また、ハチロクブルーの演技が見られるなんて……!

 もっと近くで見ようというくみなの提案で、僕達は飛行場の中へ招かれた。

 駐機場エプロンに並んでいる飛行機の種類こそ普通の航空祭より少ないものの、その隙間を埋めるごとく多くの人々で賑わっていた。

 彼らは再び現れる新旧ブルーインパルスの編隊を待ち、右側の空を見上げている。

『進入して参りました』

 ナレーションと共に、スモークを噴き出して姿を現す7機のブルーインパルス。

 予告通り右側から僕達の前にやってくると、編隊ごと右に大きく傾いて、ゆっくり旋回を開始した。

 ジェットエンジンの音が通り過ぎ、カメラのシャッター音が響く。

 編隊は青い1本の軌跡を描きながら、ゆったりと、堂々と大きく旋回していく。

 性能の異なる機体の編隊に混じっているにも関わらず、セイバーはその間全く編隊を乱さなかった。

 編隊が目の前に戻ってくる。

 旋回を終えて青い軌跡を描き終えた編隊から、セイバーが離脱した。

 さっきよりもさらに急激な旋回で、右側の空へと消えていく。

『さあ、ここからは、セイバー単独でのアクロバットを披露いたします。現役時代に実際に披露されていた演技の数々を、とくとお楽しみください!』

 どうやらこれからは、セイバーのみの演技になるらしい。

 これからこの空は、復活したセイバーの貸し切りになる訳か。

 右側へ戻ってくると、早速、最初の演技が始まった。

『まずは、低空での高速飛行「ハイスピードローパス」です。たった10メートルという、かつて草をむしったとさえ言われたほどの低さを、新幹線の3倍以上もの速さで飛んでいきます!』

