美しいの5

 それで結局、ダメだったと、二人の顔を見ただけでわかった。


 それで帰り道、三人で歩く空気は、重かった。


 これからどうなるのかを訪ねたかったけど、そういう雰囲気じゃなかった。


「それで、レットは友だちに助けを求めに行ったんだって?」


 沈黙に負けたみたいにブラーが口を開いた。


「はい。そんなようなことを言って出ていきました」


 そう答えるのがやっとで、それ以上何を話したら良いのかわからなかった。


「でもほら、これで全部ダメと決まったわけじゃないんだしさ」


 それでも話続けるブラーは、この雰囲気を何とかしたくて必死な感じだった。


「それにさ。こう言うのは、嫌かも知れないけど、なんかレットには考えがあるみたいだしさ」


「やめてブラー」


「リバーブ」


「やめてって言ってるでしょ!」


 ……初めて聞いたリバーブの、あらげた声が夜の道に響く。


「あいつに友だちなんかいるわけないじゃない」


 ……小さく吐き捨てたリバーブの言葉に、あたしたちは反論できなかった。



 それで、あたしたちの家に戻ると、灯りが点っていた。


 中に入ると食堂にレットが、机の上に広げたアンチョビのピザを食っていた。


「おせーよお前ら」


 あれだけピラフ食べてお腹いたかったのにまだ食べてるんですか、と言おうかと思ったけど、そんな気力も残ってなかった。


「まーいーや。それよりあれ、話ついたぞ」


 そう言ってレットはピザを頬張る。


「それじゃあなんとかなるの?」


 ブラーの期待のこもった声に、レットはニヤリと笑いながら飲み込んだ。


「当たり前だ。何せ俺のマイフレンドだ、そんくらいよゆーだろ」


「あ、あーーーー、あ?」


「あーあーそうだったなブラー、お前らは俺に友だちがいるとは信じられないんだよなー。そー思ってつれてきてるぞ。お前らがいっっさい存在を認めなかった我が友がここによー」


