美しいの4

 怪盗が逃げ出してもう、だいぶ経つのにまだ肩が痛い。


 打ってぶつけたのじゃなくて筋肉痛的な痛さだ。無理な姿勢で緊張しながら絵を持ってたからだろう。


 こうしてストレッチしてるがまだ痛む。


 だけどそれを口にできるほどあたしは鈍感じゃなかった。


「なーなーなー、あれか? やっぱ女でも痛いのか?」


 ゲラゲラ笑いながらレットがしつこく絡む相手はリバーブだった。


 そのリバーブは、なんとか壁に手をつきながら立ってはいるけど、顔をしかめて額には脂汗が浮いている。


 ……やっぱり痛かったんだ。


「なーってばよー」


「レット止めてください。リバーブが苦しんでるのがわかんないんですか」


「わかってるさ新入り。だからだろ? 弱ってなきゃこんなに楽しめない」


 やっぱりレットは最低だった。


「ただいまー」


 ブラーが戻ってきた。


「絵は、大丈夫だった?」


 リバーブの苦しげな声にブラーは頷く。


「うん。僕らが取り戻した『二つの緑の谷』は無事、そのまま展示できるぐらいに何も問題ないって」


「なら一件落着ですね。怪盗は取り逃がしましたけど」


 あたしの言葉に、ブラーはうつむく。


 ……その反応、なんか、嫌な予感がする。


「実は、良いニュースと悪いニュースとすっごく怒るニュースがあるんだけど」


「すっごく怒るやつから」


 レットが即答した。


「あーーーうん。でもそれは最後にした方が」


「なんだブラー、訊いといてお前が決めんのかよ」


「わかったよ。じゃあすっごく怒るニュースからだね」


 言ってからブラーは小さくため息をついたように見えた。


「それでさ、他のギルドとの話し合いで、どうも今回の失敗が連帯責任になりそうなんだ」


「「は?」」


 レットとリバーブが同時に声を上げた。


「なんでそうなんだよ。絵は盗まれなかったし、被害なんざ焦げた壁とベンチぐらいだろうが。それでなんで失敗だブラー」


「それがさレット、悪いニュースで、実はあの怪盗がここを出た後にまた別の絵を盗んで行ったらしいんだ。確か『運命を別つ川』とかで、それが失敗の理由なんだって」


「ふざけんなこら、お前俺たちの活躍語れてねーだろ」


「ブラー、あなたちゃんと契約の義務の執行について話した?」


「話したよリバーブ。だけど今回の警備の問題点としてここが上げられてるんだ。人員の不真面目さとかでさ。それを根拠に表に出なかっただけで問題があったーって連帯責任をって」


「誰だよんな寝言ぬかしてんのは」


「なんか、査定したのは保険の調査員だって、かわいらしいお婆ちゃんだったけど」


「あのババァか! やっぱ別室で絞りゃよかった!」


「それと、なんか他のギルドは担当の部屋の作品なんかにも被害出てるみたいで、だからその分の補償金を減らしたいで、それで少しでも自分の損失を減らすために僕たちを巻き込みたいみたいなんだ」


「……なにそれ最悪じゃない」


 リバーブが呟くと、みんな黙った。


 ……空気が今までにないほど、重い。


「それで、どうなるんですか?」


 間抜けな質問だろうけど、訊かずにはいられなかった。


「……破産よ」


 答えたリバーブは一段と痛そうな表情だった。


「護衛の仕事って言うのは、失敗しましたごめんなさいじゃあ済まないから、保険とふるい分けの為に補償金の制度をとってるの。依頼人がクランに仕事を頼んで、クランはその危険度から報酬と補償金を査定して、それをギルドが受注する。それで成功すれば報酬がギルドに、失敗すれば補償金が依頼人に渡されるの。それは今回も一緒なのよ」


「それで、補償金はいくらなんですか?」


「このギルドの資金のほとんどよトルート」


 吐き出すようにリバーブは言った。


「今回は急な話で、報酬は良いけど補償金が足りないからって頼まれて、それでまさか頼んできた同業に、まさか裏切られるとはね」


「そんな、今回のって完全な言いがかりじゃないですか」


「もちろんクランに異議申し立てできるし、異議申し立てするつもりよ。でもその結論が出るまで何ヵ月もかかるし、その間はその資金を補償金に当てられないから、仕事は取れないわけ。どっち道生活できないわ」


 ……ショックすぎて言葉も出ない。


 破産、なんて唐突で、考えもしてなくて、それで、あたしは、黙ってるしかなかった。


 そんな中で、レットは小指で耳の穴をかっぽじってた。


「まー、こーゆー時の妥協案はその絵を取り返してこい、だろ?」


 他人事みたいにぬかす。


「そういう話も聞くけどレット、相手はフランベルジュ、正体不明の怪盗よ? 逃げられちゃったし、どうするのさ」


 ブラーの言葉にピタリと、レットは固まった。


「……怪盗ってあのファーム男爵だろ?」


 そのレットの一言に、思わずみんなの視線が集まる。


「……まさか気がついてなかったのか」


 それを受けたレットは、呆れた、といった感じだ。


「あのレット、根拠あるの?」


「マジかよブラー。んなもん、リバーブ見りゃわかんだろ」


「何で私が出てくんのよ」


「股を蹴られた」


「あ?」


「酷い話だ。我らが麗しのギルドマスターを傷つけるなんて、しかもフェミニストで名を売ってる怪盗が、だ。変な話だろ? どっちかわからないなら手を出さない。なのに迷いなく蹴り入れて、まるで


「それは間違えちゃったんじゃないかな? ほらパッと見ただけじゃ分かりにくい、あ! 違うんだよリバーブ! そういう意味じゃなくてその、ね!」


「俺にふるなブラー、自分でなんとかしろ」


「いいわよもう。それよりレット、根拠はそれだけ?」


「細かいのはいくつがあるけど、わざわざ戻ってきて喧嘩ふっかけてきたりとか、だけど一番のメインはそれだな」


「そう、なら弱いわね」


「かんけーねーよ。このままお屋敷に殴り込んで取り戻せば」


「ダメだよレット」


「ブラーなんだよ、今さら平和的手段か?」


「そうじゃなくてさ。こういうのはちゃんとした手続きを踏んで、しかるべき所に回収して貰わないと、下手したら僕たちが犯人にされちゃうよ?」


「なら警察使お。ダークエルフ誘拐されましたと嘘ついて別件捜査だ」


「ダメよレット」


「じゃあ巨乳だ。つーか実際に拐われる必要ねーじゃん」


「そうじゃなくて、相手は貴族よ?」


「……何だよ貴族って、リバーブよ。言ってたかだか男爵じゃんか」


「男爵でも貴族よレット。それにプリニー家は、確か当主が伯爵様でしょ?」


「それでも伯爵じゃんか」


「伯爵様よ! レットあなた何様よ。いい? 貴族は偉いの。その偉い人にちゃんとした理由もなく捜査なんかできないわ。それこそ、現行犯でもない限りね」


 そう言って、リバーブはため息をついた。


「とにかく、私が行って交渉するわ。こんな痛い目にあって失敗とか、ふざけんじゃないわよ」


 そう言いながらもリバーブは回復したみたいで、ガツガツと大股で部屋を出ていった。その後にブラーも続く。


 その背中を見送ってから、レットは大きくあくびをした。


「んじゃ、俺もちょっと出てくる」


 そう言ってレットも部屋を出ようとする。


「レットこんな時にどこ行くんですか」


 あたしが呼び止めるとレットは振り向いて、バカにした笑いを見せた。


「何、友情パワーを借りにだよ」

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