おめでたい席3

「この『グローリー・ジ・アーミーズ』は対戦型チェスゲームだ。升目が八かける八の盤面のうち、手前の二行を自陣として向かい合い、キングを含めた合計十六の駒をそこに並べてデッキとして戦うことになる。勝利条件はキングの駒を倒すこと。駒にはそれぞれレベルとクラス、それに独自の動き方と特殊能力を持っていて、それらを選び、組み合わせることでオリジナルのデッキを組み上げることができる。ただし闇雲に強い駒を並べれば良いってわけではなく、例えばレベルは、強い駒ほど高く設定してあって、デッキの合計レベルは階級毎に決まってるし、クラスもそれぞれ数の上限がある。だから全体のバランスを考えて、更にその環境のメタ戦略にも注視してだな」


「……待ってください。あの、いきなり何の話をしてるんですか?」


「何って、明日の大会だよ」


 さも当然といった感じでレットは答えながら、自分のカップに紅茶を注いだ。


 トイレから戻ってきたレットはそのまま自分の部屋には戻らず、元の席に座ると早口で勝手に話始めた。あたしが訊いたわけでもないのに、だ。


 それで、レットは派手に音をたてて紅茶を啜った。


「あのさレット」


「ちょっとまてブラー。で、知っての通りグローリー・ジ・アーミーズは人類史上最初の対戦型トレーディング・チェス・ゲームだ。だから当然、歴史も古いしプレイヤーも一番多い。確か一昨年で、同盟国全てで公式大会開けるようになったとかアナウンスしてたな。一時期はフルポーン戦略が強すぎて先攻圧勝のバランス崩壊から見限られて人口激減してたが、チーフデザイナー更迭して禁止駒五つも出してようやく落ち着いたんだよなー。新聞にも載ったろ?」


「はぁ」


 としか答えようがなかった。


「レット」


「だから待てってブラー、これからが本題だ。それで今度開かれるのが世界大会だ。まさに一番強いやつを決める一大イベントだ。集まるのは各国を代表する猛者ばかりで、ただ参加するだけでもスポンサーがつくほど、つまりそれだけでプロ入りできるほどってことだ。こいつに参加するには各国の国内大会で上位入賞が必要で、その為には各地区の大会で入賞が、更にその為には毎週末に開かれてる店舗大会で地道に優勝してポイントを稼がなきゃーならない。そこら辺は商売だな。だが明日の大会はそーゆーのを全てすっ飛ばしての特別予選会だ。デッキがあれば誰でも参加できて、それで優勝したらそのまま国内大会に出場できんだよ」


 あ、繋がってきた。


「気長に半年頑張って実績重ねなきゃ参加できない国内大会に、この大会一回でも優勝で追い付けるんだ、狙うやつも多い。参加人数は最大最多で、その中には他の大会で負けた奴や、他の国から武者修行の遠征組も含まれてる。そいつらと朝から晩まで戦って戦って、勝ち続けなきゃいけない。一回でも負けたら優勝は無理だからな。ある意味で本番の世界大会よりも過酷なんだよ」


 良かった、説明、もう終わりそう。


「それで、今回のメタがややこしくてな」


 まだ続くのか。


「基本は三色コントロールと隠密トラップと白将軍の三つ巴で、発展型も入れると七種類ぐらいか? 今回はアグロ寄りの三色コントロールで行こうと思うんだが、それのどれとも戦えるようにしないといけない。それで調整に一人でシュミレートしてたんだがどーもしっくり来なくてよー」


