おめでたい席4

 片付け終わった机にはあたしとリバーブの紅茶のカップとポット、それとケーキが残った。ブラーは見張り続けるみたいだ。


「あ」


 リバーブが声をあげる。


「言うの忘れてたけど、私たちの仕事には守秘義務があるわ。つまり仕事に関わって見聞きしたことは他言してはならない。それは家族や友人にも当てはまる。だから今までの仕事もこれからのも、一切他言無用よ」


「あ、はい」


「それを踏まえて、ここであなたに話すのは、限りなくグレーだから、話に脚色はしないけど実名は出せない。それでも外には出せないここだけの話、いいわね?」


「わかりました」


「それで、言われてついた依頼の場所は、ここから少し離れた山に囲まれた村のホテルだったのよ」


「ホテル、ですか」


「小さなホテルだったわ。鹿狩り目当ての避暑地らしいんだけど季節外れで、泊まり客は翌日に開かれる結婚式の招待客ばかりだったわ」


「結婚式ですか」


 リバーブは頷いた。


「私たちが受けた依頼はその結婚式の警備と手伝い、特に花嫁さんのドレスの着付けをお願いされてたの。私、資格持ってたからね」


「そう言えばリバーブ、最初に会ったのは花嫁さんの父親だったけ?」


「だったかしらね。まだ昼前なのにお酒呑んでかなり酔ってて、まぁ結婚式だし、そんなものかと流してたのは覚えてるけど」


「そうだよ思い出した。それで出会って一言発する前にレットが風でカツラ吹き飛ばしたんだよ」


「やらかしてたわね。その時はまだレットの魔法知らなかったから、普通にスルーしちゃったのよね。それでそのカツラを踏みつけたのが新郎ね」


「ずいぶんたつけど少しは痩せたかな?」


「知らないわよあんなエロ親父」


「え? エロ親父って、新郎はおいくつだったんですか?」


「さぁ? 聞いた話だと新郎と花嫁の父親は幼馴染みで、同い年ってことよ。因にだけど、あの時の花嫁さんは、トルート、あなたと同じぐらいの年齢だったわ」


「それは……いわゆる歳の差婚ってやつですか?」


「身売りよ」


 リバーブは冷たく言った。


「花嫁さんは売られたのよ」



 ……一瞬だけど頭が真っ白になった。


 身売りとか、そういうのは何となくは知ってるけど、どこか遠くの、遥か昔のことでのことで、ましてやそれに出くわした人がこんなに近くにいるとは、予想外だった。


 その予想外に、思わずあたしはカップを強く握ってた。


 入れ直した紅茶はまだ熱くて、飲めないぐらいで、手のひらはジンジンと痛くなってきた。それでも、手を放せなかった。


 そんな紅茶を、リバーブもブラーも平然と飲んでいた。


 話し方も、平然だ。


 過去の思出話だからか、今更ショックでもないんだろう。


「……直接聞いたわけじゃないんだけどね。新郎は地主の跡取りで、前に奥さんがいたんだけど逃げられたとかで今は独り身で、一方で花嫁さんの父親は新郎に多額の借金をしてたらしくて、その返済を無しにしてもらうために家族になるしかないねーってことらしいの」


「それって、新郎最低じゃないですか」


「父親もよ。そもそも借金だって、お金に困って必要だったってわけでもないし、なのに借りて、その挙げ句に娘を差し出してたの。完全な営利目的の確信犯よ」


「そんな、止める人はいなかったんですか?」


「いたにはいたらしいのよ、花嫁の母親とかね。でもその母親は足を怪我したとかで当日は結婚式には参加してなかったわ」


「あのそれって」


 あたしにリバーブは肩をすくめて見せた。


「今では知るよしもないわ。そんな感じで反対の人は追い出されてて、いるのは父親のおこぼれを貰える親戚と、新郎の配下と、後は仕事と割りきってる人たちね。私たちは最後」


「待ってください。その仕事を続けたんですか?」


「まぁ、オチから言えば、最後までやったわ」


「そんな」


「僕たちは、でも、仕方がなかったんだよ。契約しちゃった後だからね」


 ブラーのフォローにリバーブは首を横に振る。


「回避はできたのよブラー、少なくとも怪しくはあったのよ。護衛を雇うのは普通、何か危険を感じてるからだからで、なのに依頼内容にそれの項目が無くて、代わりにウェディングサポーターなんていう、本職プランナーの見習い用資格が必須とか、その段階で本職が逃げてて、情報に疎い代わりを探してるって、勘づくべきだったのよ」


「あーー確かに、目先の仕事より今後のキャリア、何をしてきたかが評判に直結するからね」


「そんなことも知らない間抜けな私たちは花嫁さんの部屋まで通されたわ。部屋の前では、男たちが酒盛りしてたのよ。車座で廊下に直に座ってね。彼らは新郎の部下や花嫁さんの親族で、花嫁さんを見張るついでに呑んでたの。そんな彼らを掻き分けて、大きな両開きのドアを開けて抜けると中には花嫁さんと……ブラー、ここで神父や牧師って表現を使ったら、何の宗教かわかっちゃうかしらね?」


「うんわかる。だから宗教屋さんでいいんじゃないかな」


「まぁ、そうね」


「屋さんは、辛辣ですね」


「ブラーは間違ってないの。実際、信者じゃなくて商売人だったわ。見てくれも太った体で、太い指全部に指輪をしててね。噂だと、地元で冠婚葬祭できるのが自分のところだけだからって、足元見て値段つり上げる強欲だって。あくまで聞いた話よ?」


