ツチノコのレポートより

ガドルフ

家路

『かばんが何の動物か分かっておめでとうの会』を終えて各々が住処に帰る中、ツチノコはジャパリコインを取り出し、眺める。拾った時は興奮の余り大声を出してしまったが、コレへの関心はだいぶ薄れていた。

「ツチノコ。そろそろ帰りませんか?」

 スナネコが声をかけてきた。今でこそ気心の知れた仲になったが、アライグマ達と共に地下迷宮に初めて訪れた頃はひどいものだった。迷宮で迷い過ぎて己の生にすら飽き始めていたスナネコを慌てて助けたツチノコが、今度はアライグマ達を探していた時だ。

「オレは今ここで昔いたらしいヒトの痕跡を探しているんだ」

「はぁ。でも昔の事を調べて今のツチノコに何かいいことあるんですか?」

「そう言われると……でもほら、こんなものを拾ったぞ」

 と言いながらジャパリコインを出すとスナネコは目を輝かせた。

「何ですかそれ? 綺麗ですね!」

「これはジャパリコインと言ってだな! 今のジャパリまんのように、色んな物とぉ!」

「あっ、はい……」

「こいつー!」

 といった調子で第一印象は悪かったのだが、以前かばん救出のために集まって以降、徐々に打ち解けてきた。今でも覚えている。目を潤わせながら警告を発するボスを強く抱きかかえるスナネコと迷路を進んでいた時。スナネコは震えた声でツチノコを急かしていた。

「まだ出られませんか?」

「近道にはセルリアンがいてな。迂回しないと」

「構いません。行きましょう」

「落ち着けよ。勝てる相手じゃないだろ?」

「でも、ぼくまた遊びましょうって約束したんです。お別れなんて嫌です。冗談のつもりでサーバルに酷い言い方しちゃいましたし、今度はもっと普通に、仲良くしたいんです」

「そんな弱音吐くんじゃねえよ! そんなの、そんなの、オレもだっつうの!」

 それから根底に似通ったものがあると気付いてからは良好な関係になったが、『おめでとうの会』では二人共相変わらずの接し方をしていた。

 ツチノコはスナネコの誘いを断る。

「悪いけど、オレはまだ用事があるから先に帰っててくれ」

「そうですか……。では、また明日」

 と言うとスナネコは軽くお辞儀をして立ち去る。ツチノコは用事の行き掛けにかばんとサーバルの背中を見た。自分もフレンズになる前の記憶が無く、何者か知るために長らく彷徨っていたツチノコはかばんに親近感を抱いていた。図書館で博士に教わった後も独自に調査を重ね、ようやく存在すら定かではない生物のフレンズなのだと知った。ツチノコの概念の源にヒトがいると知り、その痕跡を追う過程でヒトはもういないと知った時は寂しくなったものだ。

 似た境遇ながらかばんは瞬く間に自分を抜き、新たな目標を見出している。やっぱりヒトはすごいなとため息をついた。


 ツチノコの目的地は遊園地の外れにある白い建物。これも遺跡だと見当はつけていたものの入れなかったのだがセルリアンとの戦闘中に偶然鍵らしきものを手に入れていたのでこのドアに挿してみようと思ったのだ。

 ガチャリ。

「おはぁーっ! やったぞ!」

 重いドアを開け喜び勇んで中に入ったが、真っ暗だ。ピット器官で中を探るが熱源は何も無い。文字通り目を光らせて中を見ようとすると、入口から物音がした。振り返るとスナネコだ。

「お前、帰ってなかったのか」

「方向が分からなくって。それよりここに何かあるんですか? ジャパリまんですか?」

「ちげーよ! お前にはあまり面白くないと思うぞ。それにもうすぐ日が沈むし……」

「大丈夫ですよ。ぼく夜行性で夜目もきくんです」

 それから二人は闇の中、建物を探る。

「ここは多分売店だ! ヒトがここに来た記念に持ち帰る品を売買してたんだ!」

「見て下さい! ぼくとツチノコ、それにサーバルもいます」

 ツチノコ程ではないがスナネコもはしゃぎつつ棚からフレンズを模した布製玩具を手に取る。ぬいぐるみだ。だがツチノコは次に自分が見つけた物に愕然としてその言葉が届かなかった。

