ちゃんとパイロットになってからのります
僕の地元には、自衛隊の航空基地・松島基地がある。
そこは、アクロチーム・ブルーインパルスがいる事で有名な基地だけど、もちろん、いるのはブルーインパルスだけじゃない。
戦闘機パイロットを育てる部隊もいて、選び抜かれた学生達が戦闘機パイロットを目指す最後の関門となっている基地でもある。
僕がまだ2歳だった頃、そんな松島基地に新型機が配備された。
それが、F-2。
アメリカのF-16をベースに開発された日本初の
松島にもパイロット養成用として配備された事に、僕は喜んだものだ。
何せ2人乗りの訓練用とは言っても、練習機じゃない本物の戦闘機。
小さい頃の僕にとって、戦闘機はヒーロー同然の存在だった。
それに、F-2には他の戦闘機にはない青系の迷彩――洋上迷彩が塗られていて、それがかっこいいとも思ったのだ。
幸運にも、次の年の松島基地のイベントではF-2のコックピットが早速見学できるようにされていた。
幼稚園児になっていた僕は自衛隊の関係者だった父さんと一緒に、F-2の横から伸びる長蛇の列に並んで見に行く事にした。
その間、僕は尾翼や胴体に書かれた数字がふと気になった。
「ねえとうさん、あのすうじ、なに?」
「あの数字か? あれはね、『シリアルナンバー』っていうんだ」
「しりある、なんばー?」
「戦闘機の名前みたいなものだよ。同じ数字の機体は、1つもないんだ。ほら、あっちの機体とこっちの機体とじゃ、数字が違うだろ?」
「ほんとだー」
僕はこの時初めて、
今まで意識した事もなかったカクカクしたフォントの数字の並びに、初めて興味を持った瞬間だった。
だから、僕はこれからコックピットを見る事になるF-2の尾翼に書かれた数字の並びを、がんばって読み、
「えーとこっちのは、にー、さん、はち、いち、いち、よん……『あいす』だ! 『あいす』!」
「おいおい、何だよ『あいす』って?」
「114って、あのおみせとおなじ! だから『あいす』!」
たまたま近所で見かけてハマっていた語呂合わせから、「あいす」なんて痛い読み方をして父さんに呆れられたものだ。
そして、遂にコックピットを見学できる時が来た。
「うわあ……!」
よくわからないスイッチやディスプレイが並ぶ新時代のコックピットを見て、僕は興奮した。
動かし方は全くわからないけれど、とにかくかっこいい。それだけだった。まるで、見えない力に引き寄せられるような、そんな感覚。
もちろん乗り込むのは禁止されていたけど、僕は興奮のあまり、柵がなかったのを良い事に、見張っている自衛隊員さんや父さんの目が逸れた隙を突いて、コックピットに飛び込んだ。
でも、当然ながら失敗。
見事にバランスを崩して、僕は不格好な姿でコックピットに座ってしまった。
でも、座った途端、不思議な感触がしたのを、今でも覚えている。
これからすぐにでも、自分で操縦できるんじゃないかって思えるような。
そのせいか、すぐ自衛隊員さんにつまみ出されそうになっても、僕は頑なに抵抗した。
コックピット右側にある、操縦桿をがっしり握って。
結果、操縦桿は、ばき、と鈍い音を立てて折れてしまった。
無論、父さんや自衛隊員さんに怒られたのは、言うまでもない。
でも、父さんは僕の事を頭ごなしに怒らなかった。
「いいか。乗り物はね、自分の事を気持ちよく使ってくれる人に操縦されたいって思ってるんだ。なのにお前はあんな迷惑な事して勝手に乗ろうとしたんだから、きっと怒ってるぞ。乗りたいんだったら、ちゃんと勉強してパイロットになってから出直してこいってね」
あまりに正論過ぎて、僕は反論できなかった。
ヒーローだと思っていた人に、迷惑をかけてしまった。
そう思って反省した僕は、
「ぼくのなまえは、キヨト・ユウです。つぎはちゃんとパイロットになってからのります。ごめんなさい、あいすさん」
と、機体の正面でぺこりと頭を下げて謝った。
なんで自己紹介までしたのかはわからないけど、見ていた父さんからはくすくすと笑われた事を覚えている。
そして、自衛隊員さんからは、
「はっはっは! 面白いな坊主! その心意気、気に入った! よし、その操縦桿は特別に坊主にやろう! だがなくすなよ? 大きくなって、戦闘機の見習いパイロットになったら、必ずこいつに返しに来い! 約束だぞ!」
と言われて、折った操縦桿を渡された。
僕はその言葉通りに、
「やくそくします、あいすさん。パイロットになって、かならずこれをかえします」
と、機体の目の前で誓わされた。
これが、114号機との運命の出会い、と言ってもいいかもしれない。
僕は最初、戦闘機がかっこいいとは思っていても乗りたいと思っていた訳じゃなかった。
でも、人には一度人前で宣言した事は絶対に成し遂げようとする性質があるらしい。
何より、一瞬だけでもあのF-2のコックピットに座れた事は、恥ずかしくもあったけど忘れられなくて、やっぱりもう一度乗れたらなあって、もらった操縦桿を見て思っていた。
それに。
もし自分が本当に自衛隊のパイロットになって、あの114号機に乗れたら、「小さい頃、ちょっとだけだけどこいつに乗った事あるんだぜ」って自慢できるんじゃないかって。
気が付くと、僕は将来の夢に『自衛隊のパイロット』と書くようになっていた。
勉強はもちろん、体力もいるって聞いたから体力作りも熱心にやっていた。
挫けそうになった時には、もらった操縦桿を見て、約束を思い出して奮い立たせた。
折ってしまった操縦桿は、いつしか僕のお守りになっていた。
他にも、カメラやアマチュア無線の使い方を父さんから教わって、休みの日になったら松島基地の滑走路近くまで行って、F-2の写真を撮りに行くようになった。
基地から離着陸するF-2が、見られるかもしれないからだ。
戦闘機のフライトは不定期なものだから、毎回来た時に飛んでくれるとは限らないものだけど、だからこそF-2が動いている所をカメラに収められた時の味は格別だった。
特に、あの114号機を見られた時は、猶更。
目の前を114号機が移動していく様子が見られた時は、写真を撮るのはもちろん、思わず手を振っていたものだ。
気が付けば、114号機は部屋に写真を飾るほど思い入れの深い戦闘機になっていた。
「あいす」っていう勝手なニックネームにも、抵抗がなくなるほど。
お前は戦闘機に恋してるのか、ってからかわれた事もあるほど。
そして、114号機に乗る夢は、がんばれば必ず叶うって、本気で信じていた――
――そう、僕が小学生の頃、あの震災が起きるまでは。
あの日のニュース写真は、衝撃的だった。
何とかたどり着いた避難所で、苦労して充電した知り合いのスマホで、僕はそのニュース写真を見てしまった。
泥に呑まれた、松島基地。
取り残されたF-2戦闘機達。
そして。
建物に頭をぶつけて力なく横たわる、泥まみれのF-2が1機。
その機首に書かれた文字は、114。
僕は、その写真が信じられなかった。
僕の思いが、僕の夢が、一瞬にして打ち砕かれた瞬間だった――
以来、114号機は姿を消した。
損傷がひどくて、修復が絶望視されているからだ。
つまり114号機は、戦闘機としてはもう死に体のはずなのだ。
そんな戦闘機が、どうして女の子になって、僕の前に現れたんだろうか――
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