美しいの2

 あたしたち用の食堂は改装中とかかれた展示室に設けられていた。


 それも目立たないような場所で、お客さん用のレストランとも離れていた。たぶん、余計な人が混ざらないようにの配慮なんだろう。


 それで、入り口の人にチケットを見せて入ると中はガランとしていた。簡単な椅子と机が並ぶ間に人の姿はまばらで静かだ。


 奥には大きな鍋が並んでいて、なのに係りの人らしき姿は見当たらない。どうやらセルフサービス方式らしい。


 それでトレイと皿とスプーンを取り、進む。


 鍋の中身は全部ピラフみたいだ。それぞれに赤色と黄色と緑色の三種類が山盛り入っていた。


「緑のにしな」


 後ろに続いてきたレットが指図してくる。


「オススメだ」


「なんですかレット、人の食べるものまで口を出さないで下さい」


「何を言ってる新入り、俺は親切心で忠告してんだぜ? そもそもお前はどれがどんな味かも知らないだろが」


 確かに、知らない。


「レットは、知ってるんですか?」


「大体な。こーゆーのは決まってて、基本、緑のは野菜限定だな。ベジタリアンやら戒律やらに配慮した無難なやつだよ」


「他のはなに味です?」


「知るか。とにかく緑のだ」


「あの、あたしは、ベジタリアンでも戒律でもないんですけど」


「知ってる。だがベジタリアンやら戒律やらはこれしか食えねぇんだよ。その量もこれだけだしな」


 ニヤリと笑うレット、その言ってる意味を少し考えて、理解して、こいつは最低だということを再確認した。


 なのであたしは緑を選ばないで、赤と黄を半分ずつ盛る。


「何だよノリ悪いな」


 そう言うレットは当然のように緑のをよそっていた。


 最後にカップに色水のようなコーヒーを入れて席に向かった。


 席はガラガラで、好きに選べたので、手短な真ん中の席に座る。


「……何で向かいに座るんですかレット、席なら他いって下さいよ」


「都会じゃ、こーゆー所で一人で飯を食うときは便所に籠るのがマナーなんだよ。だが俺は便所で飯を食うのは嫌いだ」


 言ってレットは山盛りの緑をすくって食べる。


「やっぱ冷めてるな」


「だったら食べなくて結構です」


「食うさ。これも報酬の一部だからな」


 言って頬張り始めるレット、雑に握ったスプーンで啜るように食べる姿に、マナーも何もなかった。


「で、新入りは今回の怪盗についてどれぐらい知ってんだ?」


「知ってますよ。怪盗フランベルジュ、最近出没してる有名人じゃないですか」


 答えてから赤い方を食べる。


 ……香ばしい油の香りに唐辛子が利いてて、凄く辛い。


「知ってるって言ったってどーせ新聞レベルだろ? 関係者の証言によれば格好は黒のタキシードにシルクハット、顔はのっぺりとした鉄の仮面で隠していて、右手には名前と同じ波打つ刃のフランベルジュを、左手には赤い宝石の杖を持ち、炎を操る魔法剣士、それで美術品を盗む前に予告状が届くーあたりか?」


「だいたいそうですね。それは間違ってるんですか?」


 言いながら黄色い方を食べる。


 ……こちらはカレー味でスバイシーで、凄く辛い。


「間違っちゃないさ。ただ書きもらしが多々ある」


 言いながらレットは人の舌も知らずにバクバク食べる。


「先ずあれだな。こいつは女、特に美人に弱い。つーか手を出さない。紳士ぶってんだ。だからお前に危害を加えることはないさ」


「そうですか」


「褒めてんだぜ?」


「それはどうも」


 答えながらコーヒーを啜る。


 ……冷めて温く、香りも飛んでるくせにひたすら苦い。


「問題は、手口の方だ。これがまーなんつーか、下品なんだよ」


「下品、ですか?」


「そう、下品だ。一般的な素人のイメージする怪盗って、華麗なトリックで優雅に盗む、だろ? だけどもこのフランベルジュは、雑に正面から切り込んでくる。そして力任せに警備を突破して強奪する。しかも放火のおまけ付きだ。笑えるのが盗品より放火の方が被害総額高いとかな」