「オレじゃないか……」

 ヒトの親子と並んで下手くそな笑顔の自分を映した小さな紙。図書館にもあった写真というものだ。しかし絶対に自分ではない。ヒトがいた頃のツチノコだ。

「良かった。オレは昔からいたんだ」

 自分は一代限りの存在ではない。存在が信じられる限り象徴として在り続けるフレンズ。自分への疑問や不安が瓦解する感覚を覚えた。他にも棚には図書館のように写真集や図鑑、日記などがあったが、今のツチノコには大したものではなかった。スナネコは嬉しそうにツチノコのぬいぐるみを手に取る。

「これ、貰っていいんでしょうか?」

「いや待て」

 と言うとツチノコはスナネコのぬいぐるみを手に取り、ジャパリコインをテーブルに置く。

「これでよし。ジャパリコインはな、今のジャパリまんのようにこうして色んな物と交換していたんだ!」

「なるほど! ツチノコは頭がいいですね」

 外に出るとツチノコは鍵をかけた。自分だけの遺跡。今を楽しく生きる他のフレンズには不要だ。

 既に日は沈んでいたが、二人は引き返して鍵を使って遊園地そばの別の建物に入る。各ちほーのゲートそばにある建物がここにもあった。

 中の機械をでたらめに触ってみるが反応は無い。地下迷宮の機械のようには動かないらしい。ここを出ようとツチノコが思った時、スナネコが機械のツマミを弾いた瞬間、遊園地中に音楽が響き渡った。驚いて音の発生源を探ると、遊園地内に設置されたPPPライブ会場にもあった音響機器だ。

 何の音か分からないが、安らぎを覚える美しい音色。しばらく聞いていると今度は音楽の中に優しい声が混ざり始めた。

『本日はジャパリパークにお越しいただき誠にありがとうございました。ジャパリパークは間もなく閉園とさせていただきます。次に出航する便が最終便となっておりますので、お泊りになられる方共々お忘れ物のありませんようお気をつけてお帰り下さい。またのご来園をお待ちしております』

 遊園地内に響き渡る音声。地下迷宮で聞いたようなアナウンス。この場にいるのは二人だけだが、耳の良いフレンズなら聴いているかもしれない。だがその意味まで解するとなるとほぼいないだろう。案の定スナネコは困惑している。

「な、何ですか? これ……」

「ヒトの声だ。ジャパリパーク全体がヒトの遺跡、いや縄張りだったんだな」

 と呟きながら、ツチノコは調査をこれ以上続けても新たな発見は無いだろうと感じていた。ツチノコはぽつぽつとスナネコに自分のことを打ち明ける。

「実はオレはヒトの伝聞や想像から生まれたフレンズらしくってな。遠回しに言えば人工物みたいなもので、だからオレの本当の居場所はここって言うか……」

「そうですか……」

「でも、お前が言ってた通りだ。昔の事にこだわっても今のオレには良いこと無い。だからこれからもオレの寝床はあそこだ」

 と言った瞬間、スナネコの顔がぱっと明るくなった。

「本当ですか!? 嬉しいです! ……でも」

「でも?」

「……ぼくそんなこと言いましたっけ?」

「お前はぁーっ!」


~ツチノコのレポート~

 ようやく自分の気持ちに整理がついた。これからどうしようか? セルリアンに食べられてみたらツチノコの存在が証明できるかもな、と冗談で言ったらスナネコに止められた。あいつにあんな力があったとは……。

 かばんの様に外に出て本物のツチノコ、つまり仲間探しをしてみてもいいかもしれないが、まずは船造りから勉強しないといけないな。こんなにワクワクするのは久しぶりだぞ!

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