F-2が、女の子に――!?

「あ……!」

 それがはっきり見えた途端、僕は足を止めた。

 光が示していたもの――転がっていたものの正体は、戦闘機の胴体。

 まるで不法投棄された家電製品のように、ごろんと放置されていた。

「F-2の、胴体……!?」

 それは、航空自衛隊の戦闘機、F-2のものだった。

 青と黒のカラーリングと日の丸、鉛筆のように尖った機首、すらりと引き締まった背中のラインで、すぐにわかった。しかも、シートが2つある練習機型。

「なんで、こんな所に……!?」

 こんな所で墜落事故があったなんて、聞いてないぞ?

 いや、墜落にしてはあまりにも周りの森が普通すぎる。墜落したなら火災の影響で周りの木が焼け焦げているはず。

 何より、墜落事故ならそもそも封鎖されてここに入れないはず。

 気になる事は多いけど、僕は引き寄せられるようにF-2の胴体にさらに歩み寄っていた。

 だって。

 F-2は、僕がずっと憧れていた戦闘機だったから。

 それが本物なのかどうか、確かめたかったから。

 手を伸ばせば触れられる所まで近づくと、胴体に書かれた「114」の文字がはっきり読めるようになった。

 何だろう、この数字。

 妙に、懐かしい。

 どこかで見た覚えがある。

 いや、ずっと見ていたような気がする。

 けど、思い出せない。

 何か、大切なものを忘れているような気がする。

 あやふやな記憶を探るように、僕は数字部分に左手を伸ばしていた。

 何だっけ。

 何だっけ。

 何だっけ――?

 ぺた、と左手が冷たいボディに触れる。

 すると、胴体が不意に光り始めた。

「わ――っ!?」

 思わず手を引っ込めた。

 眩い光に、思わず目がくらむ。

 吸い込まれるような眩しい光を、僕は直視できなかった。


 光は、ほんの数秒で弱まっていく。

 いや、小さくなっている?

 ゆっくりと目を開けると、光に包まれたF-2は、なぜか人と同じくらいの大きさまで縮まっていた。

 そして、光が消えた途端、僕は目を疑った。

「え――!?」

 F-2戦闘機だったものは、なぜか人に姿を変えていた。

 うつぶせに倒れていて顔は見えないけど、腰まで伸びた髪はところどころが青く染まっている。どうも、女のようだった。

 何が何だかわからない僕は、ちゃんと確かめようと、そっと歩み寄って、片膝をつく形でしゃがむ。

 すると、相手が僕の気配に気付いたように、ゆっくり起き上がった。

「あ――」

 途端、どきり、と胸が高鳴ってしまった。

 相手は、この世のものとは思えないほど、きれいな女の子だった。

 胸元にフリルが付いたワンピースは肩や首元がむき出しで、白い肌は操縦桿が発する光を浴びてとても艶やかに見えた。

 ゆっくり上げた顔は、東洋人にも西洋人にも見える、クールな印象の整った顔立ち。

 右のもみあげ部分が長い、左右非対称の髪型。

 首には赤く点滅する宝石みたいなものを付けたチョーカー、耳には数字の4のように見える、どこかで見た事があるような形の青いイヤリングを付けている。

 その目は高熱にうなされているように虚ろだったけど、それでも透き通った氷のようにきれいで、目が合った瞬間、至近距離な事もあって自然と体が硬直してしまった。

 でも、なぜか懐かしい感覚がする。

 初めて見る顔なのに、どこかで何度も会っていた知り合いのような、そんな感覚――

「F-2が、女の子に――!?」

 状況の整理が、追いつかない。

 戦闘機が女の子に姿を変えるなんて、あまりにも非現実的すぎる。

 僕は夢でも、見ているのだろうか――?

「ユウ……キヨト・ユウ……」

 不意に女の子が、うわ言のようにゆっくりと口を開いた。

 妙に艶めかしい表情で、なぜか僕の名前を呼んだ事に、僕はまた胸が高鳴った。

「え、どうして――」

「ああ、会いたかったぞ……立派に、なったな……」

 女の子の両腕が、僕に伸びる。

 そのまま、不意に目を閉じて顔を近づけてきた。

 一瞬で抱き着かれ、口が塞がれる。

 今まで感じた事がない、柔らかな何かによって。

 それは、僅かに開いた口の中にも侵入してきて、艶めかしい音と共に僕の口をしゃぶりにかかる。

「――!?」

 暴走し始める心臓。

 硬直する体。

 今僕は、生まれて初めてキスされている。

 しかも、戦闘機(?)に。

 それ以上の事は頭が回らなくて、何が何だか全くわからないまま、女の子の好きなように唇を吸われてしまう。

 どれくらい経ったか、女の子の唇が、そっと離れた。

 口と口の間に、白い糸のようなものが伸びていたのが、一瞬見えた。

「ユウ……私の事を、覚えているか……?」

 女の子は、酔ったような目で僕を見上げて、問う。

 それもまた、とてもきれいで、余計に頭の回転速度を奪われそうになる。

 直視できなくて、思わず目を逸らした。

「え、えっと――君、本当に、F-2戦闘機、なの?」

「そうだとも――F-2Bの、23-8114だ……」

「23-8114……?」

 女の子が名乗った番号。

 僕はそれに、聞き覚えがあった。

 人が番号を名乗るって言うのはおかしいけど、相手は戦闘機だ。戦闘機には、個体を識別するための番号が名前代わりに与えられている。

 きっとその事なんだろうとは思うけど、なんで引っかかるのか、思い出せない――

「それって、機体番号シリアルナンバー、だよね……?」

 思わず顔を戻していた僕は、念のため聞いてみた。

「そうだとも――まだ、わからぬのか……?」

 女の子はそう言いながら、ふらりと力を失って、僕の胸元に倒れ込む。

「ああっ、ちょっと!」

 頭を右肩に乗せる形で、何とか抱き止める。

 さっきよりも体重がかかるのを感じると同時に、胸元に何やら柔らかいものが当たっている感触が。

 まさか、これって、胸……?

 しかも、結構大きい――

「そなたは、『あいす』と呼んでくれていたではないか……」

「え、『あいす』……!?」

 あいす。

 その単語が、急に僕の記憶を引きずり出し始めた。

 別に食べ物の事じゃない。ちょっと強引な所はあるけど、「114」という数字を語呂合わせすれば、「あいす」という読み方ができる。

 実際に、僕はそんな読み方をしていた事があった。

 なぜなら――

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