飛行機の、神様――
「我こそは――ぐへっ!?」
堂々と部屋へ足を踏み入れようとした女の子は、開けた勢いで跳ね返ったドアに、思い切り弾かれた。
まるで漫画みたいに大袈裟な動きで、真横へ倒れる女の子。
あまりに大袈裟すぎたから、大丈夫、って一瞬言いそうになったけど、
「つぅ……はは、あはははは……! まあ、多少の失敗は、ご愛敬という事で……」
女の子は苦笑いして頭を掻きながら、ゆっくりと立ち上がる。
何だか大丈夫そう。少し(?)安心した。
「何なのだ、こやつは?」
「ああ。この人は、僕達を助けてくれたんだ」
首を傾げるあいすに、僕は体を起こしながら説明した。
こやつがか、とあいすは信じられないような表情を浮かべたけど、
「そうそう! 話がわかるねえー、キミ! いかにも、キミ達を助けてここまで運んだ張本人であるっ!」
女の子は、得意げに胸を張ってベッドの前に歩いてくる。
近づいてくると、サロペットの上からでもわかる大きな胸の膨らみが、はっきりとわかった。
「あの時は、助けてくれてありがとう。ところで、1つだけ聞きたい事があるんだけど」
「おぅ、遠慮なくご質問をどうぞ?」
「君も、戦闘機なの?」
そう。
僕の記-憶が正しければ、この女の子は、目の前で戦闘機から女の子の姿に変わった。
あいすと同じように。
それに、首に付けているチョーカーのデザインも、あいすと同じものだった。
だから聞いてみたけど、女の子は待ってましたとばかりに堂々と答えた。
「いかにも! そこのキミと同じツバサ神なの!」
「ツバサ神……?」
聞き慣れない単語が出てきた。
神って、どういう事なんだ?
しかも、あいすに視線を向けて言っているという事は――
「まあ、早い話が昔飛んでた飛行機の神様って事!」
「飛行機の、神様――って、ええ!?」
僕は、ようやく事の重大さに気付いた。
まさかあいすが、神聖な神様だったなんて――
「あいすって、神様だったの!?」
「……そういう事に、なるらしいな……」
驚いて、本人に聞いてみる。
でも、あいすも少し戸惑っている様子だ。神様と呼ばれるのは初めてみたいに。
「まあ、神様だからってそんなに改まらなくてもいいから! 別に偉い訳でもないし! という訳で、こっちの自己紹介。番号は92-7937。くみなって呼んで! 種族は旭光――いや、ハチロクとか、セイバーって言った方がわかりやすいかな?」
一方の女の子は、胸に手を置いて名乗った。
旭光、そしてハチロク。
それに、見慣れた形式の番号。
という事は――
「もしかして、自衛隊のセイバー?」
「いかにも! 三菱生まれの第2飛行隊育ち! 2年くらいだけど、ブルーインパルスでリーダーやってた事もあるんだから! この金色が、その証! 日本唯一の金色セイバーとは、このくみなの事なのだっ!」
女の子――くみなは、髪の房の片方を得意げに手で持ち上げてみせる。
セイバーとはすなわち、かつて航空自衛隊が初めて装備した戦闘機、F-86Fセイバー。
そしてブルーインパルスと言えば、有名な航空自衛隊のアクロバットチーム。
昔ブルーインパルスでは金色のセイバーがリーダー機を務めた事がある、という話はプラモデルにもなるほど有名な話だ。
そのセイバーが、目の前にいるくみなって事なのか。確かに、プラモデルの箱で見た金色のセイバーには、機首に大きく「937」と書かれていた気がする。
「で、確認するけど、キミはF-2のツバサ神なんだよね?」
「ああ。第21飛行隊に所属していた、23-8114だ。あいすと呼んでくれ」
「あいす……ね。はい、本人確認完了。じゃあこれは、キミので間違いないね?」
まるで免許証を確認したかのような事を言ったくみなは、懐からあるものを取り出した。
今までずっと忘れていたものを見せられて、あいすの声色が変わった。
「それは――!」
「この操縦桿、助ける時に落としていたけど――」
「返せっ!」
それを見た途端、あいすは乱暴にくみなの手から操縦桿を奪い取った。
「これは、私とユウの固い絆の証だっ! よそ者が気安く触っていいものではないっ!」
そう言い放つと、あいすは毛布で操縦桿を懸命に拭き始めた。
手についた汗や指紋を、拭き取ろうとしているかのように。
「あ、あいす……それはちょっと大袈裟だって……」
「おー、お熱いようですねえー」
ちょっと呆れた僕に対して、どこかからかうようににやにや笑いながらつぶやくくみな。
「で、キミはユウって言うんだ?」
そして、僕に視線を向けて聞いてきた。
僕は戸惑ったけど、自分だけ名乗らないのも変だから、とりあえず自己紹介する。
「あ、うん。キヨト・ユウ。こう見えても、無職」
「おっけー。じゃ、早速会わせたい人がいるから――」
すると、くみなが突拍子もない事を言い出した。
「会わせたい人?」
「今すぐ服を着てもらえますかねー?」
「……あ!」
そう言われて、僕とあいすはずっと裸のままくみなと話していた事に気付かされた。
「あいすのはもう直ってますしねー。じゃ、着終わるまで外で待ってますのでー。それではー」
それを知ってて今まで会話していたかのように軽い調子で、くみなは手を振りながらドアの向こうへと去っていく。
再び部屋は、僕とあいすだけの空間に戻る。
でも僕は、顔中に感じる焼けるような熱さのせいで、すぐに動く事ができなかった。
それはどうやら、あいすも同じだったようだ。
窓の向こう側から、どこか懐かしいジェットエンジンの音が、かすかに聞こえたような気がした。
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