そなたを、愛しているからだ……!

「思い出せ……思い出すのだ……」

 耳元で願うような声がしたと思うと、右の頬に柔らかい唇が触れた。

 じっくり味わうように、何度も何度も。

 間髪入れずに来た、第二撃。

 口付け1回ごとに色っぽい声がして、自分の理性が削られていく感覚。

「……ちょ、ちょっと! 落ち着いて!」

 ダメだ、ダメだ。冷静にならないと。

 からみつく誘惑を振り払い、冷静な思考を取り戻そうと努める。

「私は、ずっと、会いたかったのだ……飛べなくなってから、ずっと……」

 でも、そんな暇も与えられず、また口が塞がれる。

 また艶めかしく唇を吸われて、理性がまた削られていく。


 ふと脳裏に、蘇る思い出。

 悠々と目の前に飛んでくる、1機の青い戦闘機。

 その機首に、カメラを向けてズームする僕。

 ファインダーに映るのは、機首に書かれた数字「114」。

 数字を確かめられた僕は、嬉しさで手を振りつつ、こう呼んでいた。

「あいす」と――


 ああ、そうか。

 やっと思い出せた。

 僕が憧れていたのは、F-2という機種じゃない。

 この「114」という数字を持った、世界に1機しかない戦闘機だった。

 そんな戦闘機が、まさか――


「ねえ、ひとつ、聞いていい……?」

 ようやく唇が離れた時、僕はそう問いかけていた。

「何だ……?」

「この操縦桿、覚えてる?」

 僕は、右手に持ったままの操縦桿を女の子に見せる。

 未だに光っているそれを見ると、女の子は目を見開いた。

「それは……初めて会った時折られた、、操縦桿……ああ、覚えているとも……」

 覚えているとも。

 その言葉で、僕の疑念がひとつ崩れる。

「忘れるものか。『次はちゃんとパイロットになってから乗ります』と、約束したものな……」

 女の子は、操縦桿に手を重ねる。

 すると、彼女に反応したように、操縦桿の光が消えた。

 正解を言い当てられて、またひとつ、疑念が崩れ去る。

「そうか、この約束の操縦桿が、私をここまで導いてくれたのか……」

 女の子は、懐かしむ様子で操縦桿を撫でる。

 それで、僕の疑念は完全に確信に変わった。

 間違いない。

 僕が勝手に、名前を付けた戦闘機。

 今持っている操縦桿の、本来の持ち主。

 いつか本物のパイロットになって乗ると約束した、憧れの相手。

 今まで言っていた事とも、全部辻褄が合う。

 よく見れば、髪の色は塗られていた迷彩塗装と同じ色だし、イヤリングの形も所属していた飛行隊のマークと同じ。

 だから、本当に、この子は――

「本当に、本当にあの、あいすなの……?」

「やっと、思い出してくれたか……?」

 女の子の表情が、緩んだ。

 僕は、頭の中が真っ白になってしまった。

 信じられない。

 信じられなさ過ぎて、夢を見ているのかと疑ってしまう。

 昔憧れていたあの戦闘機が、こんなにきれいな、しかも僕好みなタイプの女の子になって、出会った瞬間にキスされるなんて――

 だから僕は、一番の疑問をぶつける。

「ねえ、なんで、なんで女の子に――?」

「そなたを、愛しているからだ……!」

 それだけ言うと、女の子――あいすは肉にかぶりつくかのように、不意に唇を重ねてきた。

 何もできずに、押し倒された。

 愛している、という言葉が衝撃的だったせいもあって。

 操縦桿に重ねたままの両手で、がっちりと僕の両手を地面に押さえつけ、あいすは今までよりも長く口をしゃぶっていく。

 息が苦しいのに、気持ちいい。

 でも、こんな森の中でいつまでもこうしている訳にも、いかない。

 キスの標的が頬にずれてくれた隙を突いて、僕は呼びかける。

「っ、ちょ、ちょっと……いつまで、こんな事、するつもり……?」

「私が、満足するまで、だ……」

「ま、満足するまでって――」

 言い終わる前に、またあいすの口で口を塞がれる。

 唇をしゃぶられる感触はとても心地よくて、どんどん酔っていきそうな味に、何とか溺れまいと理性を保とうとした。

 でも、そろそろ限界かもしれない。

 抱き着いてくる体が僕好みの細く豊満なスタイルのせいか、このままあいすを抱きしめて、負けないくらいむしゃぶりつきたいという欲望が、むくむくと僕の心を侵し始めている。

 かと言って、無理矢理引き剥がす事も、どうしてもできない。

 そんな中で、ようやく唇を離してくれた。

 苦しくなった息を整える僕を、とろけた目で見つめるあいすは、顔色は相変わらず悪い――いや、何か少しよくなっているような気がする――のに、妙な色気があって、焦ってしまう。

「ああ、この思い……いくら口付けても、伝えきれぬ……」

 あいすはまだ、唇を重ねようと、顔を近づけてくる。

 それに、僕は逆らえない。

 このままじゃダメだとわかっていても、体が言う事を聞いてくれない。

 もっとこうしたいと、体が訴えているかのように。

「ユウ、私は――ん?」

 でも、幸運なのか不運なのか、あいすは不意に口を止めて、顔を上げた。

 そんな時だった。不意に地面に違和感を覚えたのは。

 ゆらゆらと揺れている。

 しかも次第に、強まり始めている。

 見上げれば、風が吹いてもいないのに、木が左右に大きく揺れていた。

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