おめでたい席7

 ……あたしたち三人は席に座っていた。


 その三人が見つめるのは唯一机に残されてる、レットのケーキだった。


 それを見つめ続けて、永遠みたいな時間が流れてた。


「……どこかに紛れ込んだーってことはない?」


 ブラーに、リバーブは首を横に振る。


「大事な書類だから封筒に入れて、私の机の一番上に置いてあったわ。それが最後、パーティー前の話よ」


「なら、泥棒とか?」


「他に金目の物はいくらでもあるわブラー、それにならまだ、正体がわかってる分、レットの方がマシでしょ?」


「……もしも、書類が出てこなかったら、どうなるんです?」


 あたしの質問に、リバーブは難しい顔をした。


「そうなれば、あなたを雇えなくなるわね。何度も話してるけどあなたは今、お試し期間なの。雇うかどうかのテスト中で、手当ては出ても純粋なお給料は発生してない。これは言っちゃあなんだけど、雇う方からは理想的な状態で、長く維持したい。それを阻止するために期限があって、それを超えてのお試しはできないシステムなのよ。出さなきゃ自動で落ちるのは、不名誉な結果を記録として残さなくて済むようにって配慮ね。そして連続でお試し期間にできないように、落ちたギルドを受け直すには特別な条件がつくわ」


「それは、どんなんですか?」


「簡単じゃないのよトルート、他のギルドでの職歴とか、軍歴とか、あとは専門学校で習得するような資格とかね。どれもこれも難しくて、短くても一年はかかるわね」


「そんな!」


 思わず声を荒げていた。でも、何かが変わるわけでもなかった。


「……あのさリバーブ、レットは、それ知ってるかな?」


「知ってるわよブラー、少なくとも、封筒にはデカデカと書いたもの。知ってて、レットは持ち出した」


「なら、ひょっとしたら何か意図があったのかも」


「さぁ?」


 リバーブは肩をすくめて見せて、それから懐中時計を見た。


「幸か不幸か、早起きした分、時間はまだあるわね。あいつの性格を考えるなら、タイムリミットギリギリまで隠して、その間を王さまごっこで楽しむ、というのが一番ありそうね」


「あーーーーまぁ、ね」


 ……二人の会話で、あたしは暗い考えを思い付いてしまった。


 暗くて、言いたくないけど、言わずにはいられなかった。


「…………あたしを、辞めさせたいんでしょうか?」


 あたしの暗い考えに、二人はあたしを見た。だけど言葉はなかった。


 ……あたしは、化け物だ。凄い再生力を持っていて、まだ完全に人間と認められてるわけじゃない。いや、人間じゃない方がしっくりくる。


 そんなあたしをすんなり受け入れてもらえるとは思ってなかった。だから初めは隠してた。


 いつかは言うつもりだったけど、そのいつかが来る前にバレて、それでも受け入れてもらえた。


 そう、勝手に思ってた。


 ドンドン考えが暗くなっていく。


 ドンドン心が沈んでゆく。


 ひょっとすると、リバーブもブラーも、本音では賛成してないのかもしれない。化け物を除いても、あたしは、上手く働けてない。学もないし頭悪いし気も利かないし資格無いし、強くも可愛くもない。