「そんなのって、怪盗って呼ぶんですか?」


「知るかよ。怪盗なんざ自称だろ? とにかくこの火付け強盗フェミニストは何でもアリのゲス野郎だ。誇りも美学もないから、食い物に毒物混入ぐらいやりかねないんだよなー」


 ……思わず辛くて進んでない赤と黄の皿を見てしまう。


「ま、こっそり食堂に潜入して細工できる腕があんなら、はなから火なんか点けねーよ」


 そう吐き捨ててレットは立ち上がった。見れば皿は空になっていた。


「もう戻るんですか?」


「いやお代わりだ。食い放題なら食わなきゃ損だしな。あ、新入りの分も持ってきてやろうか? 緑も混ぜれば辛くなくなるからな」


 思わずレットを見上げた。


 レットは、ニヤニヤ笑ってやがった。


 ……こいつは、辛いの知ってたんだ。なんて性格が悪いんだろう。


「……前々から思ってたんですが」


「何だよ新入り」


「レットって、友だちいませんよね」


 このあたしの一言に、レットは鼻を鳴らした。


「いるさ、お前が知らないだけでよ」


「ほんとですか?」


「何で疑うんだよ」


「言っときますけど、リバーブもブラーも、友だちとは呼びませんよ。ブラーは、同情してなってくれるかもしれませんが」


「ヤギなんかこっちからお断りだ」


「あたしも違いますから」


「当たり前だろ」


「ホレイショも」


「しっつこいな、お前がここでどんだけ辛辣な言葉並べてもピラフは甘くなんねーぞ」


 そう言い残してレットは鍋に行った。


 残されたあたしは赤と黄の皿を見つめる。


 覚悟を決めてスプーンを握り、口の中に掻き込んだ。


 ……辛くて涙が出てきた。



 夜がきた。


 まだ口の中が辛い。


 とうに閉館時間は過ぎて美術館にはあたしたち警備の人間だけとなった。


 静寂のマナーも解除されたはずなに、美術館は昼間以上に静まり返っていた。


 予告の時間までもう少し、その緊張に誰もが静かだった。


 ただ一人、例外はレットだった。


「ダメだ。食い過ぎた。気持ち悪い」


 唸るレットが部屋のベンチでのびている。四杯も食べれば、まぁ、そうなるだろう。


「もうすぐよ」


 レットの隣で懐中時計を見ながら立つリバーブが言う。その声には緊張感が滲んでいた。


 それでブラーは、一枚の絵を凝視していた。


 ……それはガッツリと胸をはだけさせてる裸婦像だった。芸術なんだろうけど、エッチぃ。


 それをブラーは、食い入るように見いっていた。


 ……そりゃブラーも男性だし、そういうのに興味あるのはわかるけど、それは今じゃない方がいいし、何よりイメージに合わない。


「……摘まべればなぁ」


 ボソリと呟いた一言にゾクリとした。


「ブラー?」


 それはリバーブも同じらしく、声がそんな感じだ。


 それに気づいてるのかブラーがこっちを向く。


「ほらこれ、右のオッパイ」


「ブラー!」


「ひょっとしたらだけどこれ、乳癌じゃないかな?」


 そうリバーブに言い返してブラーは、胸のラインを指でなぞって見せる。


「ここのやつ。たぶん、シコリだと思うんだ。見ただけだとはっきり断言できないけど、でも摘まめれば確実なんだけどなぁ」


 そう言ってブラーはまた絵を見る。


 ……何て言うか、やっぱりブラーはブラーだった。


「あ、もしもそれっぽいのがあったらすぐに言ってね。早期なら治療も簡単だから」


 ……ブラーだった。


「こいつに摘まめるほど胸あるかよ」


 ほざくレットをリバーブがベンチから蹴落とすと、鐘が鳴った。


 予告の時間を知らせる鐘だった。


「わかってると思うけど、私たちが担当するのはこの部屋だけよ。誰も入れないし、外で何があっても助けに行かない。いいわね?」


 懐中時計をしまうリバーブにみんな頷いて見せる。


 ブラーも絵から離れてベンチに、レットも体を起こしてる。


 あたしも深呼吸して、部屋の入り口を見張る。


 そしてすぐに喧騒が始まった。


「来んのはえーなー」


 レットはボンヤリと呟いた。


 嬉しそうだった。

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