幕間#2
この日、晴天に恵まれた航空自衛隊松島基地は、多くの人々で賑わっていた。
かつての震災で大きな被害を受けたこの基地では今、『復興感謝イベント』と称した5年ぶりの航空祭が開かれていたのだ。
とはいえ、それほど規模は大きくなく、展示されている航空機のレパートリーも少なめ。人々が行き交う
それでも、今回の航空祭にはそれを補って余りあるほどの見世物が用意されていた。
それが――
ぱらぱらぱら、と古めかしいエンジン音が響き、プロペラが回る。
観客達が見守る中でエンジンを始動させたのは、胴体を斜め上に起こす形で立つ、古いプロペラ機であった。
翼に備えた2つのプロペラと、すらりと伸びた丸みのあるボディが特徴的な、大型機。
電車のように並ぶ窓は、このプロペラ機が輸送用である事を証明している。
胴体は濃緑色に塗られ、日の丸が日の光を浴びて誇らしげに輝いている。
その姿に、観客達の無数の視線が集まり、カメラのシャッター音がエンジン音に混じって響き続ける。
『ではここで、零式輸送機について説明いたしましょう。零式輸送機は、当時世界中で使用されていたダグラスDC-3型旅客機をベースに、エンジンを国産の「金星」に換装するなど、日本独自の改良が施されたモデルです。その優秀な性能から、太平洋戦争線期間を通じて、旧日本海軍の有力な輸送機であり続けました。今回、映画――』
高らかなナレーションをかき消すように、プロペラ機――零式輸送機のエンジン音が高鳴り始め、ゆっくりと前進を開始した。
おお、と観客達の声が揃う中で、零式輸送機は左旋回。
機首にあるコックピットの窓からは、なぜか高校生のようなブレザーを着た齢20にも満たない外国人少女の姿があり、観客達へにこやかに手を振っていた。
観客達もそんな彼女を、手を振って見送っていた。
『さあ、離陸の準備が整ったようです。半世紀以上の時を超えて、濃緑に塗られた日本の翼が、いよいよ皆様の前で舞い上がります!』
滑走路にたどり着いた零式輸送機は、ナレーションを合図として、ゆっくりと加速し始めた。
尾部がぐっと上がり、胴体が水平になるのと同時に、加速がさらに増していく。
そして、古風な羽音を響かせながら、ふわり、と空に舞った。
おお、と観客達が歓声を上げ、さらにシャッター音の合唱が響き始める。
飛び立った零式輸送機は、大型機故に派手な曲芸飛行こそしないものの、観客達の前でゆっくりと旋回してみせるなど、安定したフライトを見せた。
ただ飛んでいるだけでも、零式輸送機には人を惹きつける不思議な力があった。
『最後に、左手から皆様の前を、背中を見せながら通過いたします。皆様、カメラの準備はよろしいでしょうか?』
そして、ナレーションと共に観客の左側から現れた零式輸送機は、機体を大きく右へ傾け、観客達に背中を向ける形で緩い旋回をしながら通過していく。
シャッター音の喝采を浴びながら去っていくのを、いつの間にか会場にやってきていたジュンが1人静かに見送っていた。
「うまく言っているみたいだね」
そうつぶやくと、あるテントの下にあるブースへ向かった。
大きく『ヤハギファイターコレクション』と書かれたロゴが付いているそこの出店には、いくつものおもちゃやプラモデル、帽子などのグッズが並んでいたが、いずれも現代には存在しない古い飛行機のものばかりであった。
今行われているフライトの合間にも、グッズを手に取る客が多く、それなりに繁盛しているようだ。
そんなブースの中に、ヘッドセットを付けて座っている1人の若い髭の男を見つけた。
ジュンは、そんな彼の肩を軽く叩き、声をかける。
「やあ、クゲ君。ショーの調子はどうだい?」
「おお、リーダーじゃないですか。戻ってこられたんですね。今ちょうどにっしーが飛んでる所ですが、予想以上に大盛況ですよ。映画の撮影に――あ、すみません待ってください」
クゲと呼ばれた男は、ジュンに気付いて答える途中で空へ顔を戻し、ナレーションに戻る。
『皆様。どうやら最後に、もう一度だけパスを行ってくれるようです。着陸する前に、会場右手からもう一度、皆様の前を通過します』
「お、サービス精神旺盛だね、彼女も」
ジュンが感心した様子でつぶやく。
クゲのナレーションからしばらくすると、零式輸送機が再び戻ってきた。
予告通り右手から現れ、そのまままっすぐ通過していくように見えたが、観客達の前で、ゆっくりと翼を左右に振る。
人で言う「手を振る」動作に相当する、挨拶だ。
零式輸送機は最後の挨拶を終えて、古風な羽音を残しつつ去っていく。
『以上で、航過飛行を終了いたします。では最後に、ツバサ神のにっしーから皆様へご挨拶願いましょう。にっしー!』
クゲが、テレビ番組のように呼びかけると、間もなくして返事がきた。
『はぁーい。皆さぁーん、ツバサ神のにっしーですわぁ。今日はぁ、この私のフライトを見に来てくれてぇ、本当にぃ、ありがとうございましたぁー』
聞こえてきたのは、妙に間延びした口調で話す、おっとりした少女の声だった。
『こうやってぇ、皆さんの前に帰ってこられたのもぉ、皆さんの応援のおかげですわぁ。これからもぉ、私とヤハギファイターコレクションの応援、どうかぁ、よろしくお願いしますわねぇー』
少女が挨拶を終えると、
その様子を見届けたクゲは、ふう、と安心したように息を吐くと、ヘッドセットを外して再びジュンに顔を向けた。
「ヒトミちゃんの依頼品は見つかったんですかい?」
「残念ながら、お土産探しはまだしてなくてね」
「そうじゃなくて、新しいツバサ神の事ですよ」
「ああ失礼、そっちの方か。無事に見つけられたよ。カンナギも一緒にね。今は気を失っているけれど、もうじき目を覚まして営みに励むだろう」
「へへ、そうですか……羨ましいもんです」
営み、という単語を聞いた途端、くく、とクゲが小さく笑う。
だが、その表情はすぐに真面目なものに戻る。
「しかし、どうするんですかい? 現代の戦闘機なんて、専門外なんじゃ――」
「確かに、その通りではある。でも、例え現代機だとしても、保存する価値がない訳じゃない。それに、もしかしたら彼女が、揃えるべき5機の自衛隊機の1機かもしれないと思うとね……」
「頭がお固い自衛隊さんを、説得できる自信はおありで?」
試すようなクゲの問いに、ジュンは一瞬言葉を選ぶように間を置き、
「やってみる価値は、あると思っている」
ここにない何かを見つめるように、青空を見上げながら答えた。
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