 そう言ってレットは机の下でゴソゴソしだした。


「紹介しまーすどーん!」


 それでレットが出したのは石だった。


「はぁーい。あたし、エリカっていうの、よろしくね。レットはあたしのこと友だちだっていうけど、あたしはもっと……まてリバーブ、悪かった。俺が悪かった」


 ……リバーブは、泣いていた。


 無表情のままで、ただ大粒の涙がポロポロと滴り流れてる。


「エリカはただの遊びだ。だから、な? な?」


 石を置いてあわてふためくレットは新鮮だったけど、それにやってることはいつものレットだけど、感じるのはいつも以上の失望だった。



 殆ど眠れない夜が明けて、朝日と共に家を出た。


 先を進むレットは自信ありげだけと、その後についていくのはブラーに説得されたからだった。


「元から今日は休みだし、他にしょうがないしさ。この際だから騙されたと思って、ね?」


 説得するブラーも半信半疑といった感じだ。


 ……それよりも心配なのはリバーブだった。


 あたしとブラーの後ろで、ホレイショを引くリバーブは、 ずっと魂が抜けたみたいな生気のない眼をしていた。


 その姿は、ものすごく心配だけどかける言葉が思い付かなかった。


「リバーブなんだけど」


 ブラーに耳打ちされる。


「今はホレイショが見てるから大丈夫だけど、一人にしないように気をつけてね。その、自傷するかもしれないから」


「え! リストカットですか?」


「いや、煙草をね。吸っちゃうんだよ」


「それは、大変ですね」


 ……としか言いようがなかった。


「ついたぞー」


 あたしとブラーのひそひそ話を遮ってレットが足を止めた。


 いつの間にやらお屋敷街、と言うかお屋敷とお屋敷の間の広い道にいた。


 片方は見渡す限りの綺麗な壁で、もう片方は豪勢な門だった。立派な鎧の門衛までいて、こちらを睨んでる。


 その門の向こうが誰のお屋敷なのか、訊くまでもなかった。


「ひょっとして、ファーム男爵のお屋敷?」


「他に何処があんだよブラー」


 そう答えるとレットは壁に凭れる。


「……で、何するの?」


「何もだブラー、今日は休みだろ? だから友だちの活躍を応援しに来たんだよ」


「まだそんなこと言ってるの」


「あーそうだよリバーブ、まだ信じてないみたいだがな」


「唯一の友だちが石なのは信じるわ」


「そうじゃない。石は、エリカはお遊び、本気じゃない。だから泣くなって」


「泣いてないわよ」


「あ」


 ブラーが声を上げ、そして指差した先、あたしたちが来たのとは反対側から、沢山の馬車がやって来た。


 牽引する馬はみなホレイショにも劣らない立派な体で、歩む蹄は揃って規則正しい。


 牽引されてる馬車は漆黒一色で窓もなく、飾りもない、まるで棺桶だった。


 そんな馬車は、門の前で止まると、中からぞろぞろと沢山の人が降りてきた。


 彼らはみな、不気味なほど普通の人たちだった。


 種族はエルフやドワーフ、コボルトも見られるけど、一様に短く切った髪に、黒いスーツ、メガネをかけてる人も多い。彼らはみんな普通な筈なのに、何故だか他とは違う異質な空気を纏っていた。


 彼らは言葉もなくただ淡々と進み、門の前に並んだ。


 それに慌てて飛び出してきた門衛に、一番前の男が何か紙を広げて見せた。


「国税局強制調査徴収部隊です。脱税の通報を受けてこれより強制調査に入ります」


 門衛が有無を言うより先にその門が開け放たれた。そして彼らは雪崩れ込む。鮮やかな突入だった。


「国税局? レットあなたまさか徴税官呼んだわけ?」


「そーだよ。友だちが勤めててなー。リバーブも知ってると思うが、あそこは国王直轄でコネなしの完全実力主義、恐いもの無しの独立愚連隊だ。いくら貴族様でもここだけはぜーーったいに止められない」