「だったら早く寝なよレット」


「だから待てって。それで特に隠密トラップは非公開情報が含まれるから一人だと限度があってな。新入り、あとブラーも、今からスパーやるから手伝え」


「「え?」」


 ……何言ってんだこいつは。


「ブラーは、前にルール説明したよな?」


「あーーーうん」


「で新入りは、わかるか?」


「わかるわけないじゃないですか」


「なら教えよう。デッキは俺のがある。必要ならルールブック渡すし、つか、やればお前でも絶対はまるから。ちょっと待ってろ」


 言ってレットは紅茶を飲み干してから勢いよく立ち上がった。


「レット、明日早いんでしょ?」


 やっとリバーブが助けに入ってくれた。それにレットは子供みたいな眼差しで答える。


「寝てたさ。だけど夢の中でのシュミレートが上手くいかないかないんで、起きてやろーかと、お前ら起きてたし」


「レット、あなたは眠いのよ」


「そんなことないさリバーブ」


「いいから寝なさいレット、起きられなくても知らないわよ」


 リバーブに強めに言われて、レットは少し考えてから、肩をすくめた。


「わかった、寝るよ」


「そうしなさい。おやすみレット」


「はーーいおやすみなさーーーい」


 子供みたいな声で返事して、レットはドアへと向かっていった。


 それで出てく寸前にレットは振り返る。


「俺のケーキ残しとけよ」


「誰も食べないわよ心配しないで寝なさいレット」


 リバーブに言われてようやく、レットは出ていった。


 ……なんか、疲れた。


「ごめんねトルート、なんかレットに付き合わせちゃって」


「いえ、まぁ、大丈夫ですよ」


 リバーブに笑って答える。


「やっぱり僕も、リバーブみたいにゲームの資格取ろうかな」


「え? リバーブもやってるんですかあれを?」


 あたしの問にリバーブは手を振って否定する。


「ゲームの審判の資格よ。公式ルールだと、大会前に審判に意見を求めるのは不正行為になるから、少なくともこの件で私に話しかけることはないわ」


「……それって、ひょっとしてその為だけに取ったんですか?」


 あたしの問いに、リバーブは頷いた。


「あいつは、今のチェスゲームに関しては、本当に何やらかすかわからないから」


「それは、大好きなのは熱量で伝わりましたよ」


「大好きじゃないの、あれは中毒なの。比喩じゃなくて、レットは長い間ゲームから離れてると禁断症状出るのよ」


「そんな」


「最初のころの話だけど」


 ブラーが、空のカップに紅茶を注ぎながら語りだした。


「あんまり大きな声では言えないけど、実は、レットが依頼人を連れて行方不明になったことがあったんだ」


「……まさか、ゲームやってたんですか?」


 ブラーは頷いた。


「新商品のお披露目大会とかで、それに揃って参加してたんだ。依頼人には人混みに紛れた方が安全だって言って騙してさ。僕たちが探して見つけてたどり着いたらレットは、依頼人ほったらかしてゲームに熱中してたよ」


「幸い、本当に人混みに紛れていて隠れられてたし、依頼人の方もゲームにはまってくれて、問題にはならずに済んだんだけど、あの時はもう、言葉も出なかったわ」


「確かにね。でも流石にレットもやり過ぎたと反省してたみたいだったよ」


「甘いわブラー、あの反省は、私たちが知ってるお店に行ったことへの反省よ」


「そうかな?」


「そうよ。でなきゃ、見つかった後でまだ大会に残るなんて、あり得ないわ」


「それは、優勝しそうだったからじゃないの?」


「……だから何よ」


「あーーーー、うん。何でもないです」


 ブラーは続けないでお茶を飲んだ。


 それを真似るようにリバーブも飲んだ。


 何となくあたしも飲む。もうかなり冷めてて飲みやすかった。


「……まぁそれでも、ゲーム関連の約束なら必ず守るようにはなったわ」


「そうなんですか?」


「そうなのよ。その時に優勝逃して、それが運気が汚れたからだとかぬかしてね。だから覚えておいて、あいつが一線超えそうになったらゲームのことをちらつかせて、思い留まらせて」


 リバーブの声には真剣な感じがした。


「……超えそうになったこと、あるんですか?」


 恐る恐る訊いたら、リバーブは頷いた。


「実際、超えたことも何度かあるわ。レットは、目的の為なら法律やモラルも無視して好きにやるのよ。それは最初の仕事で、簡単に超えて、それを嫌というほど見せつけられたわ」


 あ、話が戻ってきた。


「それで、私はどこまで話したっけ?」


「たしか、仕方なくレットを雇った、辺りです」


「そうだった。それで、結局雇うことになって、レットを引き連れ朝一でクランに登録して、その足で現場に向かったの。少し遠くて、急ぐので道中会話なんかなかったっけ」


 リバーブは小さく、悲しげに笑った。


「あの時は焦るばかりで、仕事があんなに酷いとは思いもしなかった」


「あ、待って」


「何よブラー今いいとこよ」


「でも始める前にさ、紅茶無くなったから入れ直すね」


「なら、一緒に空のお皿片付けます」


「それもそうね」


 それで三人、席を立った。

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