美しいの3
最初に騒がしくなったのは玄関の方からだった。
それに向かって揃いの鎧の一団が走っていく。
何か起きたのか、聞ける雰囲気じゃなかった。
「外は警察が固めてるんだよね?」
「らしいなブラー、だがあいつらが無能なのは言うまでもないだろ」
「そんな言い方は悪いよレット」
「実際そーだろが。どーせ出鼻で捕まえても不法侵入止まりだから泳がせて盗んでからーとか欲かいて、入り口素通りさせたんだろーさー」
「いくらなんでもそれは、でも、あーーうーん」
なんて二人が会話してる間にも喧騒は続き、更に怒号と金属がぶつかり合う音が近づいてきてる。それに焦げ臭い臭いも漂う。
なんか、不安になってきた。
「あの、火事になった場合はどうするんです?」
もちろん逃げるんですよね、とは流石に訊けなかった。
「その場合は当然逃げるわよ」
リバーブはあっさりと答えた。
「いくらなんでも死守はありえないわ。火事で、それで消火が不可能となれば当然逃げるわよ。ただしここの絵を持って出るのが必須だけどね」
「ですよね」
よかった。
「だったらこの部屋に火を点けてトンズラしましょう」
「やってみなさいレット、その炎で最後まで焼かれるのはあなたよ」
たしなめながらリバーブがレットを睨む。
と、喧騒はいつも間にやらここより奥の方へと移っていた。
「ラッキー」
レットが歌うように言う。
「このまま帰りも俺たち素通りしてくれたら火も点けずに楽に帰れる」
「レット」
「何だよ新入り、リスクは無い方が良いだろが」
「そりゃそうですけど、不謹慎ですよ」
あたしの話にレットは歯を見せて笑う。
「まだまだ青いな」
好き勝手言われた。レットだって、いって二十代のくせに。
と、また鐘が響いた。今度はけたたましく叩かれてる。
確か二回目の鐘は『二つの緑の谷』が強奪された合図な筈だ。
「はっや!」
言いながらレットは立ち上がった。
「相手はフランベルジュ、あり得る話よ。それよりレットは油断しすぎよ」
「うっせーなリバーブ、こうして起きたんだからグチグチ言うな」
けだるけに言いながらレットは髪を掻いて掻き乱す。
そうこうしてる間に、だんだんと、喧騒が、こっちに、近づいてきた。
「ほら、お前が縁起でもないこと抜かすから」
「レット、リバーブは悪くないよ。来るのは怪盗側の都合なんだし」
「フォローありがとブラー、でも今は集中して」
三人喋りながらも剣を抜き、入り口に対して構えてる。
あたしも負けじと拳を握り、構える。
近づく喧騒は……どうやら手前の隣の部屋に入ったみたいだった。
「セーフ」
「レット、聞かれるわよ」
そう言うリバーブも構えを緩めついた。
そして耳をすませば喧騒が通りすぎていった。
……どうやら行ってしまったようだ。
部屋を出て追うなと言われている。なら、あたしたちにやれることはない。
なんて考えながら過ぎて行った方の出入り口を見る。
そこに怪盗が飛び込んできた。
黒のシルクハットにタキシードまでは想像通りだ。
だけどマントをしてて、仮面は鏡みたいにピカピカで、右手には剣でなく長い杖を持っていた。そして左の脇には四角い額縁を抱えていた。
それが怪盗フランベルジュだった。
しかし飛び込んできた方向は外側から、このまま部屋を抜ければ内側に戻るルートとなる。なのに、何しに戻って来たんだろう?
その疑問をとやかくする前にみんな動いていた。
最初に突っ走ったのはレットだった。
それに、フランベルジュは杖を向けた。
先端の赤い宝石が光るや赤い炎がレットめがけて飛び出した。
だけどレットは怯まない。走りながら右手をつき出す。
「ハンドレスマジック・プロテクション!」
宣言、同時に風が産まれた。右手から前方に吹きすさみ、不可視の力で迫る炎を瞬く間に霧散させた。
「そんな軽い魔法効くかよ!」
言い放ち、迫るレットに、しかし怪盗は杖を左へ背けた。その先に、乳癌の絵があった。
「くそが!」
レットが叫び足を止めるのと怪盗が炎を噴射したのは同時だった。
吹き出し揺らめく炎は絵を舐める手前でレットの風に靡かれ流されて代わりに何もない壁を舐めた。
石の壁でも焦げた臭いがする。
その怪盗に次に突っ込んだのはリバーブだった。
腰だめの位置からレイピアを突き放つ。
これから怪盗は逃げないで、代わりに抱えてた額縁を盾にした。
それは草木が生い茂る谷間の風景画、一目で『二つの緑の谷』だと知れた。
それを前にリバーブは止まらず、代わりにレイピアを手放して落とした。勢いそのままに、空になった手を伸ばして額縁を捕まえた。
掴まれて振りほどこうとする怪盗、だけどリバーブは放さない。残った左手も添えて抱え込む。
それに怪盗は炎を止めて、リバーブに向き直る。
鼻と鼻とがぶつかるような接近、から一気に突き放される。
それでもリバーブが放さない絵の下で、怪盗の足が跳ねたのが見えた。
黒い革の靴、その尖った爪先がめり込んだのは、リバーブの股の間だった。
衝撃、不意の一撃にリバーブはよろめく。
それをチャンスともぎ取ろうとする怪盗に、それでもリバーブはくいしばって放さなかった。
「どっっせい!」
似合わない掛け声と共にリバーブは体を後ろへ倒してついに絵をもぎ取った。が、その勢い余って手が滑って飛んで行く。
くるくる回り、落ちる絵に、ようやくあたしは動いてた。
両手を広げて駆け出し、絵だけを見てジャンプした。
ガスリ、と額縁の角が胸の谷間に当たる。それでもこぼさぬように捉えて抱えて、そのまま肩から床に落ちた。
「っったぁ」
受け身もない痛みに思わず声が出る。でも絵は無事だ。
それで見上げて見えたのは、こちらに杖を向ける怪盗だった。
その宝石が輝き始める。
炎、回避、思っても、変な態勢で落ちて動けない。せめて絵を守ろうと思って、思うだけでそれすらできなかった。
そして輝きが強まって現れ飛んできたのは、炎で形作られたハートだった。
それがフワフワ飛んできて、パチンと弾けた。
キザな演出、それを放った怪盗は、まさかの投げキッスをあたしに飛ばしてきやがった。
それに睨み返すより先に、怪盗は飛び退いた。
次の瞬間、怪盗がいた場所にベンチが墜落した。
飛んできた方を見ればブラーがいた。
さっきまで座ってたあのベンチ、その二つ目を肩に担ぎ上げてすぐさま投擲した。
槍投げのフォームから飛んでいったベンチはしかしこれもかわされて床に落ちた。
そして改めて構える怪盗の前に、レットが立ち塞がった。
怪盗の仮面に反射するレットの顔は、当然のように笑ってた。
バカにしたような、見下した笑いに、怪盗は怯んだのか出入り口まで身を引いた。
その間にもリバーブは転がりながら逃げ、ブラーはベンチでなく自分の剣を構えていた。
そして団体の足音が近づいて来る。味方が来てるみたいだ。
怪盗は逃げ出した。
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