力を貸してくれ

「何が、どうなってるんだ……?」

 それが自然と口に出た時、首元に不意に何かが触れた。

 氷のような冷たさに驚く間もなく、息苦しくなり始めた。

「ぐ――!?」

 首に握っていたのは、赤黒い影に覆われた細い手。

 見ると、目の前にはいつの間にか、あいすと戦っていたはずの謎の軍団の2人が。

 息がかかりそうなほどの距離で掴みかかられているのに、影のせいで表情が全く見えない。

 それが、まるでのっぺらぼうみたいで、たまらなく不気味だった。

「は、はな、せ……!」

 何とか解こうと手を伸ばすけど、なぜか手は体をすり抜けてしまう。

 足で払おうとしても、全く同じ。

 完全に、のれんに腕押し状態だ。

 なのに、冷たい手はどんどん力を強めていく。

 声を出す力さえ、どんどん奪われていく。

 こっちが触れられないのに、向こうは触れられるなんて、理屈がよくわからない。

「ユウッ!?」

 あいすが、こっちに気付いたのが見えた。

 すぐに踵を返して、こっちに向かってくる。

「貴様、ユウを離せ――ぐわあっ!?」

 でも、背後で小さな爆発。

 呆気なく前のめりに倒れるあいす。

「あいす……!」

 叫びたくても、首絞めのせいでかすれた声しか出ない。

 向こうにも、謎の軍団はまだ残っている。

 背を向けた一瞬の隙を、逃さなかったんだ。

 それでも立ち上がろうとするあいすだけれど、そうはさせないとばかりに、謎の軍団がフルオート射撃を集中。

 一瞬でも足を止めた事が、完全に仇となってしまった。

「があああっ!」

 黒い弾丸の雨になす術なく貫かれるあいす。

 着ているワンピースが、次々と破れていく。

 なぜか血は流れず、白くてきれいな肌やふくよかな胸元がどんどん露わになっていくけど、状況が状況なせいで、とても痛々しく見える。

 そして、再び倒れてしまった。

 特徴的な洋上迷彩の髪が舞う様が、力なく見えた。

「あい、す……!」

 僕の手は、思わずあいすに伸びていた。

 でも、届く事はない。

 残った謎の軍団は、射撃を止めると、じりじりとあいすへ歩み寄ってくる。

 まるで、獲物を追い詰めていくかのように。

 そんな謎の軍団を前にして、あいすは生まれて間もない仔馬のようになかなか立ち上がれずにいる。

 負ける。

 このままじゃ、あいすは負ける。

 あの射撃をもう一度浴びたら、あいすの命はもうないだろう。

「やめ、ろ……!」

 かすれた声は、相手に届かない。

 長く首を絞められているせいで、頭がふらふらしてきた。

 僕も、そろそろ限界かもしれない。

 このまま、あいすと一緒に死ぬのか?

 嫌だ。

 そんなの嫌だ。

 せっかく、あいすと再会できたばかりなのに。

 こんな、いきなり訳のわからない奴らに襲われて、訳のわからないまま死んでいくなんて。

 だから。

 せめてもの足掻きとして。

「やめろおっ!」

 僕は力の限り出せる声で、大きく叫んだ。

 すると。

 僕の手元で、何かが光った。

 何かと思って見下ろすと、さっきまでずっと握っているのを忘れていた、操縦桿だった。

 光は、どんどん強くなっていく。

 僕達を、謎の軍団をも飲み込むような眩さで、思わず目を閉じた。


「……え?」

 気が付くと、息苦しさはいつの間にかなくなっていた。

 見ると、僕の首を絞めていた謎の軍団が、なぜかいなくなっていた。

 そして倒れていたあいすに迫っていた謎の軍団も、なぜか2人にまで数を減らしていて、その2人も倒れて何かにもがき苦しんでいる。

 一体、何が起きたんだ?

 まさか、操縦桿の光が助けてくれたのか?

 手元を見下ろすと、操縦桿の光は消えていた。

「ユウ……」

 不意に、弱々しいあいすの声がした。

 見ると、おぼつかない足取りで、僕に向かってくるあいすの姿が。

「あいす!」

 僕は、思わず駆け寄った。

 あいすは、僕に体を預ける形で、倒れ込むように抱き着いた。

 受け止めた途端、ぼろぼろのワンピースから見え隠れする白い肌に、どきりと胸が高鳴った。

 あれだけ銃撃を受けたのに、傷は全くついてなくて、このまま全部破いて脱がしてしまいたい欲望が、むくむくと湧き上がってくる。

 それを何とか抑えつつ、僕はあいすに呼びかける。

「だ、大丈夫だった?」

「ああ、何とか、な……そなたが、その操縦桿を使った、おかげだ……」

 あいすは、僕が持っている操縦桿を見下ろして、答えた。

「操縦桿の?」

「ああ。あの光で、奴らの多くは薙ぎ払われた……あの光から、私はそなたの思いを感じ取れたぞ……ありがとう」

「え……い、いや、どういたしまして……」

 いきなり温かなほほ笑みを見せられて、僕は戸惑ってしまった。

 視線を泳がせながら、これからどうしたものかと考えてしまったけれど、突如聞こえてきた不気味な唸り声が、思考を現実へ引き戻した。

 唸り声は、残った謎の軍団2人が起き上がりながら発していた。

 今まで一言も言葉を発していなかった相手が、初めて発した声。

 それに呼応するように、体を覆う影が大きくなっているような気がした。

 何だか、邪気のようなものが膨らむ風船のように増しているのが、肌に触れる風のように感じ取れる。

 嫌な予感がする。

 僕は自然と、あいすを強く抱いていた。

「――――――――――――――――!」

 言葉にならない叫びを挙げた途端、謎の軍団2人の影が破裂した。

 その中から、何やら赤黒い塊が空へ向けて飛んでいく。

 それは、さながら虫の羽化だった。

 破裂した影から飛び出したのは、翼を持った存在だったから。

 やっぱり赤黒い影に覆われたままではっきりとしたシルエットは見えないけど、それが生き物でも何でもない人工物――飛行機である事はすぐにわかった。

 しかもあまり大きくない大きさに、ジェットエンジンのような音を響かせている様から、僕はその姿がジェット戦闘機に見えた。

「黒い、戦闘機!?」

「遂に、本性を現したか……!」

 よくわからないけど、あいすは何か知っているようだ。

 でも、それを聞く余裕はなさそうだ。

 黒い戦闘機は、宙返りすると、僕達の方向へ機首を向けた。

 殺意がこっちに収束する感覚。

 当然だ。

 さっきまで僕達を襲った相手が変えた姿なら、こっちに襲いかかるのは当たり前。

 黒い戦闘機が、何やらミサイルのようなものを発射した。

 それは、まっすぐこっちに飛んでくる。

 あの時と――僕の部屋を破壊した時と、同じように。

 それを前に、僕は何もできなかった。

 どんどん迫ってくるミサイルから、僕達が逃げられる訳ない。

「ユウ、力を貸してくれ」

 でも。

 あいすは、何かを決意したように、僕に呼びかけた。

「え?」

 思わずあいすに振り返った直後。

 僕の唇が、いきなりあいすの唇に塞がれた。

 そして、そのままあいすに押し倒された――

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