 笑いながらレットが見守る徴税官たちのその動きは、まるで軍隊のようだった。


 その流れから外れる男が一人、確か紙を見せた男があたしたちの方にやって来た。


 他の徴税官と同じように黒一色のスーツ、黒く短い髪で、四角めのメガネの向こうに見える黒い瞳は細く、その顔はまるで毛のない蜥蜴か蛇のようだった。


「わざわざ確認しに来たのかレット」


 その声は冷たく、感情が感じられなかった。


「まーさか。信用してるよ」


「それはこちらの台詞だ。今回はお前だから無茶をした。これで何も出なければ、冗談抜きに俺は首だ」


「心配すんな。まー少なくとも、怪盗が盗んだ高価な絵画が出てくる、それでなんとかなるだろ」


「体面は保てる。出ればな」


「間違いないさ。あんな隠す気ないバカ男爵に秘密基地作る智恵はねー。貴族の地位を鉄壁と信じて、ひょっとすると暖炉の上にでも飾ってるかもな」


「どうだか」


 レットとの会話、その姿は、まるで友人同氏みたいだった。


「それで、そちらがお前が話してた同僚かな?」


「まーそうだな。言っとくが、こいつらはお前の存在を信じてなかったぜ」


「それは良いことだ。納税してるなら知る機会すらない」


 そう言って友人みたいな人はあたしたちに向いた。


「自己紹介させてもらう。国税局強制調査徴収部隊副隊長のホワイト・ワイルドリバーだ。お見知りおきを」


 そう言って差し出されたホワイトさんの手をリバーブが握手する。


「護衛ギルド、インボルブメンツ、ギルドマスターのリバーブ・フォーリンパイです」


 いつの間にやらリバーブは回復してるみたいだ。


「あなたがリバーブさんですか。お噂はかねがね」


 その一言に、リバーブはレットを一瞥する。


 レットはわかりやすく目線をそらした。


「……それで、彼がブラーで彼女がトルートです」


 紹介されて頭を下げる。


「トルート、か」


 あたしの名前を聞いて、何故だかホワイトさんは小さく笑ったような気がした。


「二人ともよろしく。それでリバーブさん、これは事務的な話なるが」


 そう言ってホワイトさんは握手を放してどこからから書類を取り出した。


「今回の密告は、当然匿名として公表されることはない」


「で、しょうね」


「だが匿名なだけでちゃんと報酬は出す。その密告、および報酬の受け取りはギルド、ということで良いですね?」


「えっと、はいそれで」


「それで報酬だが、要望では一日ピラフ食べ放題と」


「レット!」


「んだよリバーブ! 新入りがちゃんと食えなかったと愚痴るからわざわざ気を利かせてだな!」


「うっさいこの陰毛頭! あんたなんでんなことになってっと思ってんだごら!」


「……リバーブ、お前キャラ忘れてんぞ」


「……まぁ、そんな事だとは思ってたが、然るに報酬は、問題の『運命を別つ川』で良いんじゃないのか?」


「え、いいの?」


「構わんさ」


 ブラーの声にホワイトさんはメガネをかけ直す。


「我々の目的はあくまで徴税、窃盗は専門外でいくら捕まえても手柄にならない。むしろ犯罪で得た利益を国庫に納めれば共犯と呼ばれかねない。ならいっそう、密告の報酬に回した方が利にかなってる。それに、形はなんであれ持ち主に戻すのだろ? なら問題ない」


 言いながらホワイトさんは書類に何かを書き加える。


「問題なければサインを」


 そう言って差し出された書類を受け取ってリバーブは読んでからサインして返した。


「確かに。これで事務手続きは完了だ」


 そう言ってホワイトさんは書類をしまう。


「それからレット、これはプライベートなことだが、お母上が会いたがってたぞ」


 その一言に、レットはピクリと反応した。


「何でお前がお袋に会ってんだよ」


 レットの言葉にホワイトさんは左の眉をつり上げた。


「お袋? ママじゃないのか?」


「ママ!」


 思わずといった感じて嬉しそうに声を上げたブラーを、レットは顔を真っ赤にしながら睨む。


 それにコホンと、ホワイトさんは咳をした。


「……まぁあれだ。会ったのは、結婚式だから去年になるか」


「結婚式? 誰のだよ」


「俺のだ」


「……あ?」


「したんだよ、結婚。今嫁の顔見せる」


 そう言ってホワイトさんは首からロケットを取り出して中をレットに見せた。


「……おいおい、お前がいくらロリコンだからって赤ん坊はないだろ」


「あぁすまん、こっちは娘だった」


「…………娘?」


「去年産まれてな。名前はアイリだ。あぁそうだ、俺は会えなかったがお母上は挨拶に来たらしい。会ったら礼を伝えておいてくれ」


「………………なんで?」


「そりゃ産まれたご報告は一通り出すだろ」


「いやじゃなくて、娘? 産まれた? ……は?」


「……レット、俺たちももう、そういう年齢なんだよ」


 しみじみホワイトさんに言われて、レットは呆然としていた。


 と、爆炎が上がった。


 壁の向こう、屋敷の方から煙が上がってた。


「副隊長! 男爵が逃げます!」


 中から徴税官の一人が飛び出してきた。


 それを合図かのように、ずらりと並ぶ壁の一部、少し離れた所がゆっくりと傾いて、倒れた。


 風圧と地響きを感じる。


 そしてその壁をまたいで馬車が現れた。


 四頭が引く馬車は白地に金色の飾りがゴテゴテと施してあった。


 そして馬四頭が二列に並んで前後に長いせいで広いこの道でも曲れずにまごついていた。


 そんな馬車を操るのはあのファーム男爵だった。


「……まさか盗品の絵画はあの中か?」


「えっと」


 偉そうに訊くレットに戸惑う徴税官さんは、ホワイトさんを伺う。


「答えてやれ」


「はい。男爵はあの馬車を調べようとしたら暴れだしました。そこから避難する時に中に絵画が何枚か有ったのを確認してます」


 そこまで聞いたらじっとしてられなかった。


 気がついたらあたしは走り出していた。


 全力、周りの音なんか聞こえない。


 そして目の前で曲がりきった馬車の後ろに張り付いた。


 同時に、馬車は走り出した。

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