初めまして、だね

『この体は、もう持ちそうにない……』

 画面の中のあいすは、マラソンの途中で力尽きかけているアスリートのようにしんどそうな表情をしていて、体が若干前のめりになっている。

「持ちそうにないって、どういう――」

 聞こうとした瞬間、銃撃が飛んでくる。

 しまった。いつの間にか後ろを取られた。

 すぐに左旋回して回避。

 左下45度の角度で降下しつつ、体勢を立て直そうとした。

 そんな時だった。

『すまぬ、もう、限界だ……』

 あいすがそう言った直後。

 さっきまで聞こえていたタービン音が、止まった。

 同時に、画面も全部消えてしまって、警告音も止まる。

 こんな時に、エンジン停止?

「え!? ちょ、ちょっと、待って!」

 操縦桿を動かすけど、全く反応しない。

 引き起こせない。操縦不能だ。

 どういう事なんだ?

 ハイテク機のF-2にも、確か緊急用のアナログ式操縦系統があるはずなのに、なんで機能してないんだ?

 戸惑っている間にも、機体は音もなくどんどん地上の街並みに吸い込まれていく。

 ぐるぐると反時計回りに回るアナログ式のメーターが、高度が落ちている事を静かに警告してくる。

「どうして、どうして反応しないの!? ねえ、何か答えてよあいす! まだ、敵はいるんだよ!」

 どんなに操縦桿を引きながら呼びかけても、あいすの返事は全くない。

 そうしている間にも、街並みはどんどん迫ってくる。

 まずい。

 こんな所に落ちたら、大惨事になってしまう。

 でも、何もできない。

 このまま僕は、なす術なく地面に叩きつけられるしかない。

 そうなったら、当然待っているのは――!

「うわああああああっ!」

 思わず叫んだ瞬間、僕の目の前が真っ白になった。


     * * *


「う、ぐ……」

 気が付くと、僕は無人の道路の真ん中で倒れていた。

 何だか、ものすごい衝撃で叩きつけられたような気がする。体中がひどく痛くて、ちょっとでも動いただけで意識を持っていかれそうになる。おかげで立ち上がれない。

 服装はいつの間にか、元に戻っている。

 さっきまでの戦いは夢だったのかと錯覚しそうにもなるけど、

「……っ、あいすっ!?」

 隣を見ると、ぐったりとあいすが倒れていた。

 前と同じように、ボロボロに破れたワンピース姿のままで。

 僕は痛む体に鞭打って、遠くなりそうな意識を踏ん張り、何とかあいすの体を起こす。

 あいすは、気を失っていた。

 目は力なく閉ざされていて、揺すって呼びかけても返事をしない。

 ふと、チョーカーにある宝石部分は、あの時と――初めて会った時と同じように赤く点滅している事に気付く。

 なんで色が変わってるんだ? しかも点滅なんて、まるでランプだ。

 いや、そんな事はどうでもいい。

 空からは、未だに轟音が聞こえてくる。

 あの黒い戦闘機が、まだ空を飛んでいるんだ。

 見上げると、旋回してこっちにまっすぐ向かってくる。

 まさか、僕達にとどめを刺す気か。

「あ――」

 ダメだ。

 今度こそ、もう何もできない。

 逃げたくても、こんな体じゃ逃げられない。

 チェックメイトとは、まさにこの事か。

 高速で迫りくる、僕達の最期。

 僕は無意識に、あいすの体に覆い被さる。

 せめてあいすだけでも、と思ったのかもしれない。

 そんな事をしても、無駄だというのに――


 だだだだだ、と銃声が響く。

 そして、真上を轟音が通り過ぎていった。

 でも、全然痛みは感じない。

「……ん?」

 おかしいな、と思って僕は顔を上げた。

 空の様子を確かめると、さっき僕達にとどめを刺そうとしたはずの黒い戦闘機を見つけた。

 何か、別の飛行機に追いかけられながら旋回している。

 黒い戦闘機は、その銃撃を受けて、呆気なく砕け散った。

 助かった、のか?

 それにしても、あの飛行機は何だ?

 こっちの様子を確かめるように、ぐるぐると旋回を続けるその戦闘機を、じっと観察した。

 ジェット機だ。

 単純に斜め後ろへ傾けただけの、古臭いデザインの翼。

 真正面で大きく口を開けている機首に、「937」という数字が大きく書かれている。

 そして全身は、リボンのような金色の帯でデコレーションされている。

 日の丸を付けてはいるけど、あんな飛行機が飛んでいるのを僕は見た事がない。

 当然だ。

 なぜならそれは、写真やプラモデルでしか見た事がない、古い時代の戦闘機だから。

 その名前は――

『そこの君、無事?』

 と。

 いきなり、どこからか声が聞こえてきた。ハツラツとした女の子の声だ。

 でも、なぜか耳から聞こえてくる感じがしない、不思議な声だった。

「えっ、誰……!?」

 思わず辺りを見回すけど、やっぱり人影はない。

 すると。

『上だよ、上。上を飛んでる戦闘機だよー』

 謎の声は、そんなおかしな事を口にした。

 釣られて顔を上げると、古い戦闘機は、ちょうど僕達の方へ機首を向けて、まっすぐ向かってきていた。

 さっきの黒い戦闘機と同じ動きだけど、攻撃にしては様子が違う気がする。

 すると、古い戦闘機の全身が、不意に光に包まれた。

 光は小さくなりながら、人魂のような不規則な動きをして僕の目の前に降り立った。

 その光が消えた瞬間、僕は目を疑った。

 古い戦闘機は、2人の男女に姿を変えていた。

 片方は、金髪をツインテールにした、サロペット姿の女の子。

 もう片方は、ジャケットを着たポニーテールの男の人。

 初めて見る顔だ。

 でも、見覚えのあるものが、1つだけある。

 女の子が首に付けている、チョーカーだ。

 青い宝石を付けたそのデザインは、あいすが付けているものと、全く同じだった。

「初めまして、だね。君がそのツバサ神のカンナギのようだね。間に合ってよかった」

 男の人が、穏やかな表情で僕に告げる。

 ツバサ神?

 カンナギ?

 何を言ってるんだ、この人は。

「誰、ですか――」

 僕はそう問いかけたけど、答えを聞く前に力が抜けて、踏ん張っていた意識が遠くなっていった――


 #2:終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る