体とやらである事と、何か関係があるのか?」
「そうだね。端的に言えば、君達を保護するためだよ」
「保護?」
ジュンさんの言葉に、あいすも僕も首を傾げた。
ジュンさんは、言葉を続ける。
「君達は、
そうか。
今でもイベント列車として時折走っているSLみたいに、外国では古い飛行機が今でも飛んでいるって事なのか。
確かにそんな事は、この国じゃ聞いた事がない。パンフレットに書いてあったように、日本初なんだ。
「故に、我々ヤハギファイターコレクションは、目覚めたツバサ神を保護し、復元する活動をしている。我々の下に来るならば、その不完全な体を復元する助力を惜しまないと約束しよう。もちろん、衣食住も保証する」
「い、衣食住も保証って、寮みたいのがあるって事ですか!?」
「そうだね」
「ええ……!?」
その条件は、すごく魅力的だった。
何せ僕は無職だし、部屋だって訳がわからない敵によって壊されたばかり。
なら、ヤハギファイターコレクションに行けば、あいすとちゃんとした生活ができる――
「そうか、だが断る」
でも。
あいすはなぜか、それを拒んだ。
「助けてくれた事は感謝する。だが、コレクションと称するそなたらのものになるのは、気に食わぬ」
「え、ちょっと、どうして!?」
驚いた僕が思わず聞くと、
「私は、身も心もユウのものだからだ」
あいすは、見せつけるように僕の腕に抱き着いて、そう主張した。
押し当てられて存在を主張する、大きな胸。
人前でそんな事されたら、動揺しないはずがない。
「ちょ、ちょっと、あいす……!?」
「ユウ。私は他の誰でもない、そなたの自家用機になりたいのだ」
「じ、自家用、機……!?」
「ユウとて、こんな見知らぬ輩に私を売り渡す気などないだろう?」
妙に艶っぽい上目遣いで、僕に問いかけるあいす。
どう答えればいいのか、わからない。
というか、あいすは何か勘違いをしているような気がするんだけど――
「おお、熱いねえ……」
ああ、くみなも見ているし。
一体どうすれば正解なのかわからなくて、僕は視線を泳がせるばかりだった。
「その心配なら無用だよ。我々は君達を引き剥がす事はしない」
でも。
ジュンさんが、そこの所をフォローしてくれた。
「ユウ君は君のカンナギだ。引き剥がしてしまったら、復元させる所か逆に消滅させる事になるからね」
「何……?」
「むしろ思う存分愛し合ってもらいたい。ヤハギファイターコレクションは、そのための『愛の巣』なんだ」
でもその後、気になる事を口にした。
カンナギって聞き慣れない言葉もそうだけど、思う存分愛し合え、って所も。
それには、あいすも少し驚いたようで、ジュンさんを疑い深くにらむ。
「それにこの人は、あいすを盗らないよ。だってくみながいるもんね、だぁりん?」
すると、くみなが見せつけるようにジュンさんに横から抱き着いてきた。
「くみな」
ジュンさんは困ったように言うけど、満更でもなさそうに笑んで、くみながおもむろに伸ばしてきた左手を右手で握った。
その時僕は、重なり合った右手と左手に、金色の指輪がはめられている事に気付いた。
色は違うけど、もしかして僕達のものと同じ――?
「……どういう事なのだ?」
「そうだね。そのためには、まず君達がどういう存在なのかを説明する所から始めないといけない」
あいすが問うと、ジュンさんはくみなを離してから、ゆっくりと語り始めた。
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