「……実はさ、彼とは後でこっそりと会って、結婚式止めるように相談したんだ。だけど、商売の邪魔するなと怒鳴られたよ」


「あ、アレは、そういうことだったの」


「うん。彼には、悪いことしたなぁ」


「……なにをしたんですか」


「何も。僕は何もしてないよ」


 ……答えて変わらず、染々と紅茶を飲むブラー、なんか恐い。


「とにかくそれで、その 宗教屋さんと花嫁さんの二人が部屋にいたの。他に中には立派な化粧台に沢山の化粧品、小さなシャンデリアに箱に入ったままのお祝いの品、何よりウェディングドレスが飾ってあった、リボンをゴテゴテと巻いてある趣味の悪いのがね。窓には鉄格子、出入りはドアだけで、花嫁さんは文字通り囚われの身だったわ」


「彼女、泣いてたよね」


「泣きっぱなしよ。私たちが自己紹介して、男性全部追い出して、ドレスの着方教えて、マナーとかも、その間ずっとずっと涙を流してて……いたたまれなかった」


 そう言ってリバーブは、メガネを外して袖で拭いた。


「……花嫁さんは、泣くほどならなんで逃げなかったんですか?」


「それは訊いたわ」


 メガネをかけ直す。


「二人きりの時にね。だけどできないって、ドアの前では夜通し彼らがいて逃げ出せない。逃げ出せても、追われたら逃げ切れないって、泣きながら諦めてたわ」


「……助けられなかったんですか?」


「無理なんだよ」


 答えたのはブラーだ。


「僕たちが契約を反古にできるのは、その契約から外れた時か、法律に引っ掛かる時だけなんだ。今回の場合は契約からは外れてないし、法律はというと、こういうケースだと家庭内のもめ事ってことだって、警察は出てこないんだ。警察が出てこないなら法律には引っ掛からないってのが、僕らの基準なんだ」


「いくらなんでもそんな」


「ブラーの言う通りなの。殺すと脅されても動かず、殺されてはじめて動く。警察がそんなだから私たちが必要とされるんだけどね」


 小さく笑って、リバーブはゆっくりと瞬きをした。


「……そんなだから、花嫁さんに、私はかける言葉もなくて、逃げるように部屋を出て、そしたら酒盛りの中にレットも混ざってたわ」


「裸で踊って盛り上がってたよね」


「……それは、似た者同士で水が合ったんですかね?」


「かもね。あの時のレットは普通に楽しそうだし、打ち解けてるみたいだったわね」


「でも誰とでも仲良くなれるのは素敵なことだよ?」


「そうねブラー、でもあなたはそんなレットの頭を鷲掴みにして立たせたのよ?」


「……他に掴むところがなかったんだよ。裸だったし」


「……まぁそれで、私たちは初めから一晩泊まる予定だったんだけど、一応護衛だから、夜の見張りを誰かやるかになって、当然レットがやると名乗り出たのよ。それですぐに車座に戻っていったわ。あの笑顔でね」


 なんか、目に浮かぶ。


「それで、私とブラーは先に寝ることになったの」


「もちろん別々の部屋だったよ」


 素早く差し挟んだブラーの言葉に、視線が集まる。


「……誤解がないように言っとかないと」


「……まぁ、でも、何だかんだ言って覚えてないのよね」


「だからさ」


「わかってるわよブラー、でもあの夜はお風呂入ったり食事したりしたはずなのに全然記憶に無いのよ。次に思い出せるのは寝れないで見つめてた天井で、その次があの騒ぎでしょ?」


「なんです?」


「花嫁さんの、本当の恋人さんが取り返しに来たのよ。鉈を振り回してね」


「それは、愛ですね」


「レットが撃退しちゃったんだけどね」


 レット、余計なことを。


「僕が駆けつけた時は、ちょうどパニックの真っ只中でさ。逃げ回る親戚とか父親とかの向こうで、レットが一人、ドアの前に立ち塞がってて、恋人さんを嘲笑ってたんだ」


「そしてレットは遠慮なくボコボコにした。一方的にね」


 レット、酷い。


「でもさリバーブ、相手は鉈を持ってた訳だし、手加減はできないよ」


「できたわよレットなら。それに少なくとも、鉈を取りこぼして倒れたところに蹴りを入れるのはやり過ぎよ。ブラーあなたが恋人さんを取り押さえたから、更にやってたわよあいつは」


「うーん」


「……それで、どうなったんですか?」


「それで、花嫁さんが出てきたのよ。騒ぎを聞き付けてね。それで恋人さんに駆け寄ろうとしたのを、これまたレットが取り押さえたのよ」


「……レット、最低ですね」


「最低なのはその後よ。半狂乱で泣き叫ぶ花嫁さんに、レットは押さえつけながら何かを耳打ちしてね」


「何て言ったんです?」


「さてね。ただ……間違いなく私はあの瞬間を死ぬまで忘れないわ。呟かれた瞬間から急に大人しくなった花嫁さんの顔から、まるで魂が抜けていくような冷たい変化は、頭にはこびりついてるんだけど、言葉では上手く表現できないわ」


「……それでさ。花嫁さんが部屋に戻った後、恋人さんをどうするかって話になったよね」


「そうねブラー。結婚式前に大事にはしたくない、でも許せない、恐怖から抜けて、お酒もあって、怒り心頭で、親戚一同でリンチ一歩手前だったわ」


「……されたんですか?」


「その前にレットが恋人さんを連れ出したのよ。二度と現れないところに連れてきますって、自分から言い出して、わざとらしくウィンクまでしてね。それで連れ出して、帰ってきたのは朝、一人で泥だらけだったわ」


「どうしたのって僕が訊いたら、土葬だと生きてても死んでても埋めちゃえばわかんねーって、笑ったんだ」


 ……レットが何をしたのか、恋人さんに何をしたのか、想像できてしまった。


「……一線を超えたって、それって、冗談ですよね?」


 ……二人は、肯定するように目を伏せた。

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