裸に、なってくれぬか……?

「あいす……」

 気が付くと、なぜか僕は、あいすの頬に手を伸ばそうとしていた。

 そんな自分にはっと気付いて、慌てて手を引っ込める。

 な、何考えてるんだ。

 いくらいきなりキスしてきた相手だからって、ベッドで手を出そうとするなんて。

 自分の淫らな感情を、首を強く横に振って振り払う。

 何だか複雑な気持ちで、操縦桿を握る手に力が入る。

 確かに、あいすが全身で僕への気持ちを伝えてきたのは、正直言って嬉しい。

 憧れの異性と実は両想いだったなんて知れば、誰だって喜ぶだろう。

 でも、僕は素直に受け入れられそうにない。

 なぜなら、僕は――

「ん……」

 そんな時だった。あいすの小さな声が聞こえたのは。

 見ると、あいすがゆっくりと目を開けて、辺りを見回している所だった。

「ユウ……? ここ、は……?」

「僕の部屋だよ。気を失ってたから、寝かせていたんだ」

「気を、失う……? そうか、すまぬ。無様な姿を、見せてしまったな……」

 説明すると、あいすはなぜか僕に謝りながら、体を起こした。

 細い素足がベッドの外に投げ出されて、ちょうど僕のすぐ隣に並ぶ形になった。

 そんなあいすに、僕は思い切って一番聞きたかった事を質問した。

「……ねえ、あいす。聞いてもいいかな?」

「何だ?」

「君はあの日、津波で飛べなくなったんだよね……?」

 途端、あいすが一瞬息を呑んだのがわかった。

 でもあいすは、少し目を逸らしたものの意外とすんなり答えてくれた。

「……そうだ。そなたの言う通り、私はあの日津波を受けて、飛べなくなってしまった。私の本当の体は、今も無様に朽ち果てつつある……」

「朽ち果てつつあるって……」

「そうだ……もう、私という存在は、いつ消えてもおかしくない身だ……」

 いつ消えてもおかしくない、という言葉にぞっとする。

 わかっていたはずの事なのに、どういう訳か。

「だから、会いたかった。あれからずっと会えなかったそなたに、ユウに……気が付けば、私はこの姿になって街をさまよっていた……ユウに会いたくて……会いたくて……」

 まさか、ずっと僕の事を探していた、って事だろうか?

 でも、どうして――

「どうして、僕なの?」

「私は、そなたの事がずっと気になっていた……不意に乗り込んできて操縦桿を折った、あの時から……いつもカメラを持って追いかけてくるそなたと会うのが楽しみで、いつの間にか思うようになっていたのだ――いつかは、そなたに操縦されたい、とな……」

「え……じゃあ、ずっと待ってたの? 僕の事――」

「もちろんだとも……私は、何人もの優秀な訓練生や教官達に操縦されてきたが、そなたのような人間は、初めてだったからな……私が乗り手を選ぶ立場にないのはわかっている……だが、それでも……それでも……そなたに操縦されたい、そなたに身を委ねたいという気持ちが、どうしても頭から離れぬのだ……津波によって、叶わぬ夢となってからもな……」

「あいす……そこまで、僕の事を――」

 思っていたのか。

 何だか申し訳ない気持ちになっていると、ふと胸元に違和感を覚え、見下ろした。

「あの……あいす?」

 あいすの手が、いつの間にか伸びてきていた。

 しかもどうして、僕の上着のボタンを外しにかかっているのか。

 見ると、あいすが僕の顔を見上げている。

 その目は、部屋に連れてくる前と同じ、とろけたものになっていた。

 どきり、と胸が高鳴る。

 そして。

「ユウ……裸に、なってくれぬか……?」

 とんでもない事を口にして、心臓が爆発するかと思うくらい一発高鳴った。

「は、裸になるって、なんで――!?」

「ユウと、もっと触れ合いたいのだ……」

「え、ちょ、ちょっと待って! っていうか、勝手に脱がさないでっ!」

 僕が止めるのも聞かず、あいすはボタンを外し続ける。

 動転しているせいか、僕はうまく抵抗できず、なす術なく上着を脱がされ、さらに下に着ているシャツも脱がされてしまう。

 持っていた操縦桿が、ベッドの上に音もなく落ちる。

 結局、呆気なく上半身を裸にされてしまった。

 恥ずかしながら、しっかり鍛えている故にあまり見られたくない上半身が、露わになる。

「おお……!」

 途端、あいすの目が輝いた。

 その手が、そっと胸板に触れる。

 直に感じる手の感触があまりにも恥ずかしいけど、硬直してしまって何もできない。

「立派な体つきではないか……嬉しいぞ……私のために、ここまで鍛えていたのだな……」

 そんな感想を言いながら、胸板をそっと撫で、顔を寄せてくる。

 うう、私のために、って言われるのが、何だか複雑だ。

 確かにそうではあるけど、そうでもない、というか――

「いや、気持ちは嬉しいけど――僕は、全然立派じゃ、ない……」

 僕は目を逸らして、言葉を絞り出す。

「こんなの、ただの見かけ倒しだよ……今の僕は、家族もみんないなくなって、高校にも行けなくて、夢も諦めるしかなかった、情けない人間だよ……」

「ユウ……?」

 あいすが、不思議そうに首を傾げる。

 僕は、思い切って話す事にした。

 僕の今の状況を、正直に。

「実はね、あいす。僕も、被災したんだ」

 途端、あいすが息を呑んだのがわかった。

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