おめでたい席5
沈黙が続いて、もう紅茶は飲めるぐらいに冷めていた。
それでも飲めないで、あたしは水面をただ見つめるだけだった。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
レットはあぁなのは知ってる。これでもかと思い知らされた。だけど、外道には見えない。そう思っていた。
だから、話についていけなかった。
話してる感じは、普通で、本当に思出話みたいなテンションで、それで身売りとか、連れ去られた恋人さんとか、全部が作り話みたいに聞こえた。
だけど、あの男爵を叩きのめした姿を思い出して、そうなのかもと思ってしまう自分が嫌だった。
「……それで朝よ」
リバーブは話を続けた。
「私は、嫌悪感とかでレットと話せなくて、部屋に逃げて、結局一睡もできなくて、あっという間に時間は過ぎて次はもう結婚式よ。参加する人も集まって、なのに私は、本来の仕事の着付けもできなかった。花嫁さん冷たく一人でできますって、言われちゃってね」
「あの感じは、僕でも躊躇するよ」
「でもレットは躊躇わずに出入りしてた。嫁入り道具のタンスとか、届いたお祝いの品をドンドン運び入れてね。あんなに自主的に働く姿は今の今まであれが最後よ」
「レットは、人の嫌がることには一生懸命だからね」
ブラーの言葉に、二人はまたため息をついた。
「そうこうしてる間に他の招待客も集まってきて、中には花嫁さんのお友だちも何人も来てたわ。ただこっちはお祝いじゃなくて慰めにって感じで、トルートはブライダルメイツは知ってる?」
「あ、はい。確か、結婚式で花嫁さんのお手伝いをする女の人ですよね?」
「そうよ。普通は花嫁さんの友達が務める役柄でね。白は花嫁さんの色だけど、それに負けないほど鮮やかなドレスを着飾るのが普通なの。でも今回の彼女らは、喪服みたいな黒で、この結婚へ反抗の意思を示してたのよ。ついでに私も思いっきり睨まれてね」
「僕らも彼女らから見れば新郎サイドだからね」
「それで、いよいよ式が始まるってタイミングで、終にと言うか、花嫁さんが一人で部屋に立て籠ったのよ。ドアにタンスとか積み重ねてね」
「鉄壁だったよ。窓には鉄格子だしね。出さないための諸々が逆に出せなくなるなんて皮肉だよね」
「油断してた、なんて言うつもりはないけど、でも近寄りたくなくて一人にしてたのは事実よ。しかも説得役やりたくないから私なんて指定されないよう、息を殺してたぐらいだし、もう完全に職務放棄よ」
「そのタイミングだよね。僕と宗教屋さんともめちゃったの」
「だったわね。父親がドアを叩いて怒鳴って、それで人が集まってきた所で、ブラーが宗教屋さんにボコボコに殴られてたのよ。あの指輪をはめた拳でね」
「なんでそうなるんですか?」
「いやー、僕は、ただ神様のこと忘れてるみたいだから、思い出してって、頼んだだけなんだけどね」
「それで膝まづいて顔面を好きに殴らせてたわけ? それで悪いことした?」
「殴られるより殴る方が痛いこともあるんだよ?」
「あのブラー、間違ってもその台詞は、レットなんかに言っちゃダメよ」
「うんわかってるよリバーブ、レットは殴りなれてるから、彼みたいに指の骨折れるとかはないしね」
「あーそうなってたの、あれ」
「そんなことより先、花嫁さんを続けてください」
あたしの声は尖っていた。
聞かされてるのは暗い話題で、なのにいつもみたいな会話の掛け合いで、それのギャップにあたしは苛立ってた。
それを感じてか、リバーブとブラーの声はより落ち着いたものになった。
「……少なくとも私は、花嫁さんを引きずり出す方に協力したくなかったから、もめているブラーの方に行ったの。でも相手は、宗教屋さんは興奮してて話聞いてくれなくて」
「嫌われちゃってね。僕たちがいるなら結婚式やらないーとか言っちゃって、それを耳にした新郎も花嫁さんもあってまた不機嫌になっちゃってさ」
「そこにレットが割って入ってきたのよ。場違いに明るい調子で、新郎にもう契約終了でいいんじゃないかって提案したの。ドレスは袖を通すだけだし、何より一番の課題だった恋人さんはもう二度とここには来ないって、ニッコリと笑ってね。ちゃんとした服を着てたら一流のセールスマンに見えたわよ」
「でもパンツは履いてたよ」
「まさかそれで解散して終わりですか」
そう言うつもりもなかったのに、あたしは侮蔑すように言っていた。
それに気が付いてないか、気が付いてないふりをして、リバーブは続けた。
「……私たちは、まともに仕事なんかしてなかったけど、それでも恋人さんを排除できただけでも雇った分の元を取れたと判断したんでしょうね。それにトラブルは減らしたいって、厄介払いもあって、すぐに契約終了のサインは貰えたわ。それとほぼ同時にドアが破かれた」
ここまで言ってリバーブは一度深呼吸した。
「……最初に感じたのは甘ったるい香り、倒されてたタンスや化粧台が押しやられて、間には割れた香水のビンが床に落ちてて、それで真ん中に花嫁の姿が見えたわ。顔は真っ白に塗って、真っ赤な口紅で裂けたスマイルを描いて、真っ白なウェディングドレスを着て、でも全身のリボンは外されて、捩ってロープにしてたわ」
「ロープ?」
「それでシャンデリアに首を吊ってたのよ」
