なぜツバサ神が、航空祭で飛んでいるのだ?

 スマートフォンを確認すると、時刻はとっくに昼を過ぎていた。

 晴れた空がまぶしい外に出た途端、僕は目を疑った。

 目の前にあるのは、飛行場。しかも、空港じゃない。

 存在する施設はターミナルビルのようなきれいな建物ではなく、武骨な緑色の格納庫だった。

 その並びは、僕にとって馴染みのある飛行場を思い起こさせた。

 最近は行こうにも行けなかった所で、僕とあいすにとっても縁のある場所――

「こ、ここって――!」

「私が所属していた、松島基地か」

 あいすが、僕の代わりに冷静に答えた。

「大せいかーい! ここは航空自衛隊の松島基地!」

 くみながハイテンションに右手を振り上げて、正解を告げた。

 見ると、格納庫の前を、多くの人が行き交っている。

 自衛隊の人じゃない。どう見ても一般人だ。

 しかも、奥からは何やら音楽も聞こえてくる。

 まるで航空祭のような雰囲気だけど、不自然だ。

 松島基地は今、航空祭を開催できるような状態になかったはず――

「何だか、一般人が多くいるようだが……航空祭か?」

「あれ? 知らない? 今日『復興感謝イベント』ってショーがある事」

 やっぱりあいすが僕の疑問を代わりに問うて、くみなが答える。

「復興感謝イベント……あ、そういえば――」

 僕は、ようやく思い出した。

 この松島基地は、津波で被害を受けた教訓を踏まえて復旧を兼ねた改装工事を行い、今年無事にそれを完了したという話を。

 それを記念したイベントが今年開かれるという話も聞いていたけど、すっかり忘れていた。

 僕の心理状態は、もうそれどころじゃなかったからなあ。

「でも、どうして君が航空祭真っ最中の松島基地に?」

「そりゃもちろん、ショーに参加するためだよ!」

 素朴に湧いた疑問を口にすると、くみなは意外な答えを返した。

「ショーに参加?」

「だって、本業だもん」

 僕とあいすは、顔を見合わせた。

 不思議そうな顔のあいすと同じように、僕も不思議に思う。

 僕達を助けてくれた人の本業が航空祭って、どういう事なんだろう、って。

 そんな時だった。

『進入して参りました。会場左手方向をご覧ください。時を超えた――』

 突如、軽やかなナレーションが聞こえてきた。

「おっ、ちょうど来たみたい!」

 ナレーションを遮ったくみなが、最初から知っていたかのように左側の空を見上げる。

 僕とあいすも、釣られて左側の空を見上げる。

 格納庫が陰になっていてよく見えないけど、ジェットエンジンの音ははっきりと聞こえる。

 この甲高いエンジン音は――と思っていると、建物の真上に飛んできていた飛行機が姿を現した。

 白と青のカラーリングをした、丸っこいデザインの飛行機が6機。

 ドルフィンの通称を持つ練習機・T-4だ。

 それが航空自衛隊のアクロチーム・ブルーインパルスのものだってすぐにわかったけど、妙に違和感を覚えた。

 6機は、先頭の1機に5機の傘型編隊が続くスワンという編隊を組んでいる。

 でも、どういう訳か。

 スワン編隊の内側に、もう1機別の飛行機が紛れ込んでいた。

 存在を主張するかのように、1機だけ青いスモークを噴くその飛行機。

 T-4じゃない。

 塗装は似ているけど、裏側が赤い。

 しかもそのシルエットは、僕達を助けてくれた戦闘機と同じ――

 ほんの数秒で通り過ぎていった編隊を、僕とあいすはぽかんと見送っていた。

「何か、混ざってた――」

「ああ、間違いなく、セイバーだったな……」

 僕もあいすも、それしか言葉が出ない。

 ブルーインパルスは、本来6機編成だ。

 なのに存在しないはずの、7機目のブルーインパルスがいた。

 しかもそれは、くみなの本来の姿と同じ、セイバー。

 加えてあの塗装、という事は――

は、まだまだ続きます。編隊はこの後、右手方向から戻って来て、皆様の前で旋回を披露します』

 ナレーションが、その答え合わせをしてくれた。

 という事は、やっぱり――

「ねえ、さっきのって、やっぱり――」

「いかにも! 35年の時を経て復活した、元ハチロクブルーのセイバーなの!」

 くみなはその問いを待っていたとばかりに、嬉しそうに説明する。

 ハチロクブルー。

 それは、ブルーインパルスが初代の機体たるセイバーを使っていた時代の通称だ。

 ブルーインパルスの歴史はセイバーから始まったという事は、通の人なら誰でも知っている。

 それが、復活したというのか。

 古い自衛隊機が復活して航空祭で飛ぶなんて、あり得ない事なのに――

「それに、あの気配――どうやら、ようだな」

 と。

 あいすが、気になる事を口にした。

「あやつも、私の同類――そなたが言う『ツバサ神』、か?」

 あいすは、くみなをじっと見つめて問う。

 するとくみなは、

「いかにも! あのセイバーもツバサ神! くみなの姉ちゃんにして同僚って所! で、うちには後もう1人ツバサ神がいるんだけど、もう飛び終わっちゃったから残念だなあー、見せたら絶対びっくりするのに!」

 相変わらず得意げに答えた。

「なぜツバサ神が、航空祭で飛んでいるのだ?」

 あいすは、さらに問う。

 くみなも、さらに答える。

「それが、くみな達の本業だから、だよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る