 青いスモークを噴き出して現れたセイバーは、ものすごい低さで飛んでいた。

 一軒家の屋根を掠めるんじゃないかと思うほどの低さで、滑走路の上を高速で駆けていく。

 機首に書かれた「847」の文字が、轟音と共に一瞬で通り過ぎていく。

 その姿は、まさに「青い衝撃」の名にふさわしいものだった。

「すごい……本当に、あの頃と同じだ……!」

「まさかまた、ハチロクブルーの演技が見られるなんて……!」

 周りにいる観客の誰かが、そんな感想を漏らす。

 そんな観客達の前を、上昇して悠々と飛び去って行くセイバー。

 さらに、演技は続く。

 垂直上昇したままくるくると横転ロールする『バーティカルロール』。

 逆さまになって飛ぶ『インバーテッドフライト』。

 90度ずつぴったりカクカクと横転ロールしてみせる『4ポイントロール』。

 横倒しの8の字を空に描く『キューバンエイト』。

 背中を見せながら大きなアーチを描く『レインボーアーチ』。

 その全てが、寸分の狂いもなく僕達の前で披露された。

 たった1回しか飛んでいない僕でもわかる。

 その技全てが、経験に裏打ちされた熟練の技だと。

『続いては、空いっぱいに大きな四葉のクローバーを描く、「クローバーリーフ」です!』

 あっという間に、最後の演技になってしまった。

 右側からやってきたセイバーは、左側で右斜め寄りの大きな宙返りを開始する。

 それがクローバーの葉の一枚として描き終えると、僕達の頭上を通過していった。

 さらに、左後ろ側の空で2回目の宙返り。

 2枚目の葉を描き終えると、左側に戻って来て、さらに右斜め寄りの宙返りを続ける。

 まだやるのか。

 連続した宙返りなんて、かなり体力的にしんどいはずだ。

 僕もあの戦いの中で旋回の時のGを経験したけど、体を押し潰してくるGに耐えるのは思った以上の重労働で、5分以下の空中戦でも結構しんどかったほどだった。

 それでも、セイバーは3枚の葉を描き終えて僕達の後ろから飛んでくると、最後の葉に取り掛かる。

 全ての宙返りを寸分も狂いもなく終え、空に四葉のクローバーを描き終えたセイバーは、堂々と左側の空へと離脱していった。

 最後の演技を終えたセイバーを見送って、駐機場エプロンが拍手に包まれた。

「かっこいいぞー、はしなちゃーん!」

 観客達を見回してみると、そう叫びながら感極まって涙を流してしまっていた年寄りもいた。

 最後に発した名前が、ちょっと気になったけど。

「はしなって、誰だ……?」

「あれ、見てなかった? 『847』って番号。くみなやあいすと同じニックネームだよ」

 自然とつぶやいた僕に、くみなが口を挟んできた。

 あいすと同じ、ニックネーム。

 確かに「847」って数字はそうも読めるけど、どうして観客がそれを知ってるんだ?


 10数分の演技を終え、セイバーは着陸した。

 手を振る観客達に出迎えられながら、エンジン音を響かせ駐機場エプロンの前にやってくる。

 エンジン停止。空に静寂が戻る。

 ヘルメットを脱いだパイロットが降りてくると、観客達は惜しみない拍手を送った。

 満面の笑みを浮かべながら手を振る彼は、意外にも若い人だった。

 僕よりも少し年上程度にしか見えない。

 いかにも体育会系といった感じで、野球やバスケでもやっていそうな印象のベリーショートヘアーが特徴だった。

 すると、セイバーが不意に光に包まれたと思うと、その姿が縮んでいく。

 どこかで見たような現象、と思っていると、光が消えたセイバーは、清楚な印象の女の子に姿を変えていた。

 外側が青で内側が朱色という不思議な色をした、ふわりと膨らむ長い髪が特徴的だった。

 首には青い宝石をあしらったチョーカー。

 シャツとズボンは、ダンサーを連想させるシンプルで動きやすそうな服装。

 その胸には、ブルーインパルスのエンブレムがバッジとしてついている。

 その姿に、観客全員の視線とカメラが集まり、はしなちゃーん、という声が次々と聞こえ始めた。

「ええ……!?」

 僕は驚いた。

 ツバサ神って人前に堂々と出てくるものなの、っていうのもあるけど、観客達がそれを見ても、全然驚いていない。最初から知っているみたいに。

 そんな僕をよそに、ゆっくりと目を開けた女の子――はしなは、観客達を前にして自然と表情が緩む。

 駆け寄ってきた人からマイクを渡されると、観客達に語り始めた。

「ご来場の皆さん。本日は、私の演技を最後までご覧いただき、ありがとうございました。ヤハギファイターコレクションの協力の下、私はおよそ35年ぶりに、この浜松の空で舞う事ができました。これも、全て皆様の寄付と応援のおかげです。私は――82-7847号機は、ツバサ神として蘇ってから、今ほど嬉しい事はありません! 本当に、本当にありがとうございました!」

 はしなが一旦言葉を止めると、再び拍手が起こる。

 すごかったよー、ありがとー、という声が拍手に混じって聞こえてくる。

 途端、はしなの目元が僅かに潤み始めたのがわかった。

「私はこれからも、パートナーのセイと共に、二人三脚でがんばっていく所存です。皆さん、どうかこれからも、私を、セイを――応援よろしくお願いいたします!」

 パイロットと揃って、頭を下げるはしな。

 そんな2人を祝福するように、会場は三度拍手と口笛に包まれた。

 頭を上げたはしなは、あまりの嬉しさからか、目元を指で拭きながらしゃくりあげ始める。

 そんなはしなを黙って抱きしめたパイロットの目もまた、嬉しさからか潤んでいた。

「いよっ、日本一ー!」

 見ればくみなも、ハイテンションに声を上げて、拍手を送っている。

「……うむ、お見事だった」

 そしてあいすも、いつの間にか同調して拍手していた。

 1人浮く事になった僕も、合わせて拍手する。

 ツバサ神って、ショーの主役になれるんだ、って思いながら。

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