▼
……二人はあわただしく動いていた。
でもあたしは見てるだけで、指ひとつ動かせなかった。
「大丈夫だった? 熱くなかった?」
はい、とブラーに答えたつもりだった。だけど声なんか出てなかった。動けなくて、こぼれて空になったカップをただただ握りしめてた。
はっきり言って、聞いてるうちに、きっとこんなオチなんだろうな、とはボンヤリとわかってた。わかってしまった。
だけど、こんな風に話すことじゃない。
あたしは、それさえも声に出せなかった。
そんなあたしを、二人は心配そうに見ている。
……それさえも、今のあたしにはうっとおしかった。
「そんな顔しないで、これはハッピーエンドなの」
その一言に、あたしはカップを握りつぶしてた。
「「レット!」」
「んだよ。昔話なら俺も混ぜろ。つか寝ろよお前らいーかげんによ」
言いながらレットはあの笑顔で裏口の方から入ってきた。
「あんた寝てたんじゃないの?」
「二度目のションベンだ。まーたここを通ればまーたヤギが邪魔すんのは見えてんからな。だが外をぐるっと回った方が時間かかったな」
言ってニヤケ面でやって来たレットは、あたしを見下ろした。
「わーー痛そーー」
そう言われて、あたしは流れる血に気がついた。破片が両方の手のひらに食い込んで切れていた。
「トルート大丈夫!」
それにブラーが飛んできた。
「大丈夫です」
それに少し強めに答えて拒絶しながら破片を雑に引き抜いた。
痛みが増して血が溢れて……それもすぐに塞がった。
何度か指を曲げ伸ばしして、痛みが無いのを確認したらもう元通りだ。ズボンで拭えば傷跡もない。
いつもの再生力だった。
「……ほんっと、化けもんだな」
呟いたレットを思わず睨む。
「わぁ、怒った顔もカワイーね」
「ブラー、レットつまみ出して」
「うんわかった」
「うぎゃあああああああああああああああああああああっっっっっっっああ!」
「ごめんねレット、でもまだ触れてもないよ?」
「触られなくても出てくよ。食われたくないし」
それにあたしが怒鳴り返す前に、レットは部屋を出て行った。
あたしは、出かかった怒声を飲み混むのがやっとだった。
「……レットは、正しかったのよ」
「あ?」
飲み込んだはずの怒声が漏れ出てた。
それを気にする風もなくリバーブは机を拭き終わっていた。
「結婚式の話よ。トルート」
リバーブはあたしを見つめて説き伏せるように言った。
「あなたがレットや、私たちギルドに対してどう思うか。お願いだから、その評価はこの話を最後まで聞いてからにして欲しいの」
……真摯な眼差しで、リバーブにこう言われてしまったら、聞くしかなかった。
「もうすぐ終わるけどね」
そう言いながら机を拭くブラー、それを手伝うべきか一瞬悩んだけど、その間に拭き終わっていた。
それでブラーがフキンを窓際に吊るして席に戻るのを待って、リバーブは続きを話始めた。
「……恥ずかしい話、吊るされた姿を見て私は、腰が抜けちゃって、その場にへたりこんで動けなかったの。普通にショックで、こういう場合はどうするか、頭ではわかってても行動にできなくて。そうこうしてる間にも他の人たちが、招待客やブライダルメイツたちが部屋の中へ雪崩れ込んで、その吊るされた姿を見て、悲鳴をあげて、向こうでは新郎と父親が殴りあってて、パニックになってるのをただ呆然と見てるだけだった」
「それが普通だって」
「普通じゃギルドマスターは勤まらないわブラー。せめてあなたみたいにすぐ吊るされたのを下ろそうとするぐらいしないと、レットを悪く言えないわ」
「レットは、どうしてたんですか?」
「レットは、私のすぐ近くで、笑ってたわ。パニックや吊るされた姿を見ながらね」
「……やっぱり、最低ですね」
「私も同じ観想だった。だからその場でボコボコにしたの。感情に任せて、レイピア抜くのも忘れてね。それでも笑うのを止めないから思いきり首を絞めて、あれはブラーが止めなきゃ殺してた。真面目にね」
「殺さなかったよきっと」
「わかんないわよ。それで、パニックにみんな疲れたころにようやく警察がやって来て、当然結婚式は中止、代わりに私たちはバラバラに事情聴取を受けさせられて、何を喋ったか覚えてないわね。でもレットをクビにすることだけは心に決めてた。それでギルドが傾いても構わない。むしろ引退するつもりでもいたわね。ブラーには悪いけど」
「まぁ、気にしないで」
「それで、開放されたのはもうすぐ夕方って時間だったわ。だけど、どういうわけか、レットが一足先に解放されてて、嫌な予感がしたのよ」
「話すの忘れてたけど、ギルドを作るのに本拠地も必要で、だからその時すでにここはあったんだ」
「もちろんレットもここは知ってる。だから急いで帰ったの」
「そしたら、今のトルートの席にレットだよね?」
「そうね。そして向かいの席に恋人さんと花嫁さんね」
「……はい?」
「あーーきっと、私も今のトルートみたいな表情だったと思うわ。現状飲み込めなくて固まってて」
「僕も僕も」
「そんな私たちにレットは笑いながら言ったのよ。ネタバラシの時間だってね」
二人は、懐かしそうに嬉しそうに話してた。
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