 そんなあたしに、二人は優しいから言えないだけで、それを察して、レットは気を利かせたのかもしれない。進んで嫌われ役を演じてるのかもしれない。


 まさか、とは思う。


 もしや、とも思う。


 ……思ってしまう。


 考えたくない考えで、あたしの頭の中はぐしゃぐしゃだった。


 ただただ、言葉にもできず、暗い考えを抱えたまま、ジッとケーキを見つめ続けてた。


「おーおー、やっと起きたか」


 レットだった。


 場の空気も読まずにズカズカと部屋に入ってきた。


「おーーしケーキ残ってんな。ブラー、お茶、紅茶がいーなー」


「レット、あんた偉そうに命令できる立場?」


 リバーブにレットは笑い返す。


「あーったり前だろ? 俺には書類っていう、便利な言葉が有るからなー」


 笑うレットに、あたしはカップを握りつぶした時とは逆に、冷めていった。


 あの時と違って、悪ふざけじゃないと感じで、これは真面目な感じだ。


 そんなレットは、あたしを見ていた。


「すっげ、谷間回復してんじゃん」


 言われて慌てて胸を隠す。


「隠さなくても触んねーよ」


 レットは笑う。


「……それで、あなたの要求は何よレット」


「だーかーらーリバーブ、俺は紅茶だっつってんだろが!」


「それだけで書類が返ってくるとは思えないわね」


 睨むリバーブにレットはまた笑う。


「……ま、後は惜しみ無い感謝が欲しいけど、それでも書類は返ってこねーぞー。後悔先にたたずってーやつだーな」


 レットは両腕を拡げる。


「もう俺の手を離れたからな。どう頑張っても取り戻せない。だからお前らが出すことは永遠にない。残念だったな」


 ……その一言であたしの何かが崩れた。


 頰を雫が流れるのがわかる。


 あたしは、涙を流していた。


 押さえたくて止めたくて、なのに涙は溢れて流れて、一番見せたくないレットの前で泣いていた。


「……んだよ。そんなに嫌か?」


 小さく弱くなったレットの声に、その顔を見返す。


 言いたいことはある。だけど息をするのが精一杯で、ただ見返すだけだった。


 レットの表情は、影のように変わった。


 笑顔が一瞬悲しそうな顔になって、次には怒った顔になった 。


「んだよ!」


 怒鳴ってレットは、ズボンの後ろからゴチャゴチャと色々書かれた大きな封筒を引き抜いて、それを机の上に叩き付けた。


 そして大きな足音を鳴らしながら部屋を出ていった。


 それを黙って見送って、 あたしは、それでも泣き続けていた。


「あれだけ言っといて今更だけど、やっぱりレットは最低ね」


 リバーブが吐き捨てるように言った。


「でもほら、ちゃんと返してくれたし」


 ブラーは言いながら封筒を取った。


 下で、ケーキが潰れてた。


「ブラー、ちゃんとある?」


「待って」


 ブラーは封筒を開けて中を確認する。


 ……そして固まった。


「……ブラー、足りないの?」


 リバーブの問にブラーは黙って封筒を渡した。


 受けったリバーブも確認して、ブラーを見返した。


 二人は黙って見つめあっていた。


「……何です?」


 やっとの思いで絞り出したあたしの問に、リバーブも封筒を渡してきた。


 受け取って確認する。


 一番上の書類には、正式雇用証明書とあった。そして一番したには、トルート・ミナミスナマチの名前が書いてあった。


「あり得なよね?」


「あり得ないわブラー、だってまだ」


 二人は同時に気がついた顔になって、立ち上がった。そして慌てて裏口から外へと飛び出していった。


 あたしは、訳もわからず封筒を持って二人を追った。



 裏の、トイレとの間にある、そんなに広くないスペースに二人は並んで立っていた。そして揃って赤い朝日を見ていた。


「僕は、一瞬だけだよ」


「私だってウッツラよ」


「何の話です?」


 あたしが横に立って、涙を拭きながら訪ねると、ブラーは朝日を指差した。


「あっちが西なんだ」


「それが、なんです?」


「だからトルート、あれは朝日じゃなくて夕日なんだ」


 ……え?


「……それってつまり?」


「僕たちは、今日を丸々寝ちゃってたんだよ。疲れてたしね」


「……それじゃあ間に合わないじゃないすか!」


 思わず感情的になったあたしの持つ書類を、リバーブは指差した。


「トルート、封筒の中身を見て。それは提出すべき書類が無事に提出されて、それが受理された証明書なの」


「え、じゃあ、リバーブそれじゃあ」


 頭が追いつかない。


「そうよ。あなたはこれで正式に我がインボルブメンツのメンバーよ」


「レットが、寝てた僕たちの代わりに出してきてくれたんだね」


 ……なんか、突拍子もなくて、実感がない。嬉しいのは嬉しい。それで涙も乾いた。


 でも、あれ?


「レットは、大会があったんですよね?」


「そうよ。一日がかりのがね」


「それで、この書類は、出すのに時間かかるんですよね?」


「そうよ。少なくとも、お昼休みぐらいじゃ無理ね」


 それは、つまり。


「レットは、大会を諦めて書類を出してきてくれたんですか?」


 ブラーとリバーブは同時に頷いた。


「冷静に考えれば、こっちが優先なんだけど、レットだから、これはすっごい進歩だよ」


「それでも、楽しみにしてた大会を蹴ってまで作った借りを、泣くほど拒絶したら、そりゃあレットも怒るわよ」


 頭が、現実を受け入れた。


「……あたし、謝らないといけませんね」


「僕たちもね。それにお礼も言わなきゃ。ケーキも買い直そう」


「ったく、あいつはこういうことするから面倒なのよ」


 言いながらも、二人はにこやかだった。


 これで謝って、許してもらえればハッピーエンド、一陣の風が吹いて、焦げた臭いが漂った。


 ……仄かに煙も見て取れて?


「……いや、いくらレットでもないよ」


「ない、ですよね」


「レットだからよ」


「うお! まじかうお!」


 レットの慌てる声がする。


「「「レット!」」」


 あたしは、あたしたちは走り出した。


 ……一緒に、走り出せた。

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