私を、そなたのものにしてくれぬか……?

「僕は松島基地の近くに住んでいたから、家が津波をもろに受けちゃって……僕は学校にいたから助かったけど、家は流されて父さんと母さんは行方不明になって、僕を引き取ってくれたじっちゃんも、中学を卒業する前に病気で死んじゃって……何もかもなくなっちゃんたんだよ。もう僕は、君に会いに行くどころじゃ、進学どころじゃなくなって、高校を諦めて働く事にしたんだ」

「では、あの時の約束は……?」

「……ごめん。それも、諦めたんだ」

 正直に答える。

 例えそれが、あいすに幻滅されるかもしれないものだとしても。

「だって、立派な社会の底辺だよ? 仕事はろくなものがないし、周りからは役立たずって言われるし、この間も仕事をクビにさせられちゃったんだ。体だけは、何があっても体力があれば大丈夫って思って鍛え続けてたけど、全然役に立たなかった……もう生きていくだけで精いっぱいで、これから先も、ちゃんと暮らしていけるかどうかもわからないんだ……本当は、夢を叶えたかった……でも、その事を考えれば考えるほど辛くて……いつの間にか、考えなくなってた……」

「ユウ……」

 あいすのそれは、憐みの声か、それとも幻滅の声か。

 だが、憐みに期待なんてしない。きっと、幻滅しているだろう。

「だから、ごめん。本当に、ごめん……君が女の子になって来てくれて、キスまでしてくれたのは、嬉しかった……でも、でも僕は、約束も守れないくらい、ダメな男で――」

 言いかけた所で、頬に柔らかなものが当たった。

 それがあいすの唇だという事に、僕はすぐに気付いた。

「あいす……?」

「もうよい。そなたも、辛い思いをしたのだな……」

 顔を戻すと、あいすは僅かに笑んでいた。

 さっきまで話した事は、気にしていないと言わんばかりに。

 もしかして、幻滅、してない?

「謝らなければならぬのは、私の方だ……もう私は、この体で操縦される事など叶わぬ身になってしまった……私がしっかりしていれば、そなたの夢を壊す事は、なかった……」

 あいすは僕の胸板を撫でながら、どこか空しそうに言う。

 なんで、なんでそこで君が謝るんだ。

 君は人がいないと動けない戦闘機で、自力で津波から逃げる事なんて、できないのに――

「な、何言ってるんだ! 君は何も悪くない! 悪いのは、本当に――」

「ふふ、ユウは優しいな……なら、お互い様という事にしないか……?」

 そう笑って、あいすは僕の唇に、そっと口付けした。

 う、卑怯だ。

 こんな事されたら、何も文句を言えなくなる。

 あいすと、見つめ合う。

 不思議と、今回は目を逸らす事ができない。

 吸い込まれるように、あいすのきれいな顔に見入ってしまう。

「本当に、こんな僕で、いいの……?」

「ああ、遠慮はいらぬ。だから、ユウ――」

 すると、あいすは自ら着ているワンピースに手をかけた。

 そして何のためらいもなく、僕の目の前で脱いでしまった。

 あ、と息を呑んでしまう。

 戦闘機としての姿と同じ、丸みとくびれがはっきり出ているあいすの裸体は、とても豊満で、きれいで、瑞々しい色気を発していた。

「私を、そなたのものにしてくれぬか……?」

「僕の、ものに……?」

 その言葉の意味が、あいすの行動だけでわかってしまった。

 でも、本当にそんな事をしていいのかと、理性が最後の抵抗を試みる。

「私は、そなたの希望になりたいのだ……この身でどこまで力になれるのかはわからぬ。明日を変えられる保証もできぬ。だが、何もせずに消えるよりは、ずっと、いいだろう……?」

 何もせずに消えるよりは――そうか。

 どうせお先真っ暗なら、せめて後悔がないようにしないと。

 今くらい夢を見ても、ばちは当たらないはず――

「あい、す――」

 ゆっくりと、あいすの背中に両腕が伸びる。

 あいすは、僕の行動を待っているかのように、じっとしている。

 その無防備な姿に、抵抗していた理性もどんどん崩れていく。

 そして。

「あいすっ!」

 初めて、自分からあいすを抱き寄せて、唇を思い切り重ねた。

 今までの仕返しとばかりに、激しく唇を吸う。

「――!」

 あいすは少し驚いたみたいだけど、抵抗せずにそれを受け入れてくれた。

 僕は理性を完全にかなぐり捨てて、今まで耐えてきた味に溺れていった。


 口付けで息苦しくなっても、何度も互いに名前を呼び合う。

 気が付くと、僕達はいつの間にか全裸になっていて、ベッドの中で互いの体を激しく重ね合わせていた。

 もう無我夢中だった。

 初めての経験だったけど、うまくできたかなんて、どうでもよかった。

 ただ解き放った欲望に身を委ねて、あいすの細くて豊満な裸体にむしゃぶりついた。

 とても柔らかくて。

 温かくて。

 思う存分、欲望を中に注ぎ込んだ。

 僕の理想の女体に対するそれは、今まで体験したどんな快楽も霞んでしまうほど、気持ちいいものだった。

 あいすも、そんな僕を受け入れて、甘い声を上げながら何度も僕に口付けしてくれた。


 僕達は何度も、絶頂に達した。

 初めての異性との夜は、あっという間に過ぎていく。

 その間に、僕はいつの間にか思うようになっていた。

 この子を――あいすを、離したくない。

 ずっと側にいたい。

 いつかは廃棄され消えてしまう運命から、助け出したい。

 自分の手に余る事のはずなのに、そんな思いがどんどん強くなっていった――


 